響子は別荘のような建物に連れて行かれた。
道中ずっと泣き続けていたせいか、頭が痛い。
「グラシェス、どうかこんな武力にはしらないで下さい。」
泣きながら訴える。
グラシェスは終始無言だった。
「お願いです、このようなことをしていては国民が苦しみます。」
「やっぱり、お前偽物だな。」
グラシェスが冷たく言い放つ。
その場にいた全員が驚きのあまり目をむく。
「本当の姉上はもっと愚かだ。「武力」だの「国民」だのまで考えが回るはずがない。」
「ち、違います、わた、くしは本当に、イージェリン、です。信じて、ください。」
響子の目から大粒の涙が流れる。
違う意味で泣きたい。
「信じられない。お前はイージェリン姉上ではない。確かに見た目はそっくりだが違う。」
響子は本格的に泣き出した。
言葉も出ないくらいに。
涙が演技と本心の間を揺れ動く。
グラシェスに殺されませんように。
七夕だったら短冊にこんな願い事を書くだろう。
「仕方がない、本人と言い張るのだから。客室に連れて行け!」
その場にいた男性の一人が返事をして、響子の腕を引っ張った。
客室はまるで一流ホテルのようだった。
広くてキングベッドが置いてあって花が飾られている。
男性が去ると、響子は涙を止めた。
やっぱりバレたか。
これからどうしよう、助けが来る気配なんてないんですけど。
それとも屋敷に火を放ち火事場で逃走するか。
いろいろと考えはあるが、全て無謀だった。
助けが来ないのだから。
ノックもなしにドアが開いた。
グラシェスが一人で部屋に入ってくる。
「おい、姉上の偽物。」
「はいはい、お姉さんは響子っていう名前があるの。」
「ならばキョウコ、なぜ本物の姉上の逃走を手伝ったのだ。」
強制的にやらされました、で通じるだろうか。
通じなかったら、殺される。
「逆らえない事情があったの。友達が人質に取られててね。」
グラシェスの目が初めて揺れ動いた。
本当は人質じゃないんだけど、いいや。
「申し訳ないことを聞いた。」
信じられない一言を聞いてしまった。
まさか謝られるとは。
「で、お前はどういうものだ?」
響子は間違ったら死にそうな案を思いついた。
彼なら分かるかもしれない。
「ある日、あるところに普通に仲のいい夫婦がいました。」
「それで?」
「続きは明日。」
響子は不敵な笑みを浮かべている。
「明日も聞きに来てよ。私はここから出ちゃいけないんでしょ?」
「お前、ボクをなめてるのか!」
「ううん、信じてるだけ。」
しばらく沈黙が続いた。
「明日来る。」
不機嫌そうにグラシェスが部屋から出ていく。
さて、明日はどこまで話そうか。
翌日も彼は来た。
「はーい、じゃあ一言。めでたいことにその夫婦に子が授かりました。」
「で?」
「また明日。」
ちぇ、と言いながらグラシェスが出ていく。
今のところ作戦は成功している。
助けるんなら早く来て。
響子はネタを考えながら祈った。
馬車の中では言い争いが起こっていた。
「おい、響子を見捨てるつもりか!」
ディックが怒鳴る。
「誰も助けないとは言っていない!時期尚早なだけだ!」
アリクシャーが怒鳴り返す。
「何が時期尚早だ!いくら軍神の使いでも限界があるだろう!」
「うるさいっ!」
由枝が耐えかねて叫んだ。
「イージェリンがやっと寝てくれたんだ、静かにしろ。」
そう、響子が影武者として戦陣に行ってからイージェリンはずっと泣いていた。
この場にいる全員で慰め、本人も疲れたのかやっと寝てくれたところだ。
相当疲れたのか起きてこない。
「ディック、そこまでにしておけ。俺達もいったん寝るぞ。」
「スミス?わかった。だが。」
ディックはアリクシャーを見た。
「必ず響子を助けろよ。」
グラシェスが響子のいる客室に入る。
「はい、こんにちは。」
響子はわざとらしく笑った。
