これは平成14年3月17日に行われた日本内科学会100周年記念市民公開講座の新聞での案内です。
3人の演者の最後の演者として、私は患者の立場からみた痛風の話をしました。
この時の講演の全てをここにご紹介します。







専門医が痛風になって

──患者の立場からみた痛風──


演者
 鹿児島大学第三内科教授 納 光弘












 まさか私がこういう立場でお話しするとは、夢にも思っていませんでした。
 それは去年の8月の11日のことでございます。とにかく突然、寝始めた頃から「何じゃ、これは?」という、考えもつかないような痛みが始まりましてね、その間はもう写真を撮る心のゆとりもなくて、やっと14日になって撮ったのであります。患者さんは痛くて写真を撮るということを思いつかないんですね。非ステロイド系の消炎鎮痛剤を使って、何とかおさまって、13日頃から写真を撮るような気になった。腫れが大分減った頃にこの程度です。






 こ8月14日に撮った写真を他の患者さんの痛風発作の時の写真と比べてみると赤く腫れ上がった感じがとても似ていることがわかります。痛風発作の約70%は右の患者さんの足のように足の親指の付け根のところ(医学用語では第一中足趾節関節といいます)におこります。でも、その次に発作の起こることの多い場所が私の場合のように、隣のゆびの付け根の関節なのです。




 発作の3日後に測った尿酸値は5.9mg/dl でしたので正常の範囲内でした(7mg/dl 以上が異常値)。 発作中には大体1〜1.2mg/dl ぐらい下がって出るというのが常識で、そのため痛風発作中に測った尿酸値がこのように正常値になることはめずらしくはないのです。ただ、ここで面白いのは、CRPという炎症の指標が1.1mg/dl まで上がっている(正常は 0.3mg/dl 以下)。すなわち、炎症が起こっているということになります。このCRPが正常になる2週間後ぐらいに尿酸値がどうなるか。大体1〜1.5mg/dlほどを足せばいいのですが、私の場合も、計算どおりにCRPが正常化した時点での尿酸値は7.1mg/dl  で、異常値をとっていました。というわけで、痛風の診断基準上、痛風の診断になるわけです。


痛風発作は、7日前後で臨床症状が治る。だから安心する。確かに、半年から1年は痛風発作は起こりませんが、しかしながら一番怖いのは、痛風が起こってからだんだん起きてくる腎臓の障害です。これが一番いやなわけです。
「なぜ俺が!」と、この元気で病気をひとつも知らなかった俺が、なぜ痛風に?と、まずは本当にショックでした。「冗談だろう」と(笑い)。






 でも、よく考えてみますと、その頃はもうビールは大量飲むわ──この「大量」というのが、今もって思い起こせば、通常の大量ではなかった(なんと、3〜5リッター!)。35年間飲み続けて、やっと痛風になれたと言えばそれまでですけれども、まあ、大変な過去でございました。なるべくしてなったと言えるかも知れません。





 アルコールと尿酸というのは、実は私みたいなビール党にとっては重大関心事でしてね、エッ、これで俺はもうビールが飲めなくなるのだったっけ!──患者さんにはそう言ってきましたから。「控えなさい」と。「特にビールは控えなさい」と言ってきましたからね。「エッ、俺が飲めないの!」というやつですよ。
 ビールに限らず、アルコールが途中で乳酸になって、乳酸が腎臓からの排泄を抑制するから、尿酸値が上がる。もう一つパスウェイがあって、アルコールが尿酸の代謝を亢進させて、尿酸をつくるということもあるのですが、これは実は相当たくさん、相当長く飲んだときです。ですから、通常の僕らのレベルの飲酒では、ほとんど乳酸による排泄抑制と考えて結構です。


 先ほどからプリンの話が出ていますが、焼酎とかウィスキーは大体ゼロと考えていい。だって蒸溜酒ですから。それに対して日本酒も無視できる程度。この数字だけでみると、ビールはウイスキーの300倍のプリン体が含まれているから、大変な量のプリン体だから、痛風や高尿酸血症の人はビールを飲んではいけないんだ、という風につい考えてしまうかもしれませんが、それほど深刻な問題ではないのです。





