第19回尊厳死かごしま公開懇話会を聴いて  平成22年2月27日


日本尊厳死協会かごしま名誉会長 内山 裕

冬季五輪の女子フイギュアでの、浅田真央選手とキムヨナ選手との、鮮烈、良質なドラマが残した余韻の醒めやらぬ2月27日、私は、かごしま市民福祉プラザで開催された日本尊厳死協会かごしまの公開懇話会を聴いた。


演者として壇上に立った伊東氏は、私の古くからの友人であり、尊厳死協会かごしまの創設の頃、事務局長として苦難をともにしてくれた、いわばかけがえのない同志でもある。

演題:
―ターミナルケアを実践してー
    建昌福祉会理事長 伊東安男


建昌福祉会理事長として、建昌保育園園長・ケアセンターさざんか園所長を務めながら、県社会福祉経営者協議会会長他の多くの要職も兼ねているが、嘗て平成9年に氏が著した「優しさの風景」の序文の中で、私は次のように書いている。
「東に福祉を語る学者があると聞くと機上の人となり、西に福祉の先進地があると知ると車を走らせ、島に独特の介護実践の場があると聞くと船上の人となる。ただひたすら、福祉のあるべき姿を追い求め続ける。そこには、障害を持つ人も持たない人も、年老いた方も幼い子供も、病める人も健やかな人も、共に生きる社会、いわゆるノーマライゼーションの実現をめざす、著者のいちずなヒューマンな足跡がある。」
演者は、私の福祉理念として、「高齢者に生き甲斐を、子供達に優しさを、障害者に人間としての尊厳を」と説き、そのための具体的取り組みとして、
1. 鹿児島県で始めての保育所と老人デイサービスセンターの併設
2. 宅老所「さざんか」の取り組み
3. 障害児の「デイサービスセンター」
4. 地域子育て支援センター
に触れ、自分の体験を語りながら、ターミナルケアに対する思いを次のように纏めた。
1. 自分が生まれ育った地域で、その人らしく、人生の最期を家族に見守られながら在宅で終末介護を選択する。
2. そうした理念を実践するために何が必要か
スタッフの質、24時間ホームヘルプ、医療との連携を始め関係機関との連携、家族との連携と家族の理解、介護者への周囲の理解
続いて具体的な二つの事例が報告された。

具体的事例
最初の事例は「尊厳ある終末介護のありかた」と題して、在宅ケアセンターさざんか園の青山介護支援専門員から報告された。

糖尿病・脳梗塞の後遺症・腎臓がん・肺がんで余命1年・要介護5という77歳の男性の患者を介護するスタッフの苦労が、スライドを使って報告される。
患者本人と妻の不安・後悔、とりわけ胃瘻についてなど、退院して本人の希望を叶えるように対応するまでの病状や周辺スタッフの苦心など、医療との連携など詳しく説明される。主治医の家族への面談も暖かい配慮に満ちているし、「たかがパチンコ、されどパチンコ」と、患者本人の思いを何よりも優先させる介護の有り様は、在宅で終末を迎える人への贈り物だったに違いない。

次の事例は「居宅介護支援事業に関わる実践と課題」と題して、はじめの事例と同じさざんか園のセンター長である池田介護支援専門員から報告された。

脳梗塞の後遺症・老年期認知症等の障害をもち、身寄りがない84歳の女性について尊厳ある生活の場をどう考えるべきなのか、と言う苦闘の物語である。
主治医から介護が必要なのに、身よりもなく、生活状態が破綻状態にあるようだ、との連絡があり、介護支援専門員の介入が始まることになる。町当局との協議、グループホームへの入所、特別養護老人ホームへの申し込み、そして宅老所への入所。
物語は複雑な経過をたどっていく中で、問題であった身元引受人は、町長が決断することになる。病状は悪化してゆき、衰弱がひどくなり、宅老所にて最期を迎えるが、宅老所のスタッフと主治医で「おくりびと」としての納棺の儀式まで行い、更に葬儀の準備、お通夜式、葬式から納骨までの気配りが話される。
この事例を通して、尊厳ある「生き方」と「死に方」について池田専門員は次のように纏めている。
1. 「どのように死を迎えるか」とは、「どこで、どのように最期を生きるか」ということではないだろうか。
2. 人生とは過去、現在、未来の連動性であり、つまり、「最期をどう生きるか」は、過去、現在、未来(希望)を知らなければ、その人が本当に望む生き方(=死に方)を支援することは難しい。周囲の人たちやサービス事業所に求められているものは、その人が生きてきた道のりを知ることではないだろうか。

終わりに
二つの事例を聞きながら,建昌福祉会に流れている福祉の心を思っていた。医療を始め関係機関の理解協力不足もあろうし,何よりも地域の配慮が不十分の中で,日夜、研鑽を続ける若いスタッフに心からのエールを送りたい。
ドイツの宗教改革者マルテイン・ルッターの言葉がある。「たとえ世界が明日終わりであっても、私は林檎の樹をうえる。」建昌福祉会の発展を祈りたい。