☆鴈 の 宿、七 夕 月 の 京 都 を 行 く
 
 みなさま、梅雨空が続く今日この頃いかがお過ごしでしょうか。
 わたくし鴈の宿は、この度素晴らしい友人の協力を得まして、久しぶりに夏の京都に行って参りま
した。今回はその旅のお話を、筆の向くままに書き綴っていこうと思います。
 ここに書くのは、きちんとまとめた資料ではなく、あくまで思いつくままのメモ、言ってみれば
”旅日記”です。 (歴史的詳細は、後日整理整頓して別コンテンツにてupいたします)
 ここでは、おもしろおかしく旅の様子をお伝え出来ればそれで充分。(笑)
 みなさまが少しでも”行きた〜い”気持ちになって下さったらなお嬉しいです。
 では、暫しのあいだお付き合い宜しくお願いします。       
(この旅行に際しまして、京都旅行のサイトを開いていらっしゃいますGさまには大変お世話になり
ました。貴重なアドバイスを頂きまして、真にありがとうございました)
 
〈 平成15年7月5日(土曜日) 曇り後晴れ後雨、しばしば大降り、時々土砂降り
 その日の朝は4時に始まりました。しかも目覚まし代わりの携帯が鳴る前に目が覚めて。
恐ろしいことに寝たのはつい先程、僅かに2時間ばかり前だったような・・・
 すでにこの時期、朝の4時はかなり明るい。何の躊躇いもなく身支度を整えると、素速く車に乗り
込んで一路京都へ。
・・・と言うのは全くの嘘で、何とか自分に暗示を掛けてようやく布団から離れ
ると
のろーっと身支度を始めた・・・というところでしょうか。
 まことにもって強行軍。まあ、運転は友人任せなのですけど・・・
(ちなみに友人は前日仕事が終わってから、管理人宅に宿泊)
 名古屋インターに入ったのは、5時半頃でした。観光シーズンから外れてますし、雨がポツポツし
ているし、時間は早いしで高速道路は空いていました。
 走っているのはトラックがほとんど。それもコンテナを積んだトラックが非常に多い。
 無理矢理テンションが上がるような曲を掛けて、しゃべり捲りながらの2時間。
ほどんど寝てないはずなのに、全然眠たくなくて”大丈夫か自分?”と気づくことすら無いままに気
が付けば大津。適当に一人パンを食べながら、腹ごなしを済ませました。
友人たちにも一応勧めてみましたが、いらないと言われましたので・・・
 ほとんど予定通りの所要時間で京都東のインターを降りると、先ずは市内を目指して西へ。
 この日、最初に向かうところは竜安寺。
 
 ここで、今回の”色気も食い気もない”撮影旅行のスケジュールを書いておきます。
  日程  : 平成15年7月5、6日の一泊二日
 目的地  : 一日目 京都、二日目 滋賀(奈良でないあたりが?) 
 交通手段 : 最初から最後まで友人が運転してくれる普通乗用車
  乗員  : 4名  この無謀な計画に乗った人間が4人・・・
           (但し、ここの話に登場するのは、ほとんど鴈の宿と友人一名のみ。
               他の人間が拘わる部分はこのサイトには関係ないので割愛)
  行程  : このサイトに関係有る一日目のみ掲載
      1、竜安寺(含む一条天皇陵)2、仁和寺 3、法金剛院 4、木島神社 5、広隆寺
      6、松尾大社 7、野宮神社 8、大覚寺 9、晴明神社 
     10、上賀茂神社 11、下鴨神社 を参詣したのち滋賀県へ移動。
 