 なぜかというと、普通は体内の尿酸のプールは1200mg で、一日に約700mgのプリン体がこのプールに入ってきて、同じ量のプリン体が出てゆくので、1200mgの体内プールは維持されているわけですが、この体内には入り込んでくるプリン体の大部分は人間は主に食べ物(蛋白質)から合成されてくるのです。直接プリン体として摂取されるのは通常100mg くらいですが、この量が多くなれば体内で作られる量が抑えられることもあり、直接食物から取るプリン体の量は1日400mgを超えない事を目安にするのがいいと言われています。ビール大瓶1本(633ml)に含まれているプリン体の量は32.4mgですから、大瓶3本飲んでも100mg程度ですので、ビールに含まれる程度のプリン体はそれほど深刻に気にする必要はないといえましょう。むしろ、問題にすべきはアルコールの量そのものなのです。

 私は、極めて大量にアルコールを飲めばどうなるかということを学生で実験してみました。8人の学生に、おまえたちの希望者は、きょうはボウリングを5ゲームただで投げさせてやる、その前と後で血を採らせてもらう、それからビールでも焼酎でも好きなアルコールを好きなだけ飲んでくれ、夜12時まで飲める限り飲んでくれ──というわけで、もちろん全員希望しましたが、私は彼らの安全管理と採血のため一滴も飲まずに、学生がおいしそうに飲むのを尻目に、ウーロン茶を飲みながらじっと待っていて、12時に全員から採血したのでした。ボウリング5ゲーム連続ぐらいでは有酸素運動で、ちょっと激しい程度の運動ですから、全員大体0.2mg/  程度上がる。上がらなかった人は一人もいません。次は、お酒を死ぬほど飲ますと1.1mg/  程度上がってきます。上がらなかった人は一人もいない。実は、この実験には女性を除きました。女性は別世界でして、全然上がらない。もう魔物ですね(笑)。これほど飲んでもこの程度しか上がらないともいえますし、この程度上がるのだともいえますが、いずれにしましても、これからお話します私が自分の体でそれまでに確認したアルコールと尿酸値の関係が、私だけの特殊な状況というわけではなく、誰でも同じ事が起こる事が確認できたわけです。ボウリング代とお酒代の支払いに私のサイフは軽くなりましたが、それだけ支払った価値があったわけです。
 話は変わって、それでは、俺は飲むのか・飲まないのかということを中心にそのときの思考はめぐっていくわけですね。それから、薬を使うのか・使わないのか。今までは、「お酒は控えなさい」、「体重を減らしなさい」と言ってきたのだけれども、ちょいと待てよ、俺はどうしよう──




というわけで、結局、これは神様が自分に与えたチャンスだろう、まずは生活習慣を変えたり、変えなかったり、飲みまくったり、いろいろしてみよう、それが済んでから、自分は飲むなら飲む、飲まないなら飲まないということを決めようと思いました。
 実は、定量的にどれだけ飲んだらどれだけ上がるかということは、それほど美しいデータがあるわけじゃない。ある程度はあるのですよ。だけど、日本人のいいデータがない。アメリカのデータはあるけれども散発的です。ですから、私はまず自分でやってみようと思ったのです。





