患者の立場での糖尿病臨床研究

その7) 健康成人17名におけるインスリン拮抗ホルモンの動き


前章『その6』で述べたように、『空腹時(糖負荷前)の実験室値は簡易測定器の値より高いのは何故か?』という疑問と、『血糖が最低値をとった後の血糖上昇のフェーズでは、再び逆転して実験室値のほうが簡易測定器の値より高くなるのは何故か?』 という疑問にたいする答えとして私は次の図に示す作業仮説をたて、検証することにしました。

 すなわち、この2つのフェーズでは、どちらのフェーズでも『低い血糖値に反応してインスリン拮抗ホルモンが比較的高い値をとり、低い値のインスリンに比べ相対的にインスリン拮抗ホルモンが優位となっている』という仮説です。 この作業仮説を検証するために『健康成人の5時間糖負荷試験において、インスリン拮抗ホルモンを測定する』ことにしたのです。

 先述の26人のボランティアのなかで、ボランティアNo.10〜No.26までの17人の方に仮説検証実験に参加してもらいました。 その結果、ボランティアNo.10〜No.26までの17人の方が参加してくださいました。 17名全員において、各採血のたびごとに血糖とインスリンと同時に10種類のインスリン拮抗ホルモンを測定しました。

血糖を下げる(すなわち血液中のぶどう糖を下げる)ホルモンはインスリン一つだけですが、血糖値を上げる(すなわち血液中のぶどう糖を上げる)ホルモンは、グルカゴンヒト成長ホルモン(HGH)、甲状腺ホルモン(FT3FT4)、副腎髄質ホルモン(アドレナリンノルアドレナリンドーパミン)、コルチゾール、ならびにこれらの分泌を促すホルモンである甲状腺刺激ホルモン(TSH)、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)と主なものだけでも10種類(赤字で記載した10のホルモン)を数えます。これらの10種類の『インスリン拮抗ホルモン』を17人全員で測定しました。
 健康成人多数例におけるこのような検討は、世界でも、本邦においても初めての試みですので、お一人お一人の結果がとても貴重なものとなりました。 事実、全てが息が詰まるほどのすごいデーターでしたので、17名全員の結果を、お1人づつ報告させていただきたいと思います。 より理解しやすくするために、先ほどお示しした血糖値とインスリン値のグラフをまずお示しし、続いて血糖値とインスリン値に加えてインスリン拮抗ホルモンを図示したものをお示しします。

この実験の第一号のボランティアNo.10の方の結果を報告しましょう。 
まず既に示した5時間OGTTの図に引き続き今回のホルモン検査の図を示します。
10種類インシュリン拮抗ホルモンの全てをを一つの図に書き込むと、込み合いすぎるため、2枚に分けて書きました。



 この一番目の方のこの1枚目の図は、5種類のインスリン拮抗ホルモンが刻々と変化する様子がわかり、私は、感動して見とれてしまいました。 これら5つのインスリン拮抗ホルモンは空腹時(糖負荷前)には全て高値を呈し、低い値のインスリンに対し、インスリン拮抗ホルモン優位の状態でした。 トレーランG75による糖負荷の途端にインスリンは急上昇して、それに反比例するようにACTHを除く4つのインスリン拮抗ホルモンが低くなってます。ACTHだけは逆説的な動きを呈しています。が、ACTHの働きに従って動くコルチゾールが負荷後15分にはすでに低下していますので、ACTHが負荷直後に低下し、負荷後15分までには回復した可能性が高いと思います。いずれにしても、このフェーズがインスリン優位の状態になっていることは間違いありません。 私が感銘を受けたのはグルカゴンの動きでした。上がったり下がったりという波はありますが、一貫して 40 pg/dl 以上という高い値を保って血糖がインスリンで下がり過ぎないように支え続けているように思えたのです。 まるで、陰日なたなく支えつづけている世話女房という感じです。 もちろん空腹時(負荷前)は 60 pg/dl という高い値で支えていたことも忘れてはなりません。 ところで、世話女房的な同じような動きをしているように思われるのがACTHとコルチゾールです。 両者とも常に陰日なたなく血糖値を支え続けていると思えてなりません。 さて、この図で、最も感動し、そして、目を見張っったのは、もちろん、この方が 55 mg/dl という低い血糖値をとった時、この低血糖に対して警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき、グルカゴンとアドレナリンと成長ホルモンのすざまじい急上昇でした。 人間の体ってなんと巧妙に出来ていて、臨機応変に危機対応しているな、と感動したのでした。成長ホルモンはグルカゴンとアドレナリンよりも一足早くすでに負荷後210分から上昇がはじまっていますが、低血糖への危機対応の感度がひときわ高いのかもしれません。
では、残る5つのインスリン拮抗ホルモンの動きを見てみましょう。 

