臨床雑誌「内 科」第80巻 第5号 〔1997年11月号〕  南江堂

若人は無限の可能性をもっている

鹿児島大学 内科教授 納 光弘

 鹿児島大学で医学教育に携わって25年になる。その中で常に私が感じ続けてきたことは、若者は無限の能力をもっているということである。若者はすばらしいエネルギーで伸びようとするので、その伸びる芽を押さえさえしなければ、どんどん伸びてゆく。教育というものは、われわれの型に若者をはめることであってはならないと思う。若者は悩みながら自分の道を模索する。そして、自分で自分の進む道をみつけてゆく。自分でみつけた道こそはモチベーションも高く、ひとたび進みはじめると、われわれの想像を越えるスピードで伸びてゆく。上に立つ者が弟子を自分の型にはめようとした場合、多くの場合その指導者を越えて伸びることはできないように思う。もちろん医学教育の中で技術や知識を教えることは重要であることはいうまでもなく、これを否定しているわけではない。むしろ、指導者は自分の知っている知識や技術はできるだけ効率よく弟子に伝授すべきである。しかし、習う側も教える側もそれらの技術や知識は絶対的なものではなく、医学医療の進歩とともに多くは古いもの、過去のものとなってゆくことを知らねばならない。だからこそ、教える側も習う側も常に勉強し続ける必要がある。多くの場合、若者は指導者を追い越し、どんどん伸びてゆく。若者が自分をどんどん追い越して伸びてゆく姿をみるほど指導者にとってうれしいことはない。ジャック・クラウトの教えを受けたジャック・ニクラウスが指導者を抜き去って世界の頂点に立ったときのジャック・クラウトの喜びや、タイガー・ウッズが指導者の父親を抜き去り、世界のスーパースターになっていったときの父親の喜び、それらに似た幸福を私は幾度味わわせてもらったかしれない。多くの若者が、私を抜き去り、そして私を幸せにしてくれた。鹿児島大学の若者だけがこのように優秀なのだろうか?確かに鹿児島という土地柄は進取の気性に富んでいる。したがって、元気のいい若人が育ちやすいことは確かである。しかし、私は鹿児島の若人しか知らないからつい鹿児島をひいき目にみてしまうが、どこの若人も鹿児島のようにすばらしい人材が多いに違いない。
 指導者にとって一番大切なことは、若人が無限に伸びるポテンシィを有していることを知り、その芽を摘まないことに心を砕くことであると私は感じている。私の恩師の井形昭弘先生もいつもこのことを私どもにおっしゃっておられたし、私達もそのような教育を受けて育ってきた。そして今、私も同じ考えで弟子の教育に当り、井形先生の教えが正しかったことを身をもって実感させていただいているところである。井形先生がもう一ついつも私どもに強調しておられたことは、「原因不明といわれていても、原因がないのではなく、原因をわれわれがみつけきっていないだけである。目の前の患者がその原因をもっているのだから、常にそれをみつける努力をしなければならない。それをみつけることが、その患者の治療法をみつけることにも通ずる」ということであった。このような姿勢の中かHAMの発見も起こったわけで、この教えも私どもにとってきわめて大切なものとなっている。このような中で、若者がその限りない可能性を伸ばしつつあることはうれしい限りである。
(鹿児島大学第三内科教授)