それで、先ほどお示ししたように、5.9mg/ (以下、mg/  は略)が7.1になった。それはいい。では、2週間だけビールはやめてみましょう、酒と焼酎を1.5合/日以下、ということにしました。
 これには理由があるのです。私のそれまでの知識から、これだったら絶対に下がるはずだ、と。やはり下がるんですよ。そこで今度は、では飲んでみようと、このときは本気で飲みました。これは実験ですから(笑)。すると、やはり1mg/dl 上がるんですね、きれいに。学生と同じですよ、私の体は。特殊でも何でもない。それで次は、焼酎を飲むと、おそらくこの7.1mg/dl から下がるだろう──これは1.5合以下ですよ。すると、大体下がってきたけれども下がりが悪いから、ちょっと断酒してみよう。下がる。もうちょっと延ばしてみよう。5.8mg/dl まで下がってきた──というわけで、ほら見たことか、と。手のひらの上で思ったとおりに尿酸値が動いているわけです。ここでやめておけばいいのに、もう一回、酒を毎日3合、何日間か飲んでみました。やはり上がるんですね。4日ぐらい飲んだような気がします。
 ここでやめておけばいいのに、では、酒を死ぬほど、しこたま飲んだらどうなるか。 8mg/dl まで上がるんですね。このとき僕は日本酒の量を測りながら飲んだんですよ、6.5合でした。そこで、いい気持ちに酔ってしまって飲むのをやめました。 8mg/dl まで上がったので、それでまた断酒です。そうすると、やはり、また下がるのです。
 尿酸値というのは、普通、1回の採血でみている。保険の診療では、採血は通常月に一回しか認められていないのです。ですから、私たちは今まで患者さんの尿酸値を1回の採血でみてきました。自分が患者になって、自分で研究でやっていますから、こんなことができるんですよね。そうしてみると、こんなに動くのだ!と、これは私にとって発見でした。それほどは動かないと思っていました。だから、月に1回であたりまえだと思っていました。こんなに動くのだ。それだったら、この検査は月に1回でいいのかしらと、ちらっと思いました。
 それはさておき、その頃、生活習慣病研究会というものが予定されていて、私がその特別講演の座長でした。だけど、その座長の前に、一般講演の10分の演題にこの私の体験談を演題として計画させてもらったのです。あと3週間ぐらいしかない。いよいよこれを発表するのに、断酒して 5.8mg/dl まで下げて、あとは1.5合以内でルンルンの世界でこうでしたと言って、美しくフィニッシュしようと思ったが、さにあらず、現実は違ったのです。ここが非常に大事なところですので、このグラフの、この部分を引き伸ばしてみますよ。
 引き伸ばしてみますと、断酒を続けたら下がると思ったら、何やらダラダラとしている。おかしい、これはしようがないから、もうちょっと延ばすか……。それでも下がらない。おかしいな。これは結局、病院長職としてのストレスが、この頃からだんだん強くなってきていたのです。これは後でわかりました。このときはわかりませんでした。一体何事だと、許せない。まるで自分の制御不能に陥ったと思いましたからね。
 それで今度は、もうこれは酒をやめるしかない。ここで1.5合飲んでおけば、また治まったたんでしょうけどね、ストレスが少しは下がって。その頃はそういうことまで気づきませんでしたから断酒を続けた。やはり、尿酸値はボーダーライン近くでフラフラ、フラフラしているんですね。 さて、土、日に非常に大事なトーナメントの試合がありました。ゴルフの病院長杯です。私は忙しくて練習は全くできない。ぶっつけ本番でその日に行ったのですが、せっかくだからというので、ゴルフの前の日に採血して、その当日は朝5時の採血。ゴルフが済んで採血。土、日はわかりませんから、月曜の正午まで採血して、検査に出した。
 まとめてこれだけの結果が1度にわかった。これを見て腰を抜かすほど驚いたのです。冗談じゃない。なぜ僕がびっくりしたかというと、ゴルフの前夜から朝までは寝ていただけなのに上がっている。ここで注目すべきは、私はゴルフがものすごく好きなのに練習できない。きょうは頑張らないと、病院長杯だし、病院長の名前がついているしというわけで、これはもう小学生、中学生の遠足の朝ですよ。3時間も眠ったら目が覚めて、嬉しくて、興奮して、眠らないといけないと、ふとんの中で目をつぶっているけれども、グリーンの第1ホール、第2ホール……と、ずっと浮かんできてしようがない、眠れない。これは後で考えればストレスなんですよ。ゴルフの、わくわくする方のストレスです。結局、このわくわくする方のうれしいストレスでも尿酸値を上げるのだと考えるのが妥当だと、とりあえず仮に結論したのです。
 このことを検証する絶好の機会がしばらく後に訪れました。、納杯という年に一度の私の教室のゴルフ大会があったのです。そのときにボランティアを募ったのです。平常時とゴルフのときの採血をする。そのかわりゴルフ代を出すとはさすがに言いませんでした。だからボランティアです(笑い)





 結局、平常時の高尿酸血症は2人でした。ところが、朝、わくわくしてゴルフ場に駆けつけたところをつかまえて採血すると、何と7割が高尿酸血症になっているのです。平常時に比べ全員が上昇している、平均値で 1.2mg もじょうしょうしていたのです! 結局、ゴルフのワクワクで上昇するのは私だけではなかったのです。 もう一つ、面白い事がわかりました。ゴルフそのものでも、平均で 0.7mg/dl の上昇が認められたのです。ゴルフをしても私みたいな──と言うと悪いけど、要するに、ある程度うまい人は有酸素運動でルンルンの世界ですから、尿酸値の上昇は少ないのです。しかし、ビギナーはほとんど上がるんですよね。面白い世界でした。要するに、運動の量なんですね。