TSHは血糖の上昇に反応する形でわずかながら低下しています。 しかしながら、FT3とFT4はほとんど動いていません。 ノルアドレナリンとドーパミンは血糖値の上昇に歩調を合わせて上昇するという、まさに予想と反対の逆説的な動きをとっています。 これも、事実ですから、このふたつのホルモンはこのような動きをすることもあるのだと理解するしかありませんね。ドーパミンは血糖の最低値から30分遅れで上昇に転じているのも注目点であると思います。

 では、次に、この実験の2人目の、ボランティアNo.11の方の結果をみてみましょう。



 この方の場合も、 58 mg/dl という低い血糖値をとった時に、先の方と同じように、この低血糖に対して警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき、インスリン拮抗ホルモンのすざまじい急上昇を認めています。 先ほどの方では、急上昇を呈したのはグルカゴンとアドレナリンと成長ホルモンでしたが、この方の場合、ACTHとコルチゾールも同時に急上昇しています。この方でも成長ホルモンは他よりも一足早く負荷後180分から上昇がはじまっています。この方の場合も、負荷前(空腹時)には、インスリンは低い値であるのに対し、成長ホルモン以外の全てのインスリン拮抗ホルモンは高値をとり、インスリン拮抗ホルモン優位の状況といえます。糖負荷直後からインスリンは高値となり、反対にインスリン拮抗ホルモンは低めの値をとっており、作業仮説どおりの結果を示しています。 インスリンがピーク値を示した負荷後60分にグルカゴンも軽度上昇し小さな上向きの山を作っていることは注目すべき点で、従来から言われていた『インスリンがグルカゴン分泌を促進させる』ことを示しているのかもしれません。

このスライドは残る5種類のインスリン拮抗ホルモンの変化を示したものですが、前のスライドの5つのホルモンほどのはでな動きはみられておりません。特に、T3とT4の動きは殆どなく、この傾向は、今回検査を行なった17人全員に共通していました。

