涼 風 に 観 月
”涼暮”とは名ばかりで、日も落ちてかなり時間が経つというのに、昼間の熱気冷め
やらぬ水無月(旧暦六月)の夜である。
たまに御簾を揺らす風も涼しさを運ぶまでには至らない。
部屋の中では、料紙に書き付ける手を止めてボンヤリ庭を眺める男の姿。
だがその母屋の御簾は草木や池の風情を楽しむために巻き上げられている訳ではない。
何か有ったら直ぐ飛んでいけるようにと。
男の衣からは、上品な香の他に幼い子供特有の乳の匂いが微かに漂う。
つい先程までその腕に赤子を抱いていたからであろう。
忙しい公事の間を縫って三条の邸に来てみれば、何より大事な我が子が病に苦しんで
いた。 乳も飲んでは戻すの繰り返しで、高熱はすでに三日目になるという。
発疹が出ていないことを聞けば、近頃流行の赤疱瘡(あかもがさ;麻疹)とは異なる
ようだ。
何もしてやれないままに、政務や雑用に没頭していた我が身を歯痒く思いながら、せ
めて抱いてやるくらいのことでその間の埋め合わせをしようとした。
熱と脱水症状でぐったりした幼子は、機嫌が悪く、抱いていなければ何時までもぐず
る。この数日そんな状態ですっかり疲れていた女たちに替わって、僅かばかりでも彼女
たちに休息を与えてやろうと、乳母の制止も聞かず小一時間ほど抱いていた
赤子とはいえそんな長時間抱けば、かなり堪える重さである。
しかも普段から抱くのに手慣れた乳母とは違い、力の配分なども考慮せずに抱いている
のであれば尚のこと。
その上このところの激務で寝る間も惜しんで精勤していたのだから、疲労の度合いは計
り知れない。
それでもこの男をこうした行為に駆り立てるのは、偏に子供を愛しく思う気持ちから
であろう。
この当時の貴族にしては珍しいくらい子煩悩な男であった。
閑な散位ならいざ知らず、今を時めく能吏の一人である彼が此処まで我が子に心を砕
くのは、幼い頃に自分が味わった寂しさからであろうか。
自分の父を数えでわずか三歳の時に亡くした彼は、父親の愛情を知らずに育った。
もちろん父親は無くとも、母も祖父、祖母もいるのであるから誰からも愛情を受けずに
育ったというのではない。
しかも彼の家は、貴族の中でも一際名門として名高い九条流の家系である。
そんなわけで財政的にも恵まれた環境にあり、父親無しでも生活に困ることはなかった。
だからと言って、父のない子の口に出来ない寂しさが埋められる訳ではない。
誰に引け目を感じることもなく世間と対等に渡りあって行くためには、人一倍の努力
を必要とした。”あの様に育つのは父親が無いからだ”、と後ろ指をさされる様なことは
この男のプライドに掛けて断じて許されなかった。
他人の目には無茶なことだと映っても、子供のためなら自分の身を犠牲にする。
たかが半時我が子を抱くくらいのことは、男にとって何でもなかった。
先程の母屋である。
男は庭に目を遣りながら、手にした筆を硯箱に戻した。
(折角の定め文の清書もこの状態ではしばらく無理だろう)
筆を持つ手に力が入らない。
それほどまでに緊張して我が子を抱いていたのかと思うと、知らず苦笑いが零れた。
時折風に乗って北の対から読経が聞こえて来る。
孫のために舅が迎えた高名な僧侶が、大般若教を諷読しているのだ。
何でもないときに聞くのなら、今宵のような煌々とした十三夜月の夜にはさぞや風情
もあるだろう。だが、このような状況ではただ胸塞がる思いが募るばかりであった。
何も出来ずこのように苦しい思いを味わうのなら、いっそ自分が病に罹れば良かった
とさえ思う。それで我が子の病が快癒するならどの様な苦しみも甘んじて受けよう。
実際自分が病に倒れたら、実務が滞ってしまうのは目に見えていたが・・・
取り留めもない思いをのせながら時が緩慢に流れていく。
内裏にいればあっという間に過ぎてしまう時間も、このような思いで過ごせば遅々と
して進まなかった。同じ刻の刻みであることが信じられない。
気が付けば『法華経』第五を無意識の内に諳んじていた。
「”・・・一切の枯稿の衆生を充潤して、皆苦を離れて安穏の楽、世間の楽、及び涅槃の
楽を得せしむ。諸の天人衆、一心に善く聴け。皆此に到って、無上尊を覲(まみえ)る
べし。我は為れ世尊なり。能く及ぶ者なし。衆生を安穏ならしめんが故に世に現じて大
衆の為に甘露の浄法を説く。其の法一味にして解脱涅槃なり。一の妙音を以て斯(こ)
の義を演暢す。常に大乗の為に而も因縁を作す。・・・”」
(確か少納言の君が僧侶の読経の場面を語っていたような気がするが・・・
身分たかき、若き公達についても何か言ってはいなかったか?