 さて、話はもとにもどりますが、私は結局、生活習慣病研究会までは断酒を続けたのです。もうしようがない。そして下がってはいったのです。
 ところが、また天が私にもう一つ試練を与えてくれたのです。何と、ぎっくり腰・疼痛・不眠。まさに神様が、こういう場合に尿酸値が上がるのか・上がらないのか、という機会を与えてくれたのです。上がるんですよ、やっぱり。眠れないストレスというのは上がるのです。そして生活習慣病学会を迎えて、「今後も私はちょっと勉強が必要ですなぁ」という話でお茶を濁したという次第だったのです。


 さて、私の痛風発作にはストレスが関係していたことはまちがいないと考えています。それともう一つ、この間に体重が3.5kg 増えている。










実は、尿酸値と肥満度(BMI)は関係が深いことはよくしられており、私の場合も、まずは体重を適正体重にもってゆくことが、最優先事項であったのです。








 私は、発作が起こってから3カ月で体重を約7kg 減らしました。私は体重曲線は10年来続けています。ですから、前の体重もわかっているわけですが、こうして下がっていくと、いつもの表に書き切れません。それで表をだんだん下まで継ぎ足さざるをえないということが起こったのですが、何はともあれ、体重を減らしていった。ここで皆様に体重を減らす取って置きの秘策をお教えしましょう! 決して無理なダイエットなどせずに、いわんややせ薬なんで百害あっ一利なしですので、ただ、いつものようにバランスのいい食事を気持ち量を控えめにして、そう、腹八分におさえて、あとは、毎日決まった時間に、イッテイノコンディションで体重計に乗って記録する。それで、十分なのですよ!ちなみに、この表には、尿酸値も同時に書き込んであります。

 さて、私の場合、お薬をこれから飲まないといけないとすると、自分の高尿酸血症が尿酸産生過剰型なのか、尿酸排泄低下型なのかを決めないといけないわけです。そのどちらかによって薬の種類がまるっきり違うわけですから。






これを決めるには1時間法と24時間法があります。










1時間法は福井医科大学の中村名誉教授がこれまでに実にいい仕事をされています。1時間尿で、ここに来れば産生過剰型、ここに来れば排泄低下型、痛風ではない健康な人はここですよ、ということを示しています。では、私の結果はどうだったかというと、何と一発目は排泄低下型なんです。「何っ!俺はやっぱりそうなのか」と、ちょっと感慨にふけりまして、あと3回追加してみると、二つは正常型に入ってくるのですね。それらの日のそれぞれの生活記録を見てみますと、排泄低下型だった日は高熱、不眠。ガタガタ震いして眠れなかった日、ぎっくり腰の日、正常型の日は安眠、熟睡の日。ですから、ストレスというのはどうやら排泄を抑制する形で尿酸値を上げているみたいですね。それでは酒はどうなんだと、当然考えますよね。酒をしこたま飲んだらどうなるか。「清酒痛飲」の翌朝の結果は排泄抑制型。 酒も主に排泄抑制できいているということになりますね。 ですから、一人の人のワンスポットで物を言ってはいけない。やはり、生活の状況でこんなに違うのだ。私は今までは患者さんにはワンスポットでやっていたのです。これは危なかったのだなと、自分が患者になってやっとわかりました。
 24時間法に関しては、検査が面倒なので、私はそれまで避けて通ってきていたのです。調べてみると、西田先生の著書に一番よく書いてありました。








 読んでみると、面白いんですよ。「一般的に24時間尿は600mg 以上を産生過剰型、600mg 以下が排泄低下型としている。しかし、尿酸排泄量は食事内容によって変動する。日常生活でプリン制限食も困難である。また、1日600mg という数値は、米国で健常人を対象に行われた結果より得られた数値である。日本人は欧米人に比し、身長・体重とも小さく、尿酸排泄量も少ないと考えられる。我が国の健常人でのデータはない」──その通りなのですが、私も患者として読むと、実はこういう日本の状況は困ったことなのです。正常人でのデータがなくては、24時間尿をする意味がないからです。



 そこで私は、鹿児島にあるCPCクリニックの深瀬院長先生に御相談して、12人のピカピカの健常男性について、入院の上で低プリン食1800 kcal で、入院後3日目、4日目の24時間蓄尿で結果を出していただいたのです。