次に、この実験の3人目の、ボランティアNo.12の方の結果をみてみましょう。


 この図(グラフ)では、10種類のインスリン拮抗ホルモンのうち変動の乏しかったT3とT4を除いた8種類のホルモンの動きを描いたものです。以後のインスリン拮抗ホルモンの動きに関する図は全てこれと同様の形で、動きのはっきりしたホルモンだけを抽出する形で図(グラフ)を描きました。理由は、その方が複雑でない分、わかりやすいだろうと思ったからです。 さて、この方は、糖負荷後90分で 60 mg/dl まで血糖が低下し、負荷後180分にも 68 mg/dl にまで低下するという、60台の谷が2回来る特異な血糖曲線をとっているだあって、インスリン拮抗ホルモンの動きも、かなり複雑な動きをしています。ただし、複雑ではあっても、作業仮説を一応支持する結果といえます。ヒト成長ホルモンはこれまでになくはげしい動きをみせています。空腹時(負荷前)からすでに 2.7 ng/ml と高い値をとっていますが、糖負荷直後から逆説的な鋭い反応を示し、 6.5 ng/ml まではねあがり、その後急速に 0.2 ng/ml にまで低下しています。この間、負荷後90分の 60 mg/dl という低い血糖値には全く反応していません。にもかかわらず、負荷後180分の 68 mg/dl という血糖値には鋭敏な反応を示し、 0.2 ng/ml から 5.8 ng/ml まで29倍にまではねあがっているのです。その後徐々に低下し、負荷後300分には再び 0.2 ng/ml にまで低下しているのです。成長ホルモンはときどきこのような変な動きをします。一体、何に反応しての動きなのか、考え込んでしまいます。  次に、成長ホルモン以外の6種類のインスリン拮抗ホルモンの動きを見てみますと、インスリンの山に逆比例する形で低下し、インスリンが低い値に戻るとともにこれらの6つの全てのホルモンは上昇しています。 ただ、一箇所だけ解釈に難渋している部分があり、それは、負荷後270分にグルカゴンが 91 pg/dl に急上昇したのち30分後には 60 pg/dl 台にもどり、一方、ACTH、アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミンが逆の動きをしているその理由が分からないのです。この前後では、血糖値には大きな変化はないのにです! このように、解釈できない動きは、今回の一連の17名のホルモン検査のなかでたまに認められてはおりますが、ただ、大きな流れは作業仮説を支持するホルモンの動きであることは間違いないと思っています。 

では、この実験の4人目の、ボランティアNo.13の方の結果をみてみましょう。


 この方の場合、 62 mg/dl という低い血糖値をとった直後に、例の警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごときインスリン拮抗ホルモンの動きがみられています。グルカゴンはいつものように陰日なたなく血糖値を支え続け、血糖値が下がるに従ってさらに力強く支えています。この方の場合も、負荷前(空腹時)には、インスリンは低い値であるのに対し、成長ホルモン以外の全てのインスリン拮抗ホルモンは高値をとり、インスリン拮抗ホルモン優位の状況といえます。糖負荷直後からインスリンは高値となり、反対にインスリン拮抗ホルモンは低めの値をとっており、全てのホルモンの動きが作業仮説を支持する結果となっています。

では次に、この実験の5人目の、ボランティアNo.14の方の結果をみてみましょう。


 この方の場合も、負荷前(空腹時)には、インスリンは低い値であるのに対し、成長ホルモン以外の全てのインスリン拮抗ホルモンは高値を保っており、インスリン拮抗ホルモン優位の状況といえます。糖負荷直後からインスリンは高値となり、反対にインスリン拮抗ホルモンは比較的急激に低下しています。 ただ、ここから先面白い動きをとり、血糖とインスリンがピーク値から下降してゆくにともない、多少のずれはあるもののACTHとコルチゾールとグルカゴンが上昇して山を作った後に下降しています。 この方の血糖値の最低値は 80 mg/dl という最低値としては比較的高い値ですが、この 80 mg/dl という最低値に対してグルカゴン、成長ホルモン、ACTH、そしてコルチゾールの4つのインスリン拮抗ホルモンの上昇が見られた事には、私は本当にびっくりしました。 もっとも、この上昇はあおだやかで、例の『警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごときインスリン拮抗ホルモンの動き』と呼べるかどうかは、“プラスマイナス”と言うべきでしょうか。 この方の血糖値への監視機構は極めて鋭敏というか優れていると解釈すべきなのでしょうね。 ともあれ、この方のホルモンの動きも、私の作業仮説を支持しています。