「で、今日の一行は何なんだ。」
グラシェスは響子に慣れてきたのか、響子に合わせわざとらしく笑っている。
「しかし、ここであることがわかりました。」
うんうん、食いつきいいわね。
「妻が殺人を繰り返している凶悪犯と浮気していたことが判明したのです。」
グラシェスが目を見開いた。
「はい、今日の分はここで終わり。」
「お前、もしかして」
「はーい、今日の分は終わり。」
強引に終わらせようとする。
殺してしまっては話が聞けない。
グラシェスはまた舌打ちして出て行った。
翌日、またグラシェスが来た。
やはり話の続きが気になるのだろう。
「夫は妻の浮気を知り、生まれた子供のDNA検査をしました。」
「DNA検査ってなんだ?」
「DNAっていう目に見えないような体の一部を何かと一致するか調べるものよ、簡単に言えばね。」
「すげぇ。」
「夫の勘は的中しました。子供は妻と凶悪犯の間の子供だったのです。」
グラシェスはうつむいた。
「お前も、オレと一緒なんだな。」
「何が?」
「オレ、イージェリンとお父さんは一緒だけど母さんは違うんだ。」
響子はグラシェスの肩をたたいた。
「ほら、泣かないで。あんたはここの主なんでしょ?」
しばらくそんな時間は過ぎて行った。
ディックにスミス、由枝は草むらから屋敷を見た。
「結構守りが強そうだな。」
ディックがくそっ、などと言っている。
「あの屋敷の中に響子がいる。絶対偽物だとバレてるとは思う。」
由枝も屋敷を見た。
完全に別荘にしか見えない。
兵士さえいなければ。
「さっさと報告しよう。」
由枝はこっそり隊商のフリをしている本拠地に戻った。
また、グラシェスは響子の部屋に来た。
「今日でおしまいにするから、スペシャル版で聞くのよ。」
グラシェスは響子にべったりとくっついた。
「やだ、どうしたの?敵にくっつくなんて、言語道断よ。」
「いいから、話をしろ。」
「わかった。妻の浮気とその末の子供に、夫は逆上しました。夫は包丁を持ち出し、妻を刺しました、子供の目の前で。」
グラシェスの体がびくっとはねる。
「子供は当時5歳、そのことは覚えています。赤い血が飛び散りぐったりとなる母を。」
グラシェスは驚きの目で響子見た。
驚いたのはグラシェスだけではなかった。
ディックも驚いた。
兵士を蹴散らし、響子の居場所を探していたら、この話が聞こえてきた。
すぐにドアを開けてはいけない気がして、ディックも聞いていた。
響子はゆっくりと話した。
「結局、妻は死に夫は牢獄行きとなり、子供は祖母の家で暮らすことになりました。しかし、すぐに祖母は他界しました。」
グラシェスは唾をのむ。
「子供はさんざん嫌がらせをされました。そして、決意したのです。最高学府東京大学に入学しようと。」
ディックは納得した。
そしてドアを開ける。
「ディック!」
響子が驚く番だった。
「今の聞いてたの!?」
「悪いが聞いてた。覚悟しろ、弟さん。」
ディックはすばやく響子の横に座っていたグラシェスの首根っこをつかんだ。
「とにかく、無事でよかった。」
ディックの服は返り血でダークレッドになっていた。
「助けてくれて、ありがとう。」
響子が恐る恐る立ち上がる。
「響子!」
由枝の声がした。
開いているドアを通り抜け、由枝は響子に抱きついた。
「無事でよかった。」
「由枝ちゃんこそ無事でよかった。」
ディックは憮然としていたが、スミスが来ると部屋を出て行った。
しばらく響子と由枝は抱き合っていた。
END
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*atogaki*
響子の厳しく過酷な人生編でした。
よくここまでしっかり育ったな、と作者も思います。
婆ちゃんの教育がよかったのでしょうか。