A smell of a memory and the blood



何も考えなくても危機は訪れた。
水色と青のストライプの旗を掲げた軍隊らしきものが近づいてきている、
と見張り役が報告した。
「弟君ですな。」
アリクシャーが苦々しく言った。
「イージェリン様の弟君、グラシェスですか。」
「イージェリンって弟いたんだ。」
響子は珍しそうに言った。
「ええ、わたくしと血を半分にした大切な弟です。」
響子も由枝も何も突っ込まなかった。
言っても苦々しいだけだ。
「イージェリン様!早急に陣を敷きキョウコ殿を中心にすえます!イージェリン様は隊商に扮した馬車にお乗りください。」
あっそ、やっぱ首は私なんだ。
「ユエ殿はこちらについてきてください!」
「しかし、侍女がいないと不審なのでは?」
由枝が言うと、適当な人数の女性をつける、とアリクシャーに言われた。
「わかった。響子、無事で!」
イージェリン達は馬車に乗って走って行った。

 前線で戦闘が始まったようだった。
血なまぐさい香りが漂いだす。
嫌な匂い。
嫌な思い出を思い出させる匂い。
だんだん血の匂いは濃くなる。
大した作戦もなく戦っているこちらが不利だ。
魔法が使えるといってもあくまでも少人数にしか使えない。
軍団を叩きつぶすような魔法など教えられていない。
だが、向こうはそうではないようだ。
ときどき炎の竜巻が見える。
真似できないかな。
こっそりそう思いつつ響子は地面に座っていた。
ふと空を見ると、大きなトカゲのような生き物に羽が生えていて、そのトカゲが火を吹いている。
ようし、あれなら。
響子は呪文を唱える。
周囲にばれないように、小さな声で、すばやく。
パシン
トカゲのような生き物は首元に傷を受け、墜落する。
これで自分も人殺し。
トカゲに乗っていた人間も、下敷きになった人間も死んだだろう。
だんだん青い旗が近づいている。
もう少しでこの陣に着くだろう。
響子はちょっと考えた。
「投降します。」
侍女たちが目を丸くする。
彼女たちは自分をイージェリンだと思っている。
先ほどの魔法も響子が唱えたとは思っていないようだ。
「グラシェス!わたくし達は投降します!グラシェス!わたくしはここです!」
立派な馬が寄ってくる。
響子は俯いた。
「姉上、お久しゅう。」
「お久しゅうございます、グラシェス。」
響子は顔をあげた。
顔にはたくさんの涙が垂れている。
「なぜこのような戦をなさるのです?わたくし達は姉弟です。手をとることができるでしょう。」
グラシェスは響子と同じくらいの身長で、黒い髪で日焼けしていなかった。
涙で顔はよく見えないが、うすらぼんやり美形に見える。
「姉上を連れて行け!侍女も連れて行け!抵抗するものは殺せ!」
響子はグラシェスの馬に乗った。
初の乗馬体験だが全然楽しくない。
響子はグラシェスの本拠地に連れて行かれているようだった。
END





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*atogaki*
大変なことになった響子でした、扱いが荒くないといいですね。
イージェリンの弟ですから、少年世界記のアークもみたいな天才かも。
だんだん響子の輪郭が自分でもつかめてきたかな。