すると、この12人のうち1人だけ高尿酸血症の軽い状況でした。今の若人では大体こんなものですよね。









 24時間の排泄量をみると、300台から700台ちょっとぐらいまで、大体600が中心。では、自分はこの中のどこに来るのかということが患者の最大の関心事です。正常値がどうこうというよりも、私はこのどこに来るのか、と。4回、24時間尿をみてみました。すると、ピカピカの正常なんです。びっくりしました。ほう、こんなものなのか、と。恐らく、24時間尿では、相当はっきりした異常でないと解らないということかと思われました。




 この表が発作から11月2日までの全経過です。結局、尿酸値を上げないアルコールの定量は、私が考えいた1.5合というのがどうやら正しいというふうにこの経過からは考えて、その後も私は大体正しいと思っています。1、5合以内ぐらいだったら何の問題もない。プラスに働くと私は思っているのですが、その証拠はまた後でお見せします。






 実は、脳卒中の研究成果からも全く同じデータが出ているんですね。九州大学第二内科の久山町における研究で、脳卒中に関しては1.5合/日以下飲む人と、飲まない人とでは、飲む人の方がかえっていいのだという結果が出ていますが、これは欧米の大型スタディでも同じ結果が出ています、アルコール量では。だから、痛風の世界でも、1合か1.5合以下ぐらいは飲んだ方が安眠できて、ストレスをとるためによい、そのようなことを考えています。



 酒1.5合というのは、アルコールの量で換算するとビールではどのくらいかというと、750m ですね。実は、ビールはプリン体が多い。だけど、尿酸値に対する影響は、私の体験からは普通の酒のおおよそ3割増しです。たった3割ぐらいだから飲んだらいいじゃないか、こんなことを最近は考えているんですけどね。水分が多い分、尿量が増して、尿路結石の予防にも役立つ可能性が強いですしね。焼酎の好きな人が無理にビールに変えることはないでしょうが、ビールの好きな人は好きなものを適量飲んだほうがいいに決まってます。そのほうが、ストレス解消にはいいからです。
 というわけで、断酒をして、生活習慣病研究会のところまで話しましたが、その後、今日までどうなったかという話で締めくくりたいと思います。

 その後どうなったかといいますと、断酒をした反動じゃないのですが、生活習慣病研究会の一般演題が済んでほっとして、まぁ、飲んでみようかとなると、8.2mg/dl になったのです。その後、もう一度断酒の後、今度はどこまで上がるのかということで、僕はビールを死ぬほど飲んで、白子を食える限り食ってみたのです(笑)。痛風には一番悪いというやつです。すると 9.6mg/dl まで上がった。ところが、一番面白いのは、この中間の
断酒の時なんです。断酒なのに、やはり暴れまくって 8.5mg/dl まで上がったり、8.2mg/dl まで、ボコボコ、ポコボコ上がっているでしょう。ここは病院長で一番忙しくなったときです。要するに、ずっとストレスはあったのですが、この頃から新病院構想に向けてそれは大変な頑張りでもあるし、不眠も続くという状態でした。ですから、やはりこれがかなり影響したのだ思います。

 さて、8月11日に発作が出てから、6カ月の間に自分自身を相手にした痛風の研究をしてきました。そして、とうとう平成14年1月27日に還暦を私は迎えました。実は、私は薬をずっと使わなかった。使わずに研究したのです。しかし、腎機能に対するモニターは忘れませんでした。緻密に腎機能を追っかけていったのです。すると、詳しくは申しませんが、じわりじわりと正常の範囲内で悪くなってきた。これはいよいよ俺も薬を飲まないと腎臓が危ないぞ、正常値なのだけれども危ないな、これは臨床家として薬を飲まないといけない、飲むなら、1月27日の還暦の日だ──



というわけで、儀式を行ったのです。やはり、人間、けじめが大切だということで、還暦を期に、痛風の研究だけではなくて、「自分のための治療も開始」「初めてユリノーム(25mg錠/日)を飲む」──25mg 錠というのは、一番少ない量で、普通は50mg 錠です。その半分の量が小さな粒で売られています。その小さな粒を初めて口にしたというわけです。