では次に、この実験の6人目の、ボランティアNo.15の方の結果をみてみましょう。


この方の場合も、負荷前(空腹時)には、インスリンは低い値であるのに対し、成長ホルモン以外のインスリン拮抗ホルモンは高値を保っており、インスリン拮抗ホルモン優位の状況といえます。糖負荷直後からインスリンは高値となり、反対にグルカゴン、ACTH、コルチゾールなどの主要なインスリン拮抗ホルモンは比較的急激に低下しています。 この後、血糖とインスリンがピーク値から下降してゆくにともない、グルカゴンだけは再び上昇し、血糖値を支え続けています。一方、ACTHとコルチゾールは糖負荷前の半分以下の低い値をとりつづけています。 この方の血糖値の最低値もこの前の方と同じ 80 mg/dl ですが、前の方とは異なり、インスリン拮抗ホルモンの反応は殆ど見られません。 例の『警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごときインスリン拮抗ホルモンの動き』にいたっては、全くみられません。 同じ 80 mg/dl という血糖値の最低値に対して、反応する方と、反応しない方がおられるのです。 個人個人で反応の閾値が異なると考えざるを得ませんね。

では次に、この実験の7人目の、ボランティアNo.16の方の結果をみてみましょう。


 この方の場合、 68 mg/dl という低い血糖値をとった前後に、例の警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごときインスリン拮抗ホルモンの動きがみられています。成長ホルモンだけは早めに反応が開始されていますが、これはよく見られるパターンです。 この方の場合も、負荷前(空腹時)には、インスリンは低い値であるのに対し、全てのインスリン拮抗ホルモンは高値をとり、インスリン拮抗ホルモン優位の状況といえます。 この方も、全てのホルモンの動きは作業仮説を支持する結果となっています。

では次に、この実験の8人ンティアNo.17の方の結果をみてみましょう。


 この方の場合、糖負荷後150分に 57 mg/dl、180分に 60 mg/dl という低い血糖値をとっていますので、血糖曲線の動きから考えると、血糖値が最低値をとったのは糖負荷後150分と180分の中間点で、かつ最低値は 57 mg/dl よりも低い値だったと推定されます。 ともあれ、この時点を境に例の警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごときインスリン拮抗ホルモンの動きがみられています。

では次に、この実験の9人目の、ボランティアNo.18の方の結果をみてみましょう。


 この方の場合も、負荷前(空腹時)には、インスリンは低い値であるのに対し、成長ホルモン以外のインスリン拮抗ホルモンは高値を保っており、インスリン拮抗ホルモン優位の状況といえます。糖負荷直後からインスリンは高値となり、反対にグルカゴン、ACTH、コルチゾールなどの主要なインスリン拮抗ホルモンははっきりした形で低下しています。 ただ、成長ホルモンだけは糖負荷直後に鋭く上昇し急峻な山を作った後再び低下しています。このような動きはボランティアNo.12の方でも見られています。 この方の血糖値の最低値は 70 mg/dl ですが、例の『警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごときインスリン拮抗ホルモンの動き』がみられています。

では次に、この実験の10人目の、ボランティアNo.19の方の結果をみてみましょう。


 この方の場合も、負荷前(空腹時)には、インスリンは低い値であるのに対し、成長ホルモン以外の全てのインスリン拮抗ホルモンは高値をとり、インスリン拮抗ホルモン優位の状況といえます。 糖負荷直後からインスリンは高値となり、反対にACTH以外のインスリン拮抗ホルモンは低めの値をとっており、負荷後180分頃まではインスリン優位の状態といえます。 その後、 50 mg/dl という低い血糖値をとった前後から、例の警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき動きが全ての主なインスリン拮抗ホルモンにみられています。アドレナリンとグルカゴンは他のインスリン拮抗ホルモンよりも30分ほど早く上昇が始まっています。 これまでは、成長ホルモンの上昇が先に起こる方がよく見られましたが、このようなインスリン拮抗ホルモンの感度の差にも個人差があるということになります。

