山陰本線 直江−出雲市

1.2005年9月27日
キハ47 普通
《アクセス》
直江駅から1キロほど出雲市寄りに進んだ直線。
国道9号線から信号交差点を適当に入っていくと踏切にたどり着く。
その踏切近くのガタガタ道の農道?から狙う。
《光線・レンズ》
午後の下りが順光。作例は16時半頃。100ミリ相当。
《コメント》
この場所は最近になって開発が進んだ模様で、バイパス道路の立体交差や
線路沿いの農道の処理が難しい。
と言うより処理しきれない。編成重視と割り切ろう。

2.2005年9月27日
DD51+24系 「出雲」
《アクセス》
両駅の中間に架かる斐伊川橋りょう。
東西岸どちらも撮影可能で、今回の作例は狙い列車の関係で東岸だが、
踏切近くの車道からの撮影となり、足場が狭い。車にも注意。
対して西岸は車両の通行できない土手から撮影となるので、足場は広い。
問題点は両岸共に付近の駐車スペースが全く無い事。相当な距離を歩く覚悟が必要だ。
《光線・レンズ》
東からは午前の上りが、西からは午後の下りが順光。
作例は17時半頃の上り「出雲」。200ミリ相当。
日暮れで露出が出ていない。ISO1600で無理矢理撮影。

《コメント》
車で来ると駐車に困る事を除けば、まずまず無難な撮影地。
お目当てはやはり「出雲」だが、どの場所・時期も完全な順光にはならない。

3.2005年11月3日
DD51+24系 「出雲」
《アクセス》
こちらは橋の西岸。足場は車両の通らない土手で、ゆったりとしている。
人数もこなせるが、付近には全くと言っていいほど駐車スペースは無い。
《光線・レンズ》
午後が順光となるので、作例の11時頃「出雲」に光が回るのはサイドまで。
70ミリ相当。

《コメント》
今日の牽引は1186号機。旧客が現役だった頃に何度かお世話になったカマだ。
秋晴れの祝日、しかし今朝も空気を乗せて走る客車「出雲」の運命は
もはや待った無しの状況。
既に後藤のDD51の処遇についても様々な憶測が飛び交っている模様。撮影はお早めに。

4.2005年11月3日
DD51+24系「出雲」
  ※2006/3/18 写真差し替え
《アクセス》
3.の後追い。
《光線・レンズ》
本来は午前の上り列車が順光。作例は100ミリ相当。
《コメント》
−−−

5.2006年3月17日
DD51+24系「出雲」
《アクセス》
4.と同じ。
《光線・レンズ》
17時半過ぎの「出雲」。85ミリ相当。
《コメント》
最終日の上り「出雲」。斐伊川の土手には撮影者以外にも多くの人たちが集まった。
定刻よりやや遅れて、長い汽笛を鳴らして1186号機が現れた。
最後の演出としてブルートレイン牽引を示す☆彡マークが区名札に挿されていたらしいが、
それはおろかカマ番すら分からない。
サイドギラリや夕焼けを狙うにしては角度が悪く、太陽の位置も高過ぎた。
シルエットなどという格好良いもんじゃない。単なる逆光写真だ。
でも時が経てばいい想い出になるだろう。

6.2006年3月17日
DD51+24系「出雲」
《アクセス》
3.に同じ。5.の後追い。
《光線・レンズ》
作例は150ミリ相当。

《コメント》
カニ24を最後尾に走り去っていく「出雲」。
東岸に構えた多くの撮影者達への合図か、DD51が長い笛をもう1度吹いた。
そして夕日を浴びながら土手の向こうに消えていった。
好調な「サンライズ出雲」の存在があるため、地元、特に利用客層の人たちにとっては
もしかするとそれほど強い惜別の念が無いのかも知れない。
しかし長く山陰本線を走った東京行き客車特急の幕は今日ここに降りてしまった。
最終の4レに充当されたこの客車たちが出雲路の地を踏む事は、おそらくもう無い。
長い間お疲れ様でした。

トップページに戻る                   鉄道写真館に戻る