学校における喫煙防止教育の重要性

  小田正秀

禁煙指導を行うきっかけ


 平成6年に広島県歯科医師会公衆衛生部において,広島県下の中小企業75事業所の就労者2,565人(男性1,790人,女性775人)を対象に,歯科医師による歯科健康診断と自覚的疲労およびブレスローの健康維持習慣についての調査を同時に行った。1,2)。
 その結果として,喪失歯数が多いものほど,自覚的疲労の訴えが大きくなる傾向にあることが判った。又,顎関節に異常のある群はそうでない群に比べて,自覚的疲労の訴えが大きいことが認められた。
 ブレスローの7つの健康維持習慣とは,1.適正な睡眠時間(7〜8時間)をとる。2.喫煙をしない。3.適正体重を維持する。4.過度の飲酒をしない。5.定期的にかなり激しいスポーツをする。6.朝食を毎日食べる。7.間食をしない。の7項目を言うが,残存歯数は「喫煙をしない」という項目のみに相関が認められた。喫煙群は非喫煙群に比べて,残存歯数が少ないことが判明した(図1)。特に60歳代ではそれが顕著で,喫煙群では残存歯数が20本以下の人も多いのに比べて非喫煙群は1人を除いて全員が20本以上残っていることも判った(図2)。
 歯科医師がこれまで行ってきた口腔衛生指導に,禁煙指導を加える必要性を痛感した調査であった。

歯科医師の特性を生かした禁煙指導


地元の会社社員らに対し禁煙指導を行い,その結果を調査した)。
 この会社では“もう喫わんキャンペーン”を行っており,その第一弾としては喫煙と全身疾患の関係を中心に講演がなされた。そして第二弾として,喫煙と口腔の関係についての講演を,同社の産業保健婦と連携して行った。その結果,節煙効果があったと答えた者が約半数であった。また,その効果には本人の喫煙への意志が大きく関与していることもわかった。
 その当時,同社の社員はもちろん,多くの保健婦も喫煙と口腔との関係についてはほとんど認識がなく,驚きをもって聴講していた。喫煙することによって歯を失う危険性も高くなり,歯周病になりやすく口臭の原因になることを説明することは,いままでの禁煙教育のなかではあまりクローズアップされてなかったと思われる。
 他科の禁煙外来に対しても,この点を踏まえた指導を行えば,より効果が上がる可能性があることをアピールする必要があると考えられる。また,最近の新聞の禁煙推進記事を集めた禁煙のリーフレットを作製し,広島県産業保健推進センターを通じて配布し,県内の企業に喫煙対策の重要性を訴えてきた。

院内での禁煙指導


 禁煙指導を始めたころは,禁煙者全員に喫煙の害について説明しようとしていた。しかしながら,それは効果が薄いことに気づき始めた。そこで,骨吸収が中等度以上で長期間継続して歯周管理をしているにもかかわらず,ポケット,歯肉色等改善が十分でない患者に対し,食事指導と同時に行うようにすると熱心に聞いてくれることがわかってきた)。


学校における喫煙防止教育


 事業所の従業員や院内での禁煙指導で感じたことは,禁煙にある程度関心のある人には効果があるが,そうでない人には全く効果がないか逆効果である場合も多いということであった。それは悪性新生物で手術した人の約半数が,手術後も禁煙できないでいることからも判る。
過日,新聞に非行少年の9割以上が「たばこ」を吸っているという記事が掲載されていた。
 広島県警が小中高生63人を含む12〜19才の補導した少年と,深夜繁華街にいた少年100人を調査した結果であった。また続いて,中学校1年の息子(13才)がたばこを吸うことを制止しなかったとして,その父親が未成年者喫煙禁止法違反の疑いで,書類送検されたという記事もあった。この法律は,未成年者の喫煙の禁止とともに,父母または親に代わって未成年者を監督する者が,未成年者の喫煙を知っていて制止しない場合,千円以上一万円以下の罰金を定めている。教師又は校医も,未成年者が喫煙していることを知って止めなかった場合,法律違反というになることも考えられる。
 喫煙が体に悪影響を与えることは,今や誰もが認めるところで,喫煙者は非喫煙者に比べて咽頭がんは32倍,肺がんは4.5倍の確率であることが報告されている。また,心疾患の危険因子として知られている。特に若年からの喫煙がより重篤なニコチン依存をもたらし,禁煙が困難であるのみならず,死亡の危険性もより高くなることが判っている。だからこそ法律で禁止されていると考えられる。しかるに,現在の未成年者の喫煙の実体は,目にあまるものがあると思う(図3,4)。
 未成年者が喫煙を開始する要因として,親の態度,学校の態度,喫煙の健康に及ぼす危険性の認知度が挙げられている。未成年者に禁煙指導を行なう立場の人間すなわち,親,教師,警察官,医師,歯科医師,看護婦,そして保護司は決して未成年者の前で喫煙してはいけないと考えている)。