では次に、この実験の11人目の、ボランティアNo.20の方の結果をみてみましょう。


 この方の場合も、負荷前(空腹時)には、インスリンは低い値であるのに対し、主なインスリン拮抗ホルモンは全てが高値をとり、インスリン拮抗ホルモン優位の状況といえます。 糖負荷後、インスリンの上昇に伴いインスリン拮抗ホルモンは下降し、このフェーズではインスリン優位の状況になっています。 負荷後300分までの間に、90分後の 110 mg/dl、180分後の 83 mg/dl 、そして270分後の 78 mg/dl と血糖値には3つの谷が認められています。この2つ目の谷となっている負荷後180分ごろから眠気と倦怠感が起こっており、このことより 83 mg/dl という血糖値でも低血糖症状が起こりえるということに驚いたのでしたが、なんと、インスリン拮抗ホルモンも血糖値が 132 mg/dl から 83 mg/dl に向けて低下してのに呼応して、まさに警報装置が鳴るような感じで急上昇しているのには、私はただただ感動したのでした。さて、この方は、血糖値の3つ目の谷の負荷270分後の 78 mg/dl に対しても警報装置のなるような感じでインスリン拮抗ホルモンは急上昇しています。

では次に、この実験の12人目の、ボランティアNo.21の方の結果をみてみましょう。


 この方の場合も、負荷前(空腹時)には、インスリンは低い値であるのに対し、成長ホルモンも含め全て主なインスリン拮抗ホルモンは高値をとり、インスリン拮抗ホルモン優位の状況です。 糖負荷後、血糖値とインスリンが上昇し、それに反比例するようにインスリン拮抗ホルモンは低下しています。ただ、その後グルカゴンだけは面白い動きをしており、血糖値が負荷後60分に 143 mg/dl まで急速に低下したのに機敏に反応してグルカゴンは 67 pg/dl から 86 pg/dl に上昇し、そのため血糖値は 184 mg/dl にまで再上昇しています。 血糖が 62 mg/dl まで低下した時点で低血糖発作の症状がでていますが、この前後から、、例の警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき動きが全ての主なインスリン拮抗ホルモンにみられています。成長ホルモンとアドレナリンとグルカゴンは他のインスリン拮抗ホルモンよりも若干早く上昇が始まっています。

では次に、この実験の13人目の、ボランティアNo.22の方の結果をみてみましょう。


 この方は、空腹時血糖値が 84 mg/dl と低く、そのために空腹時のグルカゴンが152と極端に高い値をとっています。負荷前空腹時においては、その他のインスリン拮抗ホルモンの値も全て高い値を呈し、明らかにインスリン拮抗ホルモン優位の状態です。 糖負荷により血糖値の上昇がありますがインスリンの出動が迅速かつ強力で、血糖値は 100 mg/dl までしか上昇していません。グルカゴンはいつものように陰日なたなく血糖値を支え続けています。 成長ホルモンが糖負荷の直後に鋭く上昇し 1.71 pg/ml のピーク値をとった後再び急速に低下していますが、糖負荷直後における成長ホルモンのこのような逆説的な動きはこれまでの実験の中でも、ボランティアNo.12の方とボランティアNo.18 の方でもみられており、この方で3人目です。 この方は、負荷後180分には 56 mg/dl、 210分には 54 mg/dl となり、この前後に低血糖発作の症状が見られていますが、まさにこの時に、例の警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき動きが全ての主なインスリン拮抗ホルモンにみられています。成長ホルモンは他のインスリン拮抗ホルモンよりも一足早く上昇が始まっていますが、これは、しばしばみられていることでもあります。負荷後にACTHは下降していないのにコルチゾールだけが下降しているのは、理屈に合いませんが、このようなことも例外的に見られることがあるわけです。

