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認定NPO法人ワンデーポート 

体験談

                       同じ経験をした人と会うこと

                                                 Dさん
 私は今54歳で、平成19年にワンデーポートを利用しました。高校のときにはじめたギャンブルがやめられなくて、結局自分で勝手にサラ金にも手を出しました。最終的には職場も辞めざるを得なくなりました。

高校生のときに麻雀をおぼえ
 高校生のとき友だちのお母さんに麻雀を教えてもらいました。私の父親も麻雀と競輪をやっていましたので、麻雀とはどんなものかそのとき知っていました。実際に自分もやってみて楽しいということも体感しました。それでものめり込むことはなく、中間テストや期末テストの後にやるくらいでした。
それから大学に入り、私の地元から隣の県の大学に行ったのですが、結構友だちもいて、定期的に麻雀をやりました。ただ、当時仕送りしてもらっていた身ですから、賭け金もそれほど高くはなく、勝ったり負けたりで、それほど問題にはなりませんでした。ただ、ものすごく楽しくて、週一回くらいの間隔でやっていました。大学4年間、そんな感じでした。
大学を卒業して就職しましたが、その職場の中でも麻雀好きな人がたくさんいました。入社したばかりですから、自分は、朝から先輩がたを回り、今晩出来るかどうか、といったことを聞きに回りました。仕事が終わると、雀荘に直行というような感じでした。その頃に、家内と知り合い、25才の時に結婚しました。私の職場は、2年から3年毎に異動になります。当初麻雀につきあってくれた先輩は、技術畑の方が多かったのですが、私たち事務系の人間が変わっても、技術系の方が残るような形だったのです。

はじめは問題なかった
 自分の異動先には、元の職場で麻雀をしていた先輩もいて、そこでも麻雀が出来る環境がありました。それで、週に一回程度やっていました。自分ではそのときはまだ趣味だと思っていましたから、やめるつもりなどまったくありませんでした。お金にしても小遣いの範囲で何とかやりくりできたので、後々問題が起きるとは当時は考えてはいませんでした。家内は私が麻雀をやっているのは知っていたのですが、そんな頻繁にやっているのは知られたくありませんでした。週に一回くらいは言いましたが、後は仕事だといって隠れてやっていました。昔は携帯電話もないですから、嘘をついても分からなかったのです。子どもが生まれても、そういう状態は続きました。自分の中では、好きだし、小遣いの範囲でやっているから問題はないとずっと思っていました。

パチンコ
 パチンコは、大学のときから少しやっていたのですが、本格的にやるようになったのは就職してからです。ある程度お金がもらえるようになると、お金の使い方が荒くなってきたと思います。忘れられないのは一日10万円負けたことです。当時の10万円ですから、相当使ったと思うのですが、そのときはボーナスもあり、親から借りたわけでもなく、自分のお金が減っただけだから、何に使っても構わないではないかという気持ちがありました。
一日10万円というのは、今から考えても、ふつうではないです。親にもそんなこと当然言いませんし、自分の中で処理していました。結婚してからは、小遣い制で、3万円くらいだったと思います。当時の3万円ですから、それなりの金額だったと思います。その小遣いで麻雀をやっていたわけです。仲間内で勝ったり負けたりしますから、何とかやっていけました。ところが、パチンコをやりだすと、やはり毎回必ず当たるわけではないですから、苦しくなっていきました。小遣い制だったので、お金がなくなってしまった時点で、我慢できたこともありました。ただ気持ちの中では、毎週のように打ちたい、土曜日や日曜日のお休みのとき、自分はパチンコを打ちたいという気持ちは持っていました。

会社のお金に手を出して
 私は事務系の仕事だったので、職場は2年から3年くらいで異動になります。あるときのことですが、社長秘書という仕事をしていて、その人しかわからないお金を預かることになりました。それがどんなお金かというと、社長が出張する際に、一緒について行く訳なのですが、例えば食事したり、交通費に使ったりするのですが、そのお金を手にしたわけです。当然前の前任者の秘書から預かったお金ですから、具体的に自分しか知らないのです。あるとき東京に行きました。社長は東京の人だったので、自分の自宅に帰って、私は宿舎に一人で泊まりました。最寄りの駅の近くのパチンコ屋さんに行き、社長と別れた後に、自分の小遣いでやっていました。自分の手持ち金がなくなると、会社のお金に手を出してしまいました。秘書が代々受け継いできたお金ですから、上司といえども誰も知りません。それに手を出したのです。3年くらい秘書をしている間ずっと使っていました。うちの家内には話しましたが、ほかの人は未だに誰も知らないです。
 麻雀は4人いないと出来ませんから、40代くらいにはやらなくなっていました。それで、いつでも一人でできるパチンコを主にするようになりました。今から11年前ですか、平成12年に職場が変わったことと、自分が役職についたということもあって、気持ちが少し楽になり、パチンコ屋にはずっと行っていました。そして初めてパチスロに出会ったのです。パチスロをやるようになって約1年で初めてサラ金に手を出しました。それまでは、職場のお金に手を付けたり、麻雀のときは仲間内で貸し借りしてやっていたのですが、そういうことだけでは足りなくなりサラ金に向かいました。もちろん、サラ金から借りることにためらいはありました。店の前で入ることを躊躇しましたが、入ってみれば、いとも簡単に手続きが終わり、カードを渡され10万円を借りました。すぐにお金をおろしてパチンコ屋に入った覚えがあります。パチスロで「777」と数字が揃う快感が染み付いていました。何とか大当りを出して、やるからには勝ちたいと思っていましたし、出来ればずっとやりたいと思っていました。