小学校における喫煙防止教育の実際


 健康日本21)において,成人期における健康目標の中には,喫煙が及ぼす健康影響についての知識の普及が挙げられている(図5)。しかし,その目標を達成するためには,小・中学校からの喫煙防止教育が重要と考えられた。


 そこで,平成12年11月17日に広島市内の某小学校の6年生を対象に喫煙防止教育を行った経過を報告する。
 対象および日時を(表1)に,教室風景を(図6)に示す。


 教育では各成書)論文)を参考に,パソコンと液晶ビジョンを使用した。ガンの話,胎児への影響の話,バージャー病,心臓病,歯・口腔への影響の話,受動喫煙の話等,約60分間の講演であった。講演に先立ち,事前アンケートを行った。その結果,たばこの名前を30名中10名の生徒が知っていた。その名前を知っている10名中8名までが親からその情報を得ていた。親の子供に対する影響の大きさが判る結果であった(表2,3)。


 又,何歳からたばこを吸ってもいいと思うかとの質問に4名の生徒は未成年齢を挙げていた(図7)。喫煙防止教育が小学校でも必要な理由の一つが判る。
 講演の後にもアンケートを行い,前後での比較を行った。
 「あなたの好きな歌手やタレントがたばこを吸っているのを見てどう思うか」の質問ではやめた方がいいと思う生徒が16人から22人と6名増えた(図5)。「あなたは将来たばこを吸いたいですか」の質問では吸いたいと思う生徒が1名いたのが0になり,吸いたくないと思う生徒も24名から29名と5名増加した。わからないという生徒が1名いたのは誠に残念だが,喫煙防止教育が少しは効果があったのではないかと考えている(表5)。


 私の行った教育とは別に,同小学校の養護教諭が生徒と共同で行った実験を紹介する。
 大根の種子をシャーレに用意し,同じ条件で育成した。一方にはたばこの煙を1日一本分だけあてるようにした。約1ヵ月後の結果では,たばこの煙をあてるようにした群がほとんど発芽しなかったのに比べ,そうでない群は見事に発芽していることが判る(図8,9)。
 実際に自分達で実験して,たばこの害を知ることは非常に有意義なことと考える。

これからの課題

 歯科医師が歯周病の大きなリスクファクターとして喫煙をとらえ,成人に達し禁煙指導を行うことは言うに及ばず,小・中・高校生に対して喫煙防止教育を行うことは非常に重要なことと考えられる。
 小・中・高のどの時期に,どのような内容の教育をどの程度の期間,回数行うのが効果的か,行政,教育委員会,医師会,学校と協力して調査研究する必要があると考える。これは同時に生徒の生活意欲を高めることにつながると考える。これは同時に生徒の生活意欲を高めることにつながると考える。1011)。広島市歯科医師会ではこの小学校とは別に、広島市内の男子高校において,同様の講演を約1,000名の生徒を対象に行い,興味ある知見を得た。(現在投稿中)。
これらの調査結果とともに,東京都教育委員会が作製したリーフレット(図10)等を参考にしながら,広島県内の学校に喫煙防止リーフレットを製作し配布する必要を感ずる。


 歯科は内科と同様に禁煙喫煙防止教育を行うのには適した科とも考えられる。以下に私が使用している標榜を記す。
1)「食後の一服」をやめて「食べたら歯磨き」に変えよう。
2)口臭はエチケットの敵
 タバコをやめて,歯周病を予防しよう。
3)禁煙を決意したら,歯科医院で歯のクリーニングをして,二度とヤニをつけないようにしよう。

 

稿の締めくくりとして今回の小学校での講演後に生徒全員が感想文を書いてくれました。そこでその一部を紹介いたしますとともにお礼を申し上げます。ありがとうございました。

