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認定NPO法人ワンデーポート 

体験談

              ワンデーポートは自分と向き合う場所だった
                                            Nさん(20代)
何をしても長続きしなかった
  私の家族は父と母、7つ上の兄、4つ上の姉、私は3人兄妹の末っ子として、ごく普通の家庭の中で生まれ育ちました。幼い頃は私自身も周りにいる人たちと何ら変わらず普通に人生を歩んでいくものと思っていました。
  私は昔から何をしても長続きした事がなく、途中で投げ出してしまう様な人間でした。小学生の頃のピアノ教室、サッカー倶楽部、少林寺拳法は自分から「やりたい!」と言って始めておきながら、ある程度の期間が経つと、最後には何か適当な理由をつけてやり遂げることなくやめてしまい、中学生の吹奏楽部、高校生のラグビー部に至っては、よく「頭が痛いから休みます」等、ずる休みが多く、結局1年間でやめてしまい、高校3年生までの人生の中で何ひとつ、『何かを最後までやり遂げる』という経験をしませんでした。ですから、両親は「何故、この子はなかなか長続きしないのだろうか?」と心配していたようです。そんな両親の心配をよそに私は「あの顧問の先生がよくなかったからだ。周りの友人たちが馬鹿にするからだ。足が痛かったからやめざるを得なかった」と、長続きしないことを周りや環境のせいにして、特に問題視していませんでした。
  高校2年生から週に4回くらい、牛丼屋でアルバイトをするようになりました。生まれて初めてアルバイトを経験しましたが、当初は部活動や習い事とはまったく別の世界でしたし、日々業務をこなし、働くことがとても楽しかったです。ですが、数か月経つと『ずる休み』をするようになり、最終的には牛丼屋でのアルバイトもやめてしまいました。

中途半端な気持ちで入った大学
  そういった中でも唯一、少しずつですが続けられるものが出来ました。それはストリートダンスです。元々マイケルジャクソンのライブ映像などが好きだった私は、高校2年生の頃、自宅の近くで踊っていたダンサーに声をかけ一緒にダンスをするようになりました。ダンスは、今までの習い事や部活動、アルバイトと違って、自由にやりたい時間にやりたいだけ出来るという意味では趣味として続けやすかったからです。その当時、私と一緒にダンスをし、教えてくれていた人がフリーターでアルバイトをしながらダンスを続けているという生活をしていました。そんな自由奔放な生活が羨ましくて、私も、そんな生活に憧れていました。なので、高校を卒業したらそうなろうと心の中で思っていました。ですが、卒業後の進路を両親に話したときに、反対されました。両親としては、「大学もしくは専門学校に行くか、正社員としてしっかり働くかのどちらかにして欲しい」との事でした。普通の社会人から見たらそれは普通のことだったと思います。ですが私は両方とも嫌でした。何故なら、高校生までの学生生活やアルバイトをしてきた中で長続きしたことがないため、充実感や達成感を味わったことがなく、良い思い出などひとつもなかったからです。そんな私にとって大学に行って再び学生生活を送ることや、普通に正社員として長く働くことは今までと同じで、苦痛でしかありませんでした。両親からは「ふらふらと生活をするなら一人で暮らしてほしい」と言われました。自分の気持ちとしては好きなように進路を決めたかったのですが、弱い自分が認められなくて、素直に気持ちを表現できませんでした。そして、私は、親からも見放されず、無理に仕事をすることなく生活出来る進路として、やむを得ず大学を選びました。
 やはり中途半端な気持ちで入った大学だったので、日々の学業や生活にはまったく身が入りませんでした。

パチンコにハマるようになり
 そんな中、ダンスを一緒にしている人にパチンコ屋に誘われて行くようになりました。元々、兄がパチンコをしていて、どういうものか知っていましたし、親の影響もあり、私自身ギャンブルに対しては、あまり良い印象は持っていませんでした。
ですが、ここからが私にとって大きな分岐点となりました。ビギナーズラックで5千円が3万円になった時に「何て楽にお金が稼げて、楽しいのだろう」と思いました。その何とも言えない感覚が、自分自身の心の嘆きを打ち消すかのようにすぐに入り込んできて、あっという間にギャンブルにのめり込んでいきました。その後も毎日ギャンブルをするようになり、大学をサボり、その当時働いていた洋服店でのアルバイトも「パチンコ屋にいる方が楽だ」と思い、やめてしまいました。そんな生活が始まってからは、あっという間に社会から転げ落ちていったような気がします。
  不登校で学校からは呼び出され、家族の高価な時計やバック等を盗んでは売ってお金にしたり、直接財布からお金を盗んだりして、パチンコに使うようになりました。それが家族にバレ、怒られ、「お前はギャンブル依存症だ」と家族会議が開かれたくらいです。それでも私は情けない自分が認められず「もう二度としないから」と、ただ口約束をしただけでした。表面上の反省しか出来ていないため、ギャンブルは止まることはなく、家族にウソをついたり、隠れてコソコソとパチンコ屋に行ったりと状況は悪くなる一方でした。最終的にローン会社からも130万円の借金をするまでに至りました。
それでも何とか1年の留年を経て大学を5年間で卒業することは出来ました。ですが、就職先が決まっておらずダラダラとアルバイト生活をしながら家族から隠れてパチンコをしていたため、借金も減ることはなく、問題は改善されませんでした。
  そんな中、両親から祖父母の使っていた一軒家に「一人で暮らしなさい」と勧められたので、嫌々ながらも親元を離れ、一人での生活を始めました。一人暮らしをして初めて、自分自身の借金や今までのギャンブルで隠していた心のストレスと向き合わざるを得なくなりました。わずか半年で首が回らなくなり、最後の最後に、親しかった大学の友人から生活費としてお金を借り、それも返せなくなって音信不通状態になってしまいました。