・・・『色好みと、色好みでない男』・・・だからどうだというのだ・・・ふたつの型
で全て分けられるほど簡単なものなのか・・・一体こんな時に・・・どうかしている。
ああ、経房・・宣陽門のところで会ったのだった。それでそんな話を思い出したのか。)
つまらぬ記憶の断片が切れ切れに行き過ぎていく。
こんな不安な心内でも、疲れた身体はどん欲に睡眠を求めてきた。
たとえそれが本意でないにしても。
いくらもしないうちに、眠りの誘いに堕ちていた。
束の間の休息も、赤子の泣き声によって中断される。
どんなに疲れた身体であっても、子供の声には敏感に反応する男だった。
普通であれば、離れた北の対から聞こえる子供の声など、眠っている人間には聞こえる
筈もないであろうに。
煌々と輝いていた月も雲井に隠れて、時刻は子の四刻(零時半)へと、移っていた。
この雲は男の心を映しているのだろうか。
子の身を案ずる親の心。常に子どものことを心配していた。
・・・・・少なくともこの時点では。
まだ若く、煌(きら)めき立つ才もあり、時流に乗ったこの男には野心的運動など必
要ない。
亡くなった父親によく似て神仏を篤く信仰し、何よりも今上天皇の信頼を獲得してい
る男の将来は、天のほうでそれに相応しいものを用意してくれた。
男の将来は、希望と理想に満ち溢れていた。
結局その後眠ることが出来ないままに朝を迎える。
お陰で定め文の清書は仕上がったのだが。
だがそもそもこの仕事自体、彼の為すべきものではない。
疫病で人材薄になっているため、余計な仕事が持ち込まれているのだ。
空も白見始めた頃、ようやく幼子の熱は下がっていった。
それを聞いて、男の顔にも安堵の表情が浮かぶ。
僧の読経が功を奏したのか、男の読んだ法華経に世尊が応えて下さったのか・・・
爽やかな林鐘の風が吹き、母屋の中にも木々の匂いが運ばれてくる。
そして空には中宮がお好きな有明の月。
ほっとした男の面は疲労の色を隠せないが、その目は優しい微笑みをたたえていた。
この男、その名を藤原行成という。
後に寛弘四納言の一人として世に広く名を知られ、一条帝の側近として、また道長の
ブレインとして活躍する漢(おとこ)である。
──内裏
自分ながらもこの状態で、政務が務まることを不思議に思う。
この状態─ろくな睡眠が得られないまま既に四日目である。
何がこれほどまでに自分の気力を維持させているのか?
仕事に対するプロ意識であろうか、それとも常に完璧を目指す理想主義であろうか。
それもそろそろ限界だった。
今朝早くの召しは流石に堪えた。そんな素振りを誰に悟られたわけでも無かったが、
自分をこれ以上誤魔化すことは出来ない。
麻草を混ぜた薫き物を単の襟に忍ばせていることで何とか普通に装っていた。
以前どこかの陰陽師に教えて貰ったのであろうか、それとも漢薬に詳しい成信に聞いた
のか・・・そうすれば、辛うじて意識を現実に繋ぎ止めて置くことが出来ると。
麻草とは、いわゆる大麻草のことであり”麻”。
古来邪気を払い除けるお祓いの用具として用いられてきたものである。
効用としては、鎮静作用及び五感が鋭敏になる等が挙げられる。
大麻草から抽出される物質には、テトラハイドロカンナビノール(THC)が含まれ
THCの過度の服用は幻覚作用を伴う。
くすりの力を借りて、無茶を承知で働いていた。身体への負担など考えもせず。
何だか風景が廻っているように見えるのはそのせいか?
