A disagreeable trial



塔の中は壁のところどころが青く光っていて、光には困らなかった。
むしろ、美しい景色だった。
「危ない!」
より先に塔の内部に入っていた由枝が、塔の入り口にいた響子の腕を引っ張った。
がしゃん
先ほどまで響子が立っていた地点に先端の尖った複数の金属の棒が床に刺さる。
「逃げ道はなし、か。」
そう言ってから、由枝は二枚目の白っぽい扉を見た。
「ここからが本番ね。」
その扉を開くと二人並んで歩ける程度の幅の通路があった。
由枝と響子は無言で通路を歩いていく。
くねくね曲がる道は見事に方向感覚をマヒさせてくれるが、幸い一本道だ。
どれくらい歩いたのか、しばらく歩くとまた扉があった。
「開けて、いいの?」
響子が周囲を見て、独り言のようにつぶやいた。
由枝も周囲を見回す。
「開けてみるか。」
扉を開くと歓迎するかのように光があふれる。
その強烈な光に耐えて由枝と響子は扉をくぐった。
くぐった先は通路だった。
壁のところどころが青く光り、二人並んで歩ける程度の幅の通路があった。
「えぇっと、お、同じ道?」
響子がひきつった声を出す。
由枝も周囲を見ながら、そうだな、と小さな声で言う。
二人はしばらく粘った。
通路に付箋紙をつけながら歩いたり、光っている壁を触りながら歩いたり、全力疾走してみたり。
ぜぇぜぇはぁはぁ
由枝と響子はもう何回見たかわからない塔の中心部の扉を見た。
膝がやや笑気味だが仕方がない。
「付箋に壁に、他にできること。」
由枝が考え込む。
「やれるだけやったはずだけど、けど、何かひっかかるような。」
響子も考え込んでいた。
「あ、そうだ。由枝ちゃん、ここから逆回りに入口に戻ってみない?」
響子が提案した。
そういえば、それはやっていない。
「その手もある。やってみよう。」
二人は無言で歩いて行った。
疲れたからというのもあるが、
年齢と性別くらいしか共通点のない者同士が初めてみる世界で話せることなどなかった。
入口までたどり着くと、地下に潜るらしい階段が現れる。
「塔のわりに地下なのね。」
響子があきれ顔になる。
「後で地下から塔の最上階まで登らせられなきゃいいんだが。」
「言えてる。」
二人は階段を下って行った。

 階段を下りきると、由枝と響子は大型のカッターを持って円形のレンガの上に立っていた。
この施設が何に一番似ているかと言えば。
「コロッセオみたいな場所。」
二人は同時に言った。
そこで武器を持たされて立っている、ということは。
「ひょっとして」
「ごめん、言わないで。わかる気がする。」
がしゃん
重々しい音がして、静かに猫の仲間の大きめの肉食獣が入ってくる。
二人は青ざめた。
そこで一旦目の前が真っ暗になった。

 やーい、バイキンがうつるぞー
ひっとごっろし、ひっとごっろし
ふけつだって、いやー、マネできないわ
俺は嫌だ、あんな子供引き取るなんて

 あなたはだあれ
おかあさんのむすめです
うーん、残念だけどおかあさんになったおぼえはないなー
でも、おかあさん

そうだ、
「負けてられない!」
「絶対生き残ってやるわ!」
由枝も響子も頬に涙が残っているが、大きな声で言いきった。
「響子、相手は一匹だ。私ができるだけ囮になる。すきを見て、そのカッターを急所になりそうなところに投げろ。」
由枝が静かにささやく。
「投げるって、由枝ちゃんが危ないじゃない!」
「大丈夫、怪奇現象には慣れてるからな。」
じゃ、と言うと由枝はカッターを構えライオンに駆け寄った。
響子が由枝のゆ、の一文字も言わぬ間に由枝対ライオン戦は始っている。
ぐるるうるる
由枝は格闘技でもやっていたのか、ライオンの攻撃を次々かわす。
響子も動きながらライオンの急所と由枝の動きを見極めようとする。
ここ!
響子は由枝との約束を破った。
ライオンと由枝の間に入って、ライオンの喉笛にカッターを差し込む。
ライオンは苦しげな声をあげてよろめく。
由枝が動く。
ライオンの額を深くカッターで切る。
猛獣は倒れた。
そして、いきなり猛獣が砂になる。
由枝と響子も血まみれになってカッターを持っていなければおかしいのに、カッターはなくなり砂だらけになっている。
体をについた砂を掃っていると目の前に七色の階段が現れた。
「趣味の悪い試練だ。」
由枝は階段を見据えた。
「ええ、本当に。ムカつくわ。」

 二人は階段を上った。
どうも塔の頂上まで登らせる気はないようで、比較的早く出口らしきものが見えた。
直径百八十センチくらいのくろいものがくるくる回っている。
響子と由枝は新婚夫婦のように互いに強く手を握り合う。
中に入ると、そこは本棚が並ぶ研究者向けの部屋になっていた。
「ああ、試練を乗り越える人が来たねぇ。」
声を発したのはイスに座って何事かを紙らしきものに書いている、ちゃんと服を着た白骨化した人間だった。
「あの悪趣味な試練は、あなたが考えたの?」
響子が頭蓋骨を殴らんばかりの迫力で言うと、骨は響子を見た。
「ほとんどがぼくだよ。おいで、マーマ。」
由枝が固めに拳を握りしめていると、骨は何かを呼んだ。
白骨化した猫と思しきものが骨の膝の上に乗る。
「マーマが君たちにちからを与えるみたいだ、さ、行っておいで。」
どこにそんな器官があるのかにゃあと一声あげて、猫?が寄ってくる。
猫?が響子に触れる。
響子の左腕が光り、
光の後には金色の細いバングルが五個以上付き左手の人差し指にはスターサファイア付きらしき指輪が付いた。
さらに猫?は由枝にも触れた。
こちらは金や銀のバングルが片手に三個づつと右手の薬指にエメラルド付きらしき指輪が付いた。
「やはり、ちゃんと試練を正面から受けた人だ。ちからは必ず必要な時に使えると思うよ。さあ、祈ってごらん。ここから出たいと。」
さっそく目をつぶって祈ってみる。

 目を開けると、響子と由枝は塔の前にいた。
目の前にはディックとスミスしかいない。
「あれ?ここどこ?」
「どこじゃねぇだろ。」
ディックがため息をつく。
「こんなので大丈夫なのか?」
「知らないわよ!」
由枝が他人のふりをしていると、ばっちりスミスに聞かれる。
「大丈夫だったか?」
「まあなんとか。大丈夫かどうかは知らんが。」
「新兵はそんなものだ。」
それもそうだ。
四人はゆっくりしてから本陣に戻った