思うこと 第120話           2006年8月6日 記       

夏の読書ーその3ー 
『東西逆転』

 今年初めの新春読書シリーズから半年以上が経過した時点で、あのテーマを総括してくれる様な2冊の本に出会い、その一つを119話で紹介したので、もう1冊をここで紹介する。
 その本は左写真の『東西逆転ーアジア・30億人の資本主義者たち』(NHK出版、柴田裕之訳)である。 私がこの本の存在を知ったのは、今年5月号の文芸春秋の国谷裕子氏によるインタビュー記事(右写真)であった。 この記事に驚き、詳細を知りたくて、早速『東西逆転』を購入したのであった。 この本は衝撃的な次の様なプロローグで始まっているーー
『2009年2月20日金曜日。 この日、日本のドル公式保有高が2兆ドルに達したので、日本政府は、慢性的な双子の赤字に苦しむアメリカに見切りをつけ、経済政策の大転換を決意した。 それまで、貿易不均衡などで国内にだぶついたドルで米国債を買う、いわゆる「ドルの還流」によりドル価格を下支えすることで、両国の利益につながって来た。 しかし、その額が、2兆ドルを越えた時点で、これ以上買い支えても米国は支払い不能のレベルの額に達したとの判断したのであった。 すなわち、ドルに偏重していた保有外貨を、ユーロなどの複数の通貨に分散することに決定した。 これは、日本にとっても痛みを伴う決定であった。 この動きに中国をはじめとした他の国も追随し、ドルは一気に大暴落し、アメリカは「世界の盟主」の座から転落していく。』 私は、このプロローグの信憑性を確かめるために、まず、財務省のホームページで、日本の建値通貨別・証券種類別残高(資産サイド)を調べた。 日本が現在保有する債権は200兆円で、この約半分の89兆円がアメリカ・ドルで、次いで日本国債が52兆円、ユーロが40兆円であった。 (日本国債の52兆円は、日本国債の価格維持のための政策購入。) すでにしたたかにユーロも抱えているとはいえ、確かに、米国債が一番多い。 現在の対日貿易赤字の大きさからすれば、あと3年で2兆ドルに膨らむ事はありえる数字である。 この本は、日本向けと言うよりは、著者が米国向けに警鐘をならしたもので、そういう意味で、考えられる最悪の事態をプロローグにしたものと思われる。 400ページを超えるこの本は、読み終えるのがしんどかったが、しかし、単なる著者の仮想ではなく、実に世界経済を見通しての警鐘であることも理解できた。 著者は、1971年8月15日、リチャード・ニクソン大統領が、ドルと金の交換を全面的に停止した時を歴史の転換点と位置づけている。 この時以来、アメリカはドル紙幣を印刷するだけで、外国からほしいだけ物を買い、諸外国は、余ったドルで米国債を買うしか選択の余地がない、アメリカの浪費が許容される異常な事態が長年続いてきた。 しかし、ユーロの登場で、ドルだけの世界ではなくなり、OPECもユーロに軸足を徐々に移し始めている。 アメリカがこの事態に気づかず(気づこうとせず)放置するなら、プロローグの事態が実際に起こっても不思議ではないと警鐘を鳴らし、それを避ける処方箋もこの本で提唱している。 しかし、この処方箋の実行は極めて困難で、米国民に相当の痛みを強いるもので、実現は危ぶまれるものである。 となると、いずれ、起こる可能性があり、どう軟着陸させるか、ということに尽きるような気がする。 (ちなみに、中国の米国債保有高はすでに日本を抜き、今後、さらに加速されるであろう。)
 最後に、著者、クライド・プレストウイッツ氏の略歴を紹介する: 1941年生まれ。レーガン政権時代に商務長官特別補佐官として対日貿易交渉を担当し、辣腕をふるい、以後、テレビ・新聞・雑誌などで日本に多数の提言を行っている。 現在、アメリカ経済戦略研究所所長。