では次に、この実験の14人目の、ボランティアNo.23の方の結果をみてみましょう。


 この方も前の方と同じ様に、空腹時血糖値が 83 mg/dl と低く、そのために空腹時のグルカゴンが161と極端に高い値をとっています。負荷前空腹時においては、その他のインスリン拮抗ホルモンの値も全て高い値を呈し、明らかにインスリン拮抗ホルモン優位の状態です。 糖負荷のインスリンの出動は迅速かつ強力で、しかも長い時間続き、そのため、血糖の最高値は 128 mg/dl までしか上昇していません。糖負荷に引き続き全ての主要なインスリン拮抗ホルモンは低下し、その状態をしばらく保ち、まさに絵に描いたようなインスリン拮抗ホルモン優位の状態です。しかし、糖負荷後180分に 59 mg/dl の低い血糖値をとった前後に、例の警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき動きが全ての主なインスリン拮抗ホルモンにみられています。

では次に、この実験の15人目の、ボランティアNo.24の方の結果をみてみましょう。


 この方の場合も、負荷前(空腹時)には、インスリンは低い値であるのに対し、成長ホルモン以外のインスリン拮抗ホルモンは高値を保っており、インスリン拮抗ホルモン優位の状況といえます。糖負荷直後からインスリンは急峻に上昇し、反対にグルカゴン、ACTH、コルチゾールなどの主要なインスリン拮抗ホルモンははっきりした形で低下しています。 いつもは動きの鈍いTSHも一緒に低下しています。この方の血糖値は負荷後90分と150〜210分の2回の谷があり、そのいずれの谷に対してもグルカゴンは反応して上昇しています。ACTHとコルチゾールはこの血糖値の谷に対してグルカゴンよりもかなり遅れて反応しています。TSHは後ろの谷に対してだけ、遅れて反応しています。何故反応が遅れたのか、理由は分かりません。もう一つ驚く動きをみせたのが成長ホルモンです。 糖負荷後210分に、急峻な峰を作っているのですが、この峰がACTHとコルチゾール両者の谷と重なっているのです。言葉を変えると、負荷後240分前後の成長ホルモンの動きはACTHとコルチゾールの動きと正反対の動きなのです。どちらもインスリン拮抗ホルモンですから、通常は成長ホルモンの動きはACTHとコルチゾールの動きと同じ動きをします。ただ、成長ホルモンは時に変な(逆説的)動きをすることは、これまで幾度かあったので、もういちど、この一連の17人の全員のグラフを検討してみました。その結果、『ACTHとコルチゾールが揃って下がるフェーズにおいて成長ホルモンが反対に上昇した』のがないか、チェックしてみました。その結果、驚いたことに、ボランティア番号の No.10、No.12、No.14、No.18、No.21、No.23、No.24 の7人でこの様な動きが見られたのです。理由は現時点では私には分かりませんので、今後検討課題かと思います。

では次に、この実験の16人目の、ボランティアNo.25の方の結果をみてみましょう。


 この方は、空腹時血糖値が 81 mg/dl と低く、そのために全ての主要なインスリン拮抗ホルモンが高値を呈し、明らかにインスリン拮抗ホルモン優位の状態です。 この方の特徴はインスリン値が低いことですが、この様に少ないインスリンの量で、きちんと血糖値を正常に保てているということは、インスリンがとても効率よく働いているものと思われます。 糖負荷に引き続き、インスリン拮抗ホルモンのなかでグルカゴンと成長ホルモンとアドレナリンは下降していますが、ACTHとコルチゾールは逆説的な反対の動きをとり上昇しています。なぜこの様な動きをとったかの説明は今のところ分かりません。 しかしながら、糖負荷後30分よりこの2つのホルモンも他のインスリン拮抗ホルモン同様下降に転じ、従って全体としてはインスリン優位のフェーズとなっています。 糖負荷後210分に 62 mg/dl の低い血糖値をとっていますが、これに先立って負荷後150分前後から、例の警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき動きが全ての主なインスリン拮抗ホルモンにみられています。なぜ、警報装置が早めに鳴ったかについては、この方の閾値・感受性が関わっているだろうと思われます。