 ユリノームとはどういうお薬か。尿酸合成促進型の場合には合成を阻害すればいいわけですよね。それとは異なり、私の場合は尿酸の排泄が抑制されていますから、再吸収を阻害するユリノームが一番効きます。いろいろ検討してみましたが。再吸収を阻害して、副作用もこれが一番少ないので、私はユリノームを選びました。やはり、患者は副作用を中心に考えますから。




そして、どういうことが起こったかというと、何と、ごらんください。1月27日からきょうの3月17日の公開講座まで全く正常値なんですよ。ストレスはずっと続いている。かえって強いぐらいなんですよ。だけど、うそみたいに正常化しました。しかも、この最中に、私は「うそやろう?」と、もっと飲んだら必ず上がるはずだというので、飲みまくってみました。びくともしませんでした。これほど効くんですよ。しかも、文部科学省に仕事を持っていくために2時間ぐらいしか眠らずに、半徹夜で東京に行った。そのときもびくともしない。上がりませんでした。驚くべきことですね。結局、ストレスによる尿酸値の上昇は排泄抑制を介しておこっているので、ユリノームはそこを改善するから、ピタッと効くんですね。酒にもストレスにも、うそみたいに効いてしまう。
 ここで私にとっては淋しい時が訪れたわけです。もう何の感動もない。飲んでも上がらない、ストレスでも上がらない、もう採血する意味もないじゃないか。月に1遍でいいのだ、という世界になってしまった感じでしょう。
 結局、このときに考えてみますと、8月以来還暦の日まで169回採血しているのです。これは全部自分で採血しています。目をつぶっていても30秒で針がパッと入ります。いわゆる芸術の世界に入っています(笑)。右手でも左手でもできます。還暦で治療開始以降はさすがに回数が減って32回。合計で201回採血した。これで私のはげしい採血の歴史は終わりです。あとは月1回の世界に入りました。

 しかし、これで私が痛風の興味から解き放されるかというと、そうじゃなかったのです。もうひとつ解決すべきことが待ち受けておりました。即ち、ユリノームを飲むということは尿酸が尿管にどんどん排泄されるから、尿管での尿酸の濃度がどんどん上がるわけですよ。だから、石ができやすくなる。患者としては酸性尿の改善をしないといけない。





 それにはウラリットという薬がある。私たちが現在使っている薬はこれだけです。昔は重曹を使っていましたが、その幾層倍、効率がいい。推奨ペーハーは6.2〜6.8──先ほど6.5という中間値のお話がありましたが、酸性に傾くと尿酸結石ができやすいし、アルカリ性に傾くと燐酸カルシウム結石ができやすい。ただ、燐酸カルシウム結石はそんなにやっためったできるものではありません。





 ウラリットという薬は1回1g を1日3回(食後1g,1g,1g)、この程度の感じが通常量で、粉と錠剤がありますが、私の場合は錠剤です。ウラリット錠1錠は粉のウラリット‐Uの0.5g 相当です。ドイツではビールを飲みまくる民族ですから──彼らは朝・昼から飲みますからね、一日10g服用する ということですが、日本では朝から飲む人はおりませんから、一日3g の世界でいいでしょう。燐酸カルシウム結石というものはそうできるものではないんです。



11人の患者さんに7.5g を5年3カ月投与して、やっと1人にできたというデータがありますが、そんなに飲む人は日本ではいませんからね、普通は。 ペーハーのアルカリ性というのは、通常、一時的にポンと上がっても──必ず上がるのですが、心配しなくてもいい。でも、酸性の方は気をつけた方がいいということになります。






 小川先生方が、健常男性5人で尿の1日のペーハーをウラリットを飲む前に測ってたデーラーがありますが、大体同じパターンをこの5人はとっています。朝方が低く、昼間は高く、夕方から低くなって、寝ている間に下がって、朝起きたときにはまた下がっている。なぜ寝ている間に下がるかというと、これは簡単な理由なんですね。昼間は息をする、息をすると体もアルカリ性になっていくから、尿にアルカリを捨てていく。夜は息をゆっくりするから、呼吸の影響で酸性に傾いていく、そういうわけなんですが、ただ、ウラリットを効能書どおり1g,1g,1gと食後に飲んだのでは、朝の酸性尿は改善されていないんですよ、実際のところ。ですから、私はこういうパターンの人は夕食後に2g 程度というのが一番いいのかなと思います。これは患者の経験ですね。今までは私は1g,1g,1gの服用を患者さんにお薦めしていたのですが、れからはこのようなパターンの患者さんには、夕食後に2g 程度の処方をすることにしました。