それとも熱のせいであろうか? 先程から寒気がして仕方がない。
そんな自分の体調にはお構いなしに、相変わらず仕事は次から次へとやって来た。
諸司諸国から太政官に出される大量の報告・申請書類のたぐいに目を通していたら、頭
がクラクラしてくる。どれも、我が利益しか考えていない。
決裁済みのものに官宣旨を書こうとしたとき、具合は最悪となった。
左大弁、惟仲(平惟仲)に一言断って、席を立つと堪らず結政所を出る。
外の風に当たれば少しは気分が良くなるかも知れないと思ったから。
・・・良くなるどころか更に悪くなった。
いよいよもって周りの景色はグルグルし始め、何処かに身体を預けて無ければ倒れてし
まいそうだ。
更に間の悪いことに、たまたま左衛門陣から出てきた経房に会ってしまう。
「これはこれは、頭弁殿ではありませんか。そんなところで仕事をサボっていらっしゃ
るとは余裕ですなあ。・・・オっと、それともどなたか思い人でもお待ちかな?」
「権中将殿のように”思いきや”というような歌を送る相手もおりません故・・・」
(頼むからほっといてくれ、経房)
そんな行成の心の内など知りもせず経房は続ける。
「そんなことを言って・・・聞きましたよ。少納言の君が貴方のことをいたく褒めてい
らっしゃったと」
これ以上に話を続けることは無理だと判断したとき、上手い具合に俊賢殿を見つけた。
”仕事がありますので”と体よく切り抜けると、何とか俊賢殿にことの次第を伝えて退
出した。
──桃園邸
「大体、加減を知らないからこういうことになるんだぞ。
あれだけ無理したら、誰だって倒れるさ。無茶しすぎなんだよ」
そう言って、見舞いに持ってきた瓜を自分で食べているのは、権中将源経房であった。
あの精勤な蔵人頭行成が物忌みと称して、もう三日も参内していないことを不審がっ
ていたのは、経房だけではなかった。
だが皆自分の事で手いっぱいで、人のことまで考えている余裕が無い。
行成の参内しない理由を詳しく知っている者など誰もいなかった。
少なくとも経房が聞いた限りにおいては。
もっとも極一部の人たちには、知らされていたようであるが。
─行成がこの忙しいときに、三日も出仕しないなんて考えられない。
二、三日寝てなくたって日中の仕事も支障なくこなし、その上宿直まで務める人間が。
そういえばあの時、顔色が余り良くなかったか・・・
そんなことを考えながら、その日も経房はあちらの局、こちらの局と渡り歩いて馴染
みの女房たちに得意の和歌を披露していた。
後宮の情報収集と銘打って(?)女房たちのご機嫌伺いをしているのであるが、どうし
たわけか今朝の経房は歌を離れて余所事ばかり考えてしまう。
─今日も出仕していないとなると、よほどの事に違いない。
過労で倒れたか、それとも極秘の勅命?
去年の水無月に起こった、禍々しき陽の食がまた来るとかいって怯えてる爺さんを見
たが、晴明繋がりの極秘指令を遂行してるのか?
気になるなあ・・・そうだこのあと三条の邸に行ってみるか。
結局その結論に落ち着くと、アフターケアもそこそこに局を退出する経房。
女房たちのお名残惜しい、との声も耳に届かず上の空。
三条の邸へと行ってみれば、行成は不在である。
聞けば方違えに桃園の邸に行ったまま、物忌みに入ったと言う。
─三日間もか? 行成、家司にもう少しまともな理由を言わせろよ。
こんな子供騙しが、通用するとでも思っているのか?
手間掛けさせて、とむっとしつつも桃園に向かう経房。
─こうなったら意地でも会ってやる、桃園に籠もって写経でもしているのかあいつは。
まさか、あまりの親父殿(道長)の人使いの荒さに世を儚んで出家準備してるとか?
これじゃあ、家族を避けてるとしか言いようがないではないか・・・
──先程の母屋である
「一人で全部食べるつもりか?」
そう聞いてきたのは邸の主、行成であった。
美味しそうに瓜を頬張る経房の食べっぷりに、久しぶりに食指が動く。
喉の痛みを伴う高熱のせいで、この三日間水分以外のものを殆ど口にしていなかった。
子どもの病と同じ症状であったが、潜伏期間を考えれば我が子のものがうつったわけで
はない。どこから拾ってきたのか解らぬが、いわゆる夏風邪であろう。
「ん・・・ン、ああすまない。もう少しで全部一人で食べてしまうところだった」
そう言うと笑いながら瓜をひときれ行成に渡す経房。
経房は俊賢の弟であり、行成にとっては公私を通じての友人だった。
彼は生来明るい性格で、周囲を和ませる不思議な魅力を持っている。
少納言の君も言うように、整った顔立ちながらも取り澄ました取っつきにくさはない。
その上即興で、洒落た和歌を詠むのが得意である。
そんなわけで行成とは違って、後宮の女房たちにも人気があった。
こんな風に行成とは正反対の性格ながらも、彼とは何故か妙にウマが合う。