では今回のこの実験の最後の17人目の、ボランティアNo.26の方の結果をみてみましょう。


 この方の場合も、負荷前(空腹時)には、インスリンは低い値であるのに対し、成長ホルモン以外のインスリン拮抗ホルモンは高値を保っており、インスリン拮抗ホルモン優位の状況といえます。糖負荷後グルカゴン以外の主要なインスリン拮抗ホルモンは低下していますが、グルカゴンだけは終始変わらず血糖値を支え続ける姿勢を貫いています。もちろん糖負荷後の状態は全体としてはインスリン優位の状態といえます。 この方は最低血糖値は 88 mg/dl という26人中で最も高い最低血糖値にとどまっています。 この様に最低血糖値が 88 mg/dl と とても高い値の場合、はたしてインスリン拮抗ホルモンはそのような動きをとるか、心臓がどきどきするような気持ちでグラフを描きました。 そして、感動したのです! やっぱり、インスリン拮抗ホルモンは殆ど反応しなかったのです! しかも、インスリンもその後も 20 μU/ml 台の高い値をとっているのです。 すなわち、最低血糖値は 88 mg/dl の場合には、インスリン拮抗ホルモンもインスリンもどちらも反応しなかったというわけです。 しいて言うと、88 mg/dl という最低血糖値の時にACTHだけがわずかな一過性上昇を見せていますが、インスリン拮抗ホルモン総体としては反応がみられず、ましてや、例の警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき動きは全く見られなかったのです! この方のこの結果は、実に貴重な結果と言えると思います。

 では、これらの17人のボランティアの方々のインスリン拮抗ホルモンとインスリンの動きを整理してみましょう。 まず、この実験を始めるにあったっての作業仮説を思い出してください。

 この一連の17人のボランティアにおける検索は、上のスライドの作業仮説を検証するという目的で行なわれました。 その作業仮説は、『糖負荷前の実験室値(静脈血値)は簡易測定器の値(動脈血値)より高い理由』はインスリンに対しインスリン拮抗ホルモンが優位の状態にあるためで、『血糖値が最高値から最低値に向けて下降するフェーズでは簡易測定器の値(動脈血値)の方が実験室値(静脈血値)より高医理由』はインスリン拮抗ホルモンに対しインスリン優位の状態にあるためで、そしてまた、『血糖が最低値をとった後の血糖上昇のフェーズでは、再び逆転して実験室値(静脈血値)のほうが簡易測定器の値(動脈血値)より高くなる理由』はインスリン拮抗ホルモン優位の状態にあるからである、という作業仮説でありました。 この検証の結果は、これまで、17人の1人1人のデーターは、この作業仮説を支持するものでありましたが、もう少し全体を眺めて考えて見ましょう。

これが、17人のボランティアの方々の血糖の最下点の低かった順にならべたものです。

結論から先に言うと、17人のうち最後のボランティアNo.26の方以外の16人の方のホルモンの動きは当初の私の作業仮説(すなわち、インスリン拮抗ホルモン優位→インスリン優位→インスリン拮抗ホルモン優位とフェーズごとにホルモン優位が順次入れ替わるであろうという作業仮説)の通りであったわけですが、 最後のボランティアNo.26の方のグラフは先ほど話しましたようにとても特殊なパターンのホルモンの動きではありましたが、別の角度から私の作業仮説を支持する結果であったと思います。

 さて、17人のインスリン拮抗ホルモンの動きの中で、しばしば『警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき動き』がみられましたが、この警報反応が見られたかどうかを血糖の最下点の低かった順にならべて検討しましょう。

並べてみると、一目瞭然で、血糖最下点の値が 80 mg/dl 台になると警報反応が見られないことありますが、70 mg/dl 台以下では『警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき動き』が全例で起こっているのです。 『血糖値が何mg/dl以下になったら低血糖と呼ぶのか?』に関しては、なかなか一定の答を出すのが難かしく、低血糖の定義は一定のものがない現状ですが、この、今回のこのデーターが低血糖の定義を考える上で何らかの参考になればと思います。