 清水先生という方は、患者の立場に立った痛風の、とくに酸性尿改善のすばらしい研究を大変よくなさっておられる方で、論文をいつも感心して読ませていただいています。健常人10人に水だけ飲ませて1日絶食をさせたときと、普通に飯を食ったときを同じ人間で比べると、朝食後2時間ぐらいで上がってくる、昼食後はちょっと上がるかなという程度で、夕食後は関係なく下がっていく。食後に上がるのは基本的には胃酸が分泌され、酸が胃に行って血液の中がアルカリ性に傾くから尿の方にアルカリが捨てられる──というのはわかるのですが、なぜ夕食後には上がらないのかということは、本当のことはよくわかっていないんですよ。私の実験からは、いろんな仮説は持っているのですが、いずれ検証しないといけないと思っております。

 それはそれで、では、自分のパターンはどのパターンになるか。同じ健常人といっても、理想値の6.2〜6.8の間をずっと続ける人は少なくて、大抵どこかでは低くなる。低いままいく人もいる。だから、自分の尿のパターンを知るということが治療の第一歩なんです。ウラリットを出している会社(日本ケミファ)が「標準色調表」を薬屋を通じて安価で販売していますから、このペーハー試験紙で見れば自分の尿のペーハーがわかります。普通はこれでいいのです。ただ、私の場合は研究ですから、誤差のない、小さな刻みで測れる携帯式の小型の器械(万年筆程度の大きさ)で全尿を測りました。


 一番最初に測ったのは1月25日で、ペーハーは6.7、そして次に夜中に起きたら 5.5、早朝は5.2。朝食後は7.5と、ポンとリバウンドしている。その夜寝る前は5.7。何やら毎日同じパターンでというわけではない。はたと気がついたことは、早朝のペーハーが下がっている前日はビールを痛飲していた。やはり、ビールを痛飲すると、明くる朝まで激しく影響する可能性がある、と気づいたのです。





 結局、私は還暦の日の2日前から始めて、ずっと毎日毎日記録しました。普通はこんなにオシッコしませんね。だけど私は小さく測りたいから、30分置きぐらいに絞り出しながら測っていった日もある──極端に言えば、ですよ。日曜日などはそうするわけです。そうでない、仕事の日は間隔が延びていくのですけどね。それで昨日、朝の7時、明日、市民公開講座だからもうこれで終わりというので、624回、1滴も漏らさず測定していたのですが、51日ぶりに男便器に向かって放尿したときの気持ちのよさ!(笑)。「ああ、人生意気に感ず」で、よかったと思いました。それ以来、快適な排尿活動を続けているわけです。

 それはさておき、これが昨日の写真ですが、もうこれで俺はやめたぞというので51日間の尿の記録を見ているところです。もう1枚の表は、発作が起こってからきょうまでの血液の動きと体重の動きで、この2つの表をみて感慨無量でした。







 この表を見ていると、いろいろ面白いんですよ。例えば、2月3日の日曜日はウラリットを飲む前で、ユリノームは飲んでいるのですが、1日の尿をちょうど1時間刻みでずっと見ていくと、私の場合は、酒を全然飲んでいないのに下がっていく傾向はありますね。酒を飲むと明くる朝はさらにぐっとペーハーは下がっていく。





 もう一つ、面白い出来事を紹介しましょう。2月17日(水)の朝の11時のペーハーは6.9で、お酒を飲まない日は28日も3月2日も4日も全てペーハーは6.9と安定しているのがわかると思います。このようなパターンが続いたときに、2月28日(木)の朝、書類を抱えて東京の文部科学省に行くことになって、たまたまラウンジでビールを1杯飲んだのが運のつきで、何と350ml のカンビールを3カン飲んでしまったのです。でも、このときに僕は飲みながら、待てよと、ちょうど1000cc だから、これで尿のペーハーがどう変化するかみてみようという妙案が浮かびました。すると、6.9の11時が5.9まで下がった。1000cc でちょうど1下がっていますね。で、日曜日を待ち兼ねて、朝からその3倍飲んだらどうなるか、という、おいしい実験をすることにした。そうすると5.2まで下がるけれども、これがずっと夕方まで影響するのです。面白いなぁと、ただ感動して……。夜、また宴席で飲んでしまって、それ以上の経過は追えませんでしたけどね(笑い)。

 この表は、私の普通の、酒を飲まないときのペーハーのパターンです。一定の、同じようなパターンなんですね。夕方から夜にちょっと下がって、朝方が下がる。











 これは、晩酌にビール1^2カン飲んだひのパターンです。この程度だと、たとえ晩酌を1〜2本しても、ウラリット‐Uの2g 前後で完全コントロールできます、明くる日は。ですから、この世界というのはこのぐらいで全然問題ないのだということになります。








ところが、ビールを痛飲したときのパターンは面白い。グーッと下がっていって、明くる日は5,2〜5.3になる。












 これでどのくらいウラリットを飲めばいいか。1g なんか翌朝のペーハー改善には屁の突っ張りにもならない。4g(8錠)飲んでも全然応えない。それではと、15g (30錠)ガバッと飲んでみても動かない。ただ、明くる日はリバウンドで7.6と、どんと上がっていく。だから、出来かかった結石は溶けてしまう。結論から言うと、痛飲した時は、その後、寝る前に、飲んだ量に応じて3〜5グラムもウラリットを服用すれば安心ということになる。




 ところで、清水先生は非常にいい仕事をしておられます。先生の作られた図に私の尿のペーハー値をあてはめて考えてみましょう。ビールや酒を飲むと尿の尿酸がどんどん増えるじゃないですか。ところが、尿のペーハーは6以上のあたりがいいですよ。というのは、この辺のペーハーだと尿酸が溶けやすいのですね。尿酸値が少々上がっても、飽和ライン、準安定過飽和といって、この辺だと石ができないのです。石ができるのはこの赤で示したところなんです。そうすると、ここまでは清水先生の仕事ですが、では、自分の場合はどこに来るのだ?というのが患者の心理ですよね。私の場合、ユリノームを使わない、ウラリットも使わないときには、尿酸値は青○の高さなんです。では、ユリノームを使ってウラリットを使ってないときにはというと、ユリノームを使っているから尿中に尿酸がどんどん増えている(緑○)。それがもしペーハーが酸性だったら石ができるわけですね。では、ビールをさらに飲んだら、どうなるか。赤○のように尿中でさらに上がっているのです。

 だけど、このとき、ウラリットを飲んでいるわけですよね。ペーハーはアルカリ側に傾いているから、安全な領域まで来ているのかということを知りたいじゃないですか。
 それではお見せします。結局、石ができる状況ではない。だから、ユリノームで一応石ができないところまではコントロールされているのです。だから、やはり、ビールを飲むときにウラリットを飲みさえすれば、安心なのです。




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講演後にこのホームページの読者のために特別に追加したスライド

本講演
には間に合わなかったが、その後、この上述の実験を少し変えてやり直した結果が、さらにウラリットの効果をわかりやすく示すことが出来たので、ここに挿入して紹介します。

行った追加実験というのは、ユリノーム服用に加えて、ビールを痛飲した状況のもとで、ウラリットを飲んだ場合と、飲まなかった場合の翌朝の尿の状態を比較検討し直してみたのです。すると、予想通り、ウラリットを飲まないと翌
の尿は危険領域に突入していることがあるのに、ウラリット飲んだ翌朝は危険領域を回避出来たのです!ビール痛飲時には尿の尿酸値は上がることを計算に入れて痛飲時にウラリットをたくさん飲んだ私の作戦が見事に当たっていたことをこの結果は物語るのです。すなわち、ユリノームとウラリットという2つの武器を使いこなすことで、好きなビール、そしてまた仕事の上も必須なビールを飲み続けることが出来たというわけなのです!


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 最後に私、お話を終えるに当たりまして、「痛風発作の経験から得たもの(メリット)」としては、初めて患者さんの気持ちで病気を考える経験をした。痛風だけではなくて、私は病院長として、これからはほかの病気も患者さんの立場で一つ一つ病気を考え直していこうということを今、考えています。また、小さなことでは、自分のほかの生活習慣病の予防にも役に立つ、糖尿病にもなりにくくなる。体重をコントロールしていますから。
 「痛風発作の体験から失ったもの(デメリット)」としては、「何もない」というわけで、私の長かったようで短い、自分を実験台にしたお話を皆さんにして、何かの役に立てば幸いだと思います。ご清聴、どうもありがとうございました。(拍手)