「タバコの害を知って」
小6女子

 今日の5時間目に小田先生が喫煙防止教育の勉強をしてくれました。
 私は,タバコが体に悪いことは分かっていたけど,実際どういうふうに体に悪いのかは分かりませんでした。でも今日,小田先生がスクリーンに写して教えてくれました。タバコは,歯ぐきの病気やがんになりやすいことが分かりました。私はその話を聞いて,タバコを絶対吸いたくないと思いました。
 タバコから出る煙も体に悪いと思いませんでした。私のお父さんはタバコを吸っています。だから,今日教えてもらったことをお父さんに話そうと思います。それでなるべくタバコを吸わないようにしてもらいたいなと思いました。
 私は大人になってタバコを吸わないようにしようと思いました。

「たばこは絶対すわない」
小6女子

 今日,5時間目に3階ランチルームで,たばこは恐ろしいことや,絶対吸わないということを小田先生から教わりました。たばこは体に悪いというのは知っていたけど,どれくらい悪いのかは知りませんでした。
だから,教えてもらってとても勉強になりました。
 私のお父さんは,今たばこを吸っています。でも,私が何度言っても全くやめてくれません。だから,今日小田先生に教えてもらったことをお父さんに言って
,いち早くやめてもらいたいと思います。私もお父さんがたばこを吸っている近くにいるので,体の中で変化が起きているかもしれません。小田先生の話を聞いて,将来たばこは絶対吸わないと思いました。それに
,お父さんみたいにはなりたくないからです。

「タバコの悪さ」
小6男子

 今日,喫煙防止教育がありました。タバコは,吸ってもいいことなんて一つもありません。ただ,病気になって死んでしまうだけです。
 おと年,おじいちゃんが肺がんで死んでしまいました。おじいちゃんは,病院に入院してもタバコをやめようとせず,とうとう肺がんになってしまいました。それからも治療を行ないましたが,死んでしまいました。とてもショックでした。
 ぼくは,絶対にタバコは吸わないことをかたくちかいました。タバコを吸うと家族にめいわくがかかると思うし,病気になってしまうかもしれないから,タバコを吸うなんて絶対いやです。

「いろいろな害」
小6男子

 今日はぼくたち6年1組は小田先生に喫煙防止の授業をうけました。ぼくは今日の授業をいかしたいと思いました。タバコというのはどういうものなのかタバコでどういう害があるのかがよくわかりました。ぼくは2〜3回吸ったことがあります。背がのびないことは知っていましたが,あんな害やこんなことがあるなんて,家はお父さんもお母さんもおじいさんも吸います。ぼくはいろんな病気や足がくさったり血がながれないということがわかりました。父さんも母さんもおじいさんも今日ぼくがならったことを話をしてタバコにどんなことがあるのかわからしたいと思いました。ぼくにも害があるし兄さんや姉さんにも害があるからやめてほしいです。

文  献

1)小田正秀,沢村 豊,八谷忠伸,久世祥二,古宅康久,盛植泰照,豊田眞一,石井みどり,関野憲三.事業所歯科健康診断の結果と職種・自覚的疲労・生活習慣との関連性について−喪失歯数からみた検討−.産衛誌1996;38:17−22.

2)小田正秀,沢村 豊,八谷忠伸,久世祥二,古宅康久,盛植泰照,豊田眞一,石井みどり,関野憲三.事業所歯科健康診断の結果と職種・自覚的疲労・生活習慣との関連性について.U 喫煙習慣からみた検討
.第38回中四国産衛学会抄録集 1994;58−59.

3)小田正秀,沢村 豊,八谷忠伸,小島 隆,盛植康照,宮城昌治,林 克宏,石井みどり.顎関節の異常と自覚的疲労の関連性にについて.日本公衛誌1999;46:922−928.

4)石田恭子,小田正秀.携帯歯ブラシによる節煙および口のさわやかさに対する効果の検討.日本公衛誌1999;46:1078−1083.

5)小田正秀.院内・院外での禁煙指導への取り組み.歯界展望1999;96(6)1331−1334.

6)小田正秀,未成年者の喫煙は非行の入口―禁煙は更生の第一歩.更生保護,法務省保護局編2001;52(8)55.

7)花田信弘,宮武光吉.21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)について.口衛誌2000;50:410−418.

8)石井正敏,タバコをやめよう.東京:砂書房,2000.

9)埴岡 隆,高谷桂子,田中宗雄,他.歯科診療の場における禁煙支援活動およびその障壁についての調査研究.口衛誌1997;47:693−402.

10)小田正秀.意欲の状態別にみた労働者の健康に関する研究.広大医誌1991;39(4):405−424.

11)Oda M,Hiraoka Y,Tanaka J,et al.The Link Between Stress And Attitude Towa-rds Life;Towards Human W-ork.London:Taylor&Franas,1991:234−242.