 この計画を見ただけでも、かなーり無謀な旅行です。
 しかもこれに決定したのは、前日の金曜の夜。友人と直接計画を練ったのは、この時が最初でした。
何しろお互い忙しくて、メールか電話でしか話してなかったですから。
 そりゃ、どちらか一人でも京都の達人と言うなら話はわかりますが、どちらも今まで人任せでしか
京都に行ったことのない人間。何と最新の地図を本屋で求めたのが、旅の前日という恐ろしさ・・・
(他2名は後から参加。輪を掛けて全く当てにならない人たち)
 危うし京都旅行・・・でも人間切羽詰まったら、何とかなるものなのですね。(笑)
 天性の方向感知能力とドライビングテクニックを持った友人+気力と丈夫さ(?)だけが取り柄の
管理人の組み合わせで、力任せに全部踏破して参りました。
 まあ、廻ることに精一杯で、内容が薄いことは否めません。(汗)
 でも、撮るだけは撮ってきました。数打ちゃ当たるでカスが多いのですけど・・・
 
 1、竜安寺 
 到着時刻は午前7時50分頃。
 ここは、8時からの拝観なので全体地図を見て、一条天皇陵の場所を確認したり、この時期睡蓮で有名な
”鏡容池(きょうようち;別名おしどり池)を見たりして時間をつぶす。
こちらが竜安寺山門。あの枯山水の石庭で有名なお寺です。
                    
 
 徳大寺家の別荘だったのを、宝徳2年(1450)
  官領細川勝元が譲り受けて 寺地とし、妙心寺の義天玄承を
  開山として創建されたもの。応仁の乱に焼失して長亨2年
 (1488)
勝元の子政元が再興したが、寛政9年(1797)
  火災で、
方丈・仏殿・開山堂などを失った。
  現在の方丈はそのとき
西源院の方丈を移築したもの。
  方丈の前庭は枯山水式石庭として
著名で、臨済宗妙心寺派に
  属し大雲山と号し禅苑の名刹である。
  
 鴈の宿流チェックポイント 〕
  拝観時間 : 8〜17時
  拝観料  : 500円
  駐車場   : 上下併せて80台
        拝観者に限り一時間まで無料
   出来るだけ下の駐車場に停めた方が楽だと思います。
  (上に停めても下まで降りてこなくてはいけないから)
 但し、係のおじさんに上から停めるよう誘導されること有り。
  竜安寺は、この時期”鏡容池”の睡蓮が美しいので
 なるべく早い時間に行かれることをお奨めします。
 (8時前ならおじさんはいない模様)

 
  
・・・折角の睡蓮が、カメラマンの腕のせいで
   このようにしか撮れておりませんでした。(汗)
  (遠景過ぎる・・・)
   もっと近づいて撮りたかったのですが、柵が池から割
  と離れていたので、手持ちのデジカメではこんな風に
  なっ
てしまいました。
  (このカメラでも何かもっと上手く撮る方法が有るので
   しょうがマニュアル全然読んでません)
 
   方丈周辺の木立の緑も先程まで降っていた小雨に濡れ
  て、一際鮮やかでした。
   この時期この時間に来て何が良いと言って、団体客が
  いないことほど良いことは有りません。
  睡蓮も、緑の木立もみんな殆ど独占状態。
   朝の空気は、自然の息吹に溢れていました。
                      
    ・・・またまた、折角の石庭が(光度に問題?)
                        (涙)
        ガイドブック等の美しい姿をご覧下さいませ。

 





ここで、鴈の宿は”御朱印帳”なるものを生まれて始めて購入。
 確かお値段は、大が1200円、小が680円だったかなあ・・・(もう忘れてる)
 大きい方がお得な気がして(そもそも御朱印が如何なるものかこの時点では良くわかっていないの
に)、”大”にしました。 性格が現れてる・・・
(その御朱印帳と各神社・仏閣の御朱印は、全部廻った後でお見せ致します。これには深ーい訳が。
ここから次回への旅が既に始まっていると言っても良いくらい・・・京の都はミステリアス)
 