借金が膨れ上がり…
 何ヶ月かはサラ金で借りた10万円でやっていましたが、その10万円を使い切ったときには悩みました。ただ、その時点では小遣いの範囲で返せる範囲だったので、まだ大丈夫だろうと思っていました。しかし、結局2年後には借金が200万円になっていました。カードの限度額の200万円までいってしまったのです。はじめは絶対に10万円だけと思ったのですが、その考えも途中からもうなくなってしまいました。借金しているのに自分のお金のように思うようになっていました。借金をしている現実を忘れるために、とりあえずパチンコ屋に逃避し、自分の好きな機種台に座って、遊びたいという気持ちを抑えることができませんでした。ときには、職場には風邪だと言って、休んではパチンコ屋に行きました。平成19年に辞めるまで、5〜6年はそんな感じでした。200万円という限度額までいったときには、土下座して、泣いて、もう2度としないと誓いました。両親と家内に立て替えてもらいました。そのときは、私も2度としないと誓ったはずなのですが、3ヶ月くらいしか持たなかったです。
私の田舎ではGAもなかったですし、パチスロさえしなければいいんだろうとしか思っていませんでした。何とかなるだろうと思っていました。ところが、3ヶ月経つと我慢できないのです。3ヶ月止めたときも、なぜやめなくてはいけないのだとか、そういう考えがまた出てきてしまいました。サラ金は金利が高く、200万円に膨れ上がったから駄目なのだと考えました。そして、銀行のカードローンを家族に内緒で作りました。督促が届くと思う日には早退までして、家の郵便受けを覗いていました。そういうことまでやりましたが、結果的に2年くらいしか持ちませんでした。それも限度額200万だったのですが、2年間も家族、特に家内を騙してやってきたわけです。

 その間、両親にも、何度も無心しに行き、その度に「あなたいい歳をして、子どもも大きいのに何をいつまでやっているのだ、ギャンブルにハマっている歳ではないだろう」と言われました。「自分がやっている仕事も考えてみろ、家族のことも考えてみろ」と散々諭されました。お金をもらうときだけは、分かっている、そんなこともう分かっているから、もう2度としないからと言って、何度も無心しました。本当に数え切れないくらいしました。
 結果的に、大きな借金は3回ばれました。家内が返したのですが、3回目の職場の仲間のお金に手を付けたのが上司にバレてしまい、結果的にその仕事を辞めざるを得なくなりました。

どうしたらやめられるのだろう
 私の中では、本当にどうしたらやめられるのだろう、何回も借金してどうにもならなくなるというのが分かっているのに、なぜやめられない自分をどうしたらいいだろうと思っていました。その間に精神病院にも行ったのですが、「依存症です」と簡単に言われて、どうすればいいのか教えてもらえませんでした。隣の県のGAにも通いましたが、3ヶ月くらいしか続かなかったのです。結局ギャンブルに手を出してしまいました。
 その後、家内がワンデーポートを調べてくれて、「お父さんもうそこに行くしかない。そこに行くか、人間やめるしかない。」と言いました。そして、うちの家内が施設長と話をして、行くことが決まりました。私もそのときは自分の中では何とかしたいと思っていましたが、わざわざ田舎から横浜まで一人で行って、どうなることやらと思っていました。
 ワンデーポートに来て、最初の3ヶ月、ミーティングは非常に苦しく、自分の中では結構きつかったなという思いはあります。いまはやってよかったと思いますが……。
 私は平成19年の4月から20年の6月くらいまでワンデーポートで生活をしました。平成20年の6月から今のアパートで一人暮らしをやっています。その間、子どもたちは大学生になりました。娘は就職し、家内と娘は今家にいます。下の子どもは大学生になりました。
ギャンブルで失敗を繰り返していたときに「どうしたらギャンブルをやめられるか」ということは、自分では分かっているつもりなのです。ギャンブルをやらなければいいのだろう、行かなければいいのだろう、と思うのですが、行動は伴いませんでした。
 ワンデーポートに来て、同じ経験をしている人たちがいる場所で話をさせてもらったり、人の話を聞いたりして、自分と同じ人間がこんなにたくさんいるのだと感じたことが、やめる力になりました。私は田舎にいても、そんな人には巡り会えませんでしたが、ここにきて本当によかったと思うのは、多くの仲間に知り合えたことです。家族がいても助かりませんでした。家族がいようが、親がいようが、医療関係者の力でも私は駄目でした。同じ仲間がいるからやめられているのだと思います。

認定NPO法人ワンデーポート

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