究極の夢のマイボールNANODESUとの出会い

すごい事が起こり、2004年2月12日付けでボウリング部の掲示板
( http://www.st.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~bowling/cgi-bin/yybbs.cgi? )の301と302に書き込んだ文を、写真を付けてここに掲示します。


夢のような出来事が現実に起こってしまった。究極のマイボールに出会ったのだ!それは、昨日、2月11日は建国記念日の休日に起こった!昨日、起きてから寝るまでの18時間の出来事を忘れぬうちに書き込ませてほしい。君たち部員だけでなく、誰よりも、こてる先生に読んでほしい! いずれ、詳細は、「私のホームページ」の「私のボウリング」の欄に証拠写真付で載せるけど、それまで黙っておれない、書かせてくれ!黙っておれるわけがない。私はそれほど辛抱強い性格ではない!私は朝4時に起きて、夜10時に寝るのを日課にしている。昨日も同じだったが、内容がいつもと違った。大違いだったのだ。朝起きて、家内に撮ってもらってまだ観る暇のなかったNHKの例のボウリング講座の先々週分(第4回)と先週分(第5回)を観た、そして、驚いた。腰を抜かさんばかりに。目からうろこ、なんてなまやさしいものではなく、これで俺のボウリングに革命が起こる、そういう予感がしたのだ。第4回講座で、4歩助走のタイミングは“チャン、チャ、チャ、チャーン”で、歩幅は“中、小、小、大”だと山本 幸治プロは教えてくれたのだ。そうだったのだ!長年悩み続けて、出口の見えなかった、手と足のタイミングのヅレがこれで解決出来ると確信した。
実は、その翌日(すなわち今日)と翌々日は東京で会議があり、その日東京に出発の予定となっていた。当初、夕方の便を取ってあったが、その2日前に急遽正午の便に変更し、ホテルもいつもの定宿の公務員用のホテルをキャンセルし、品川プリンスホテルに変更しておいてあった。これは、14日の納杯例会をにらんで、休日の11日と12日の夜、このホテル内のボウリング場で投げ込みをしようと思い立ってのことであった。この品川プリンスホテルボウリングセンターは、現在快適に使っているマイシューズをこてる先生の薦めで買い求めた、いわくつきのボウリング場である。もちろんその靴と、そして去年暮れ(12月28日)にこてる先生こと松原コーチにつきあってもらって新調したマイボールも持っていった。ただ、2個入り用のバッグに1個だけいれて持ってきたのにはわけがあって、実は、ここのプロショップでもう1個新調しようと11日の朝、急遽思い立ったからである。と言うのも、NHK講座に感激した勢いで、山本幸治プロをもっと知ろうと思い、Yahoo Japan で検索したところ、山本幸治プロはプロとして稼いでいるばかりではなく、実は日本エボナイトの営業課長の肩書きも持っていて、究極の「夢のナノテクボール」の開発にもかかわっていた。この60個の炭素原子が連なって中空の球を形作った極微のナノテク分子「フラーレン(C60)」はダイヤほどの硬さを持つ極めて細かな粒で、ナノテクノロジー分野の新素材として最先端科学分野での応用が期待されているが、その実用第一号が日本エボナイトとアメリカンボウリングサービスが共同開発した究極のボール“NANODESU”だという。「フラーレン(C60)」をボールの外皮(厚さ14ミリ)に混ぜたことにより、レーン表面に塗ってある油に影響されず、ボールがよく走り、よく切れる、ということらしく、山本幸治プロはこう語っている、「レーンの油に弱いボールというのは回転しないでスリップしたり、波打ったように回転しますが、このナノデスはそういうことが少ない。ボールの軌道が安定しています。ストライクゾーンが広がり、スコアにすると5〜10ピンは上がりそうな感じですね。公式戦ではないですが、ナノデスを使い始めてすぐに300点がでましたよ。」そういえば、このナノデスは、今回のNHK講座のテキストの裏表紙を飾っているのではないか! ホテルに到着し、レーンを確保するなりプロショップに走り、ナノデスを作ってくださいと頼んだことはもちろんです。