 と、ここまでは一般的な観光客の見学コース。
 ここからが殆どの観光客は訪れないであろうという”竜安寺朱山七陵”。
 この時点で石庭以外まったく興味のない他3名は、迷わずお抹茶休憩コースへ。
 鴈の宿一人が、山への険しい道を登ることになるのでした。(笑)
   丁度現在、庫裡裏から朱山手前にかけての部分は、
  建物(?)等の工事をしているようで、トラックなど
  の作業車が駐車していたり、工事関係者がお仕事して
  みえますが先へ進むことは出来ます。(ブルーシートを
  乗り越えて行くわたしは何者・・・)
   お兄さん、おじさんたちの視線をものともせずに軽
  く頭を下げて通らせて頂きましょう。
 (この時間に雨模様なので、行きも帰りもこの道の途中で
  観光客には誰にも会いませんでした。当たり前か)
  感度が悪くて解りませんが、石段は真っ直ぐ登ると割と
 すぐに右へ折れます。    
 実はわたしの前には犬を連れた散歩の作業員が。
 (良いのか宮内庁の御用地で) 
 間もなく犬の散歩の人に追いついてしまいました。
話して見れば人の良さそうな兄ちゃんで、工事関係者なのに
山の管理人(みたいな人)の犬を代わりに
散歩させてあげてると言う。
 そりゃこの辺だったら、こんな山道を散歩させるしかないか・・・
『この時期の京都は一年で一番空いてるよ』とか、『一条天皇陵の更に上に円融天皇の火葬墓もあるよ』
と教えてくれました。
(それで予想を超える石畳を、上へ上へと行くことになるのですが・・・)
 兄ちゃんと別れてどんどん上に石畳を登って行くと、漸く一条天皇・円融天皇陵に到着。

 

こんな険しい所まで、平安貴族の方々も登っていらっしゃったのでしょうか。
 って、ここにお墓が有るのですからそうなのですよね。行成さまもここからの都の景色を
ご覧になったってこと・・・感無量・・・

 
 

  こんもりした緑の部分が秦氏ゆかりの双ヶ岡だと思います。(違っていたらご指摘下さい)
  ”・・・市街の向こうに見えるのは東山連峰であるが、少し南寄りのところが皇后定子の鳥戸野陵
 である”と『絡西探訪』(淡光社)に書いてあったのですが、この天気で良くわかりませんでした。(泣)
 それでは、更に上に登って”円融天皇火葬所”に参りましょう。
 雨はザーザー降ってくるし、息の切れる登りの石畳は限りなく続くしで・・・少なくとも途中2回
は行くのを止めようと思いました。(苦笑) 気合いだけで漸く到着。


 
                 円融天皇火葬塚

 
  ↑  天皇陵周辺の森 (友人に樹海を撮ってきたのかと言われました)

 雨がぼつぼつと降る薄暗い中、一人こんな所を歩いている自分って何者だろう・・・
よく考えてみたらここは墓地。(考えなくても墓地だ)
今頃になって少ーし寒くなってきました。(気付くの遅過ぎ・・・)
 
 帰り道は下りなので、楽かと思ったらさにあらず。
雨がかなり降っていたので苔むした石畳は滑る滑る。慎重に歩を運んでいた筈なのに、一度などツル
リとなって、本当に肝を冷やしました。(ここで滑って落ちても誰も気付いてくれないだろう・・・
生き帰ってこれてよかった・・・大袈裟な)
 くれぐれも雨が降ってるときは、お気を付け下さい。(自分が一番気を付けねば)
 入り口まで降りる頃には、全身汗だくでした・・・蒸し暑いのと冷や汗とで。
 
 友人ら3名は喉を潤して、既に涼しい車内で寝たり、本を読んだりと快適な様子。
 涼しい筈の車内でひとりタオルを使っているわたしって・・・
 キンキンに冷えたミネラルウォーターをグイグイやりながら(これがビールだった一発で寝てる)
次なる目的地へ。ほんの数分で仁和寺到着。
 ここでは、御朱印を貰うのと、五重塔、国宝の金堂を撮すのが目的なのでさっさと終了。
 
 ”一条天皇陵”の撮影ということで、気合いが入って”竜安寺”のボリュームが思い切り
膨らんでし
まいました。(笑)
 次回からはスリム化を図りたいと思います。(出来るのか?)
ページも新たに、仁和寺法金剛院木島神社広隆寺をお届けします。
四つ纏めては難しいかな。なかなかに重くて上手く作動しないかも・・・