仕方なく、ワンデーポートに
  母が心配して様子を見に来たのがきっかけで、ワンデーポートへ入所することになりました。当時は、前向きな気持ちで入所したのではなく、行き場がなかったので、家族の提案に従い、やむを得ず入所した感じでした。
入寮生活は、赤の他人と共同で暮らすため、不安でしたし、1日3回のミーティングは正直大変でした。最初は、ただただ社会を怨み、自分の人生を怨み「何故こんな事になってしまったのだろう」と、借金や自分の問題を抱えた辛さで、現実と向き合うことが出来なくて、後悔ばかりしていました。
  それから約3ヶ月間のミーティング中心の生活を通じて「一生の問題だから、ゆっくりと出来る事から改善していこう」と思うようになり少し気持ちが楽になってきました。その間はギャンブルも止まり、生活も落ち着いてきたので、その頃から就労プログラムの提案があって、アルバイトですが就職活動をするようになりました。その当時は3ヶ月で就労というのは比較的早いほうでしたが、私の場合は『自分自身の現在の状況を説明した上で雇ってもらうこと』が条件であったため、大変でした。

アルバイトの面接を14回受けた
  ですが、就職活動を続ける中で貴重な体験もしました。ギャンブルの問題を話すと面接では、すぐに落とされてしまい、面接件数も14件となかなか決まりませんでした。そんな中、最後に受けた飲食店の厨房の仕事の面接で、その当時の店長さんに「過去の事は気にせず前向きに検討しましょう!」と温かい声をかけて頂き、そこでの採用が無事に決まりました。生まれて初めて社会で、ありのままの自分を受け入れてもらったような気がします。認めてもらった代わりに仕事で恩を返そうと思いました。
それから、しばらくは仕事を頑張っていましたが、就労に出て約1ヶ月が経過した頃に突如、不安が襲い始めました。
  あまりにも不安が強く、仕事どころではなくなってきたため、その原因がどこにあるのか調べてみようと、施設長の勧めもあって、精神科のクリニックにて能力テストを行いました。結果は、「特に発達障害、精神障害など能力的な要因はなく、社会経験が少ないまま施設に繋がったので、まだ社会で一人で決断し、生活していく事に慣れていないため、そこからのストレスが強いようです。少しずつ社会に関わっていきながら不安を取り除き、人生を再構築していきましょう」とのことでした。そこで初めて「自分自身には社会不適応な部分があるのだ」と認識するようになりました。

ワンデーポートの仲間に影響を受け、将来のことを考えるようになった
  その頃から、ワンデーポーの寮で共同生活を送っていた一人の仲間が資格の勉強をするようになって、私もそれに影響されてか「何か、自分に出来ることはないだろうか?」と将来のことを考えるようになりました。当時働いていたアルバイト先で、軽度の障害を持っている方(恐らくですが)がいて、その人と関わっているのが好きだった私は、周りの勧めもあって知的障害者のボランティアに参加するようになりました。働きながらボランティアに参加する中で、こういう職業に就いてみたいなと思うようになり、色々と将来への展望が見えてきたので、施設で許可を頂いて、ミーティング中心の生活から、自動車教習所に通ったり、ボランティア等やりたい事中心の生活に変わっていきました。そうなってからは生活が充実し始め、不安が消え、毎日が楽しくなっていきました。
  そしてあるボランティア先の担当者の方に障害者福祉の仕事を紹介してもらうことになり、それがきっかけで、飲食店のアルバイトを辞め、無事にワンデーポートの利用を終え、一人暮らしの生活が始まりました。そして現在は、福祉業界の正職員として日々業務に励んでいます。

ワンデーポートは、自分と向き合う場所だった
  いま振り返ると私にとって一番の問題は『ギャンブルにハマること』ではなく、『社会に適応出来なかった弱い自分をギャンブルで隠していたこと』だと思います。習い事や部活動で続かなかった自分、アルバイトを中途半端で投げ出してしまった自分、そういう自分の弱さに、一人では向き合えませんでした。ワンデーポートでは、そういう問題と向き合うために支えてもらい、自分の将来を考える時間を提供してもらいました。いまは、ワンデーポートに入って本当に良かったと思っています。今の私があるのはワンデーポートを始め、様々な人たちの支えがあるからこそだと思います。 
  この体験談が何かしらの役にたってもらえれば幸いです。

      
                                               

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