プロショップの方は私を覚えてくれていました。NANODESUにはNANODESU、 NANODESU 1500、 NANODESU X、 NANODESU Zの4種類があって、それぞれに特徴があるとのことで、私は始めNANODESU Zにしようかと思ったのだがたまたま15,7ポンドしかなく15ポンドがなかったので、プロの薦めに従って15ポンドのNANODESU Xにした。出来上がるのを待つ間の20分間は、持って行ったボールで、“チャン、チャ、チャ、チャーン”を声にだしながら、リズムの練習に徹し、10ピン用のまっすぐボールを持っていてなかったこともあり、第二球目はスペアーはねらわず、ストライクコースのみをねらってなげたので、2フレーム目の第5投目までただの1個のスペアーもなかった(おまけにただの1個のストライクも出なかったのはおそまつすぎるのだがーーーー)。さて、ニューボールが出来てきての第1投目は2ゲーム目の第6フレーム、何とストライク!第8フレーム、第9フレームもストライクのダブル!世界が変わったのだ!さて、次の第三ゲーム、私の目の色も、心臓の鼓動も変わり、スペアーも取る気になり、スコアにこだわり始めた。第3ゲームは5つストライクがでて(うちダブル1つ)、なんとノーミスの207!第4ゲームはストライクこそ4つだったがターキーが出て、またもやノーミスの212!ストライクのピンのはじきと音は私の全盛期を彷彿とさせるものであった。私にもう一度、ボウリング人生がもどってきたのだ。ナノテクが、私を蘇らせてくれたのだ! しかし、第5ゲーム目からボールの曲がりが大きくなり始めヘッドピンへの当たりが少なくなり始め、第5ゲーム147、第6ゲーム170。そこで、それまでの第1スパットから目標を第2スパットに移し右にふくらませるコースに切り替えたところ、第6ゲームは4連続を1つ含む6ストライクで1ミスの214! そのあと、すこし疲れたのかくだり調子とはいえ192、181、180。 結局、ナノテクによる8ゲームのトータルスコアは1503で、平均187,7! 奇跡としか言いようがないではないか! しかし、神様は、最高のプレゼントにくわえ、試練も私に与えてくださった! 右腕前腕のはげしい筋肉痛が起こったのだ! これまで経験したことのない痛みだ! 去年の6月ごろだったか、1日に21ゲーム投げた時にも、30ゲーム投げ込んだ時にも、ぜんぜん腕は痛くなかったのに! うれしさの余り変なところに力がはいったのだろうか! 今日の昼食も、夕食もはしを動かすたびに痛く、会場への行き帰りもカバンも右手では持てず、もちろん今日の夜のボーリングは中止。 問題は、明後日のボウリング部の例会に投げられるか、心配でならない。では、いまから、ホテルの風呂で腕を温めて、ぐっすり寝て、ひたすら回復を祈ることとするね。おやすみ!
(2月12日夜 記)

追伸ー
顛末記
腕の痛みを和らげる為に、消炎鎮痛の限りを施して、2月14日のボウリング納杯に臨んだのだったが、張り切りすぎて、スタートの1時間半も前に着いて、練習を4ゲームもしてしまった!
練習3ゲーム目は205も出たし、練習4ゲーム全体の平均も175とまずまずで、今日はいけるぞと思ったのだが!(左の写真は試合直前に松原コーチが撮ってくれたもので、その後の試合中の悲劇は予想だにしていない、NANODESを胸に抱いて優勝を目指している62歳の張り切りボーイの姿である)
試合が始まった頃からまたもや次第に痛み始め、こらえて投げ続けたが、2ゲーム目の始めからは、右手は完全に痛みで使用不可能になり、左手だけでボウルを持ち上げ、左手を離す形で振り子運動に持ってゆくことを試みたが、とうとう痛みも限界に達し、5フレで途中リタイヤーせざるを得なかった。自己管理の甘さ(故障しているのだから、練習は1ゲームで止めるべきだった!)を猛反省したが、後のまつりであった。
というわけで、新生ボウラー納のお披露目は次回に持ち越しとなった。
(2月15日 記)