子ども時分に、同じく父親を亡くしている境遇のせいかもしれないが・・・
彼の父親は、あの「安和の変」で失脚させられた左大臣源高明である。
その謀略に少なからず行成の祖父、伊尹が荷担していたと言われていた。
だが経房の態度からは、そんな過去の憾みは微塵も感じられない。
その辺の処を実際どう考えているのか聞いたことは無かったが、行成にとっては気を
遣わなくても良い数少ない友人の一人であった。
経房から瓜を受け取ると、熱を帯びた口元へと運ぶ。
瑞々しい夏の芳香とともに、熟した瓜の甘さが口いっぱいに広がる。
瓜の果汁は行成の指を伝って受けた盆の上に滴り落ちるが、衣を汚すようなヘマはしな
い。瓜の果汁で濡れた唇が、しどけない鬢の解れと相まってなかなかに美妙だ。
「敵(かな)わんな・・・」
経房が言う。
「頼むからそんな仕草は少納言の君の前では見せないでくれよ。
それでなくても、彼女の行成熱は上がる一方なんだから」
言われた当の行成は、その意味が解らないようであるが、それがまたこの男の良いと
ころでもあり、悪いところでもあった。
自分では意図しないうちに、相手の心証に影響を及ぼす。
後宮の女房たちを用もなく敵に回したり、虜にしたりするのはこの男のそういう飾らな
い態度からだった。
「・・・それで子どもの具合はすっかり良くなったのかい?」
経房が突然にそんな話を振ってくる。
彼にとっては、子どもより心を焦がす女性の方に関心があるだろうに。
「ああ・・・もう乳もよく飲んで以前とかわらない位やんちゃだそうだ」
どうしたらそんな幸せそうな顔が出来るのか、というくらい嬉しそうな顔で話す行成。
「だからさ・・・その笑顔で子どもの話なんかされたひにゃ、こちらには勝算が無いじ
ゃないか・・・まったく敵わないな」
経房は以前少納言の君と話をしていたとき、彼女が子供と食べ物の話ばかりしていた
ことを思い出していた。まあ、だからといって彼女が子煩悩という訳でもないだろうこ
とは周囲も知るところではあるが・・・。
それにしても、こんなに人なつっこい笑顔で子供のことを話す行成を見たら、普段の
彼とは違う一面を発見したことで一層惹かれていくことだけは間違いない。
そんな会話を交わしながら、何時しか日も落ちていった。
桃園の邸は居心地が良いので(仕える女房が美しいので?)経房は、来ればついつい
長居してしまう。気分が良くなった行成にとっても格好の話し相手であった。
庭を眺める二人にあいだに言葉はないが、ただ風の音や虫の声を聞いているだけで充
分であった。
今宵の空には下弦の月。
経房は、何も言わずに袂(たもと)から笛を取り出すと『霓裳羽衣』(げいしょううい
;唐の玄宗皇帝が夢にみた天人の舞楽を元につくったという楽曲)を吹き始めた。
行成とは違ってわかりやすい男である。
恋多きこの男が、何処ぞの姫に思いを寄せているのは明らかだ。
しかも、珍しく思うような返事が貰えないらしい。
行成にかこつけて、月を観て物思うのが何よりの証拠。
でもこれだけの笛を月の美しい夜に聴けたのは、病もあながち悪いことばかりではな
いらしい。
気持ちの良い涼風(すずかぜ)が吹いて、笛の音は天の河へと流れていく。
「”雲はこれ残んの粧(よそお)い 髻(もとどり)いまだ成らず
相逢い相失いて 間むこと分寸”(菅家文草 巻第五 三四七)(*)
経房、こんなところでぐずぐずしてていいのか。らしくもないな」
行成の的を射た言葉に経房は無邪気な笑顔で応える。
こんな反応にも、何故か二人は似たところがあった。
相変わらず空には下弦の月。
月のあかりは永久(とこしえ)に変わらないが、人の世は移り変わる。
一条帝と中宮定子、中宮定子と清少納言─この時代が、行成にとって一番理想的な時
であったのかもしれない。
明くる日の早朝からは、また忙しそうに内裏を行き来する行成の姿があった。
”人生如白駒過隙”(人生は白駒の隙を過ぐるが如し;十八史略)
《人生は戸の隙間から白馬が走り過ぎるのを見るように、ほんの一瞬のことにすぎない》
*”露應別涙珠空落”(露は別れの涙なるべし 珠空しく落つ)
《和漢朗詠 巻上 秋 七夕出》
に続く〔菅家文草 巻五 三四六〕の部分。
雲はこれ残んの粧(よそお)い 髻(もとどり)いまだ成らず
; 暁の露・曙の彩雲を牛女の別れを惜しむ涙の珠・織女の寝乱れ髪とみたてる。
相逢い相失いて 間むこと分寸
; 逢ったと思ったら別れなければならぬ、その中間の休息する時間はわずかだ。
暴走しておりますでしょうか・・・(聞くまでもない@@)
こういう話って、書いてて楽しいです(思いっきり押しつけ;;)
最後まで読んで下さった読者様に感謝! m(_ _)m
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