映画「おくりびと」を観て

日本尊厳死協会かごしま 名誉会長  内山 裕
 

今月の23日から24日へかけて、テレビ・新聞等マスコミは、日本映画「おくりびと」の米アカデミー賞外国語映画賞受賞を大きく報じた。快挙と讃え、邦画の力世界絶賛と報道した。もうろう大臣、内閣支持率低下、世界不況など、暗い世相の続く中、久し振りの朗報に国中が湧いた。

翌朝、満席が予想される中、早々に、興奮の消え去らぬ映画館に足を運んだ。映画「おくりびと」(滝田洋二郎監督)は、本木雅弘演じる主人公が職を失って故郷に帰り、「納棺師」になる物語だ。亡くなった人の体を清め、その人にふさわしい姿にして棺に納める,葬送の仕事である。雪深い庄内の四季の移り変わりが背景に描かれる。白一色の雪世界が、見事な美しさで物語に深みを与える。

「おくりびと」が出会う死者の物語には、ユーモアが鏤められてあり,多様な人間ドラマには年齢も死に方も様々に描かれる。主人公は,誰に対しても敬虔な態度で、美しい所作で納棺の儀式を行っていく。死者を慈しむかのような所作は、観る人の胸を打つ。新聞報道によれば,米国の映画業界紙は「死に対する畏敬の念を通して生を讃える感動作」と評したと言う。

原作「納棺夫日記」には、著者の青木新門氏は「毎日死者ばかり見ていると,死者は靜かで美しく見えてくる」と書いている。そして「生か死か」ではなく,生と死を一つとして見ることが大切だと,心の有り様も説いている。老いや病の先にある死は,誰も避けられない。死は生きることの中に埋め込まれた、私たちの一部である。しかし,日本社会では病院で亡くなる人が増え、日常生活の中で死の具体的な姿は見えにくくなっている。「おくりびと」の主人公が,死と向き合う静かな所作を美しく観ながら,仏壇を設け、命日やお盆などで繰り返し故人を偲び,死者との「こころの絆」を保つ,我が国の,死者と遺族の濃密な心の有り様をまさぐっていた。

原作「納棺夫日記」の序文の中で、作家吉村昭氏は、「詩人としての眼が光り、雪国に生まれ育った著者の身に染みついた雪の感覚が強く感じられた。」と評し、「人の死に絶えず接している人には、詩心が生まれ、哲学が身につく。それは、真摯に物事を考える人の当然の成り行きだが、著書には、それが鮮やかに具現されている。この作品の価値は、ここにこそある。」と書き、「死体をいだき、納棺する著者を、私は美しいものと感じ、敬意を表する。」と称賛している。
私は映画「おくりびと」の余韻にひたりながら、安らかな死に顔に、光の世界を想っている。

(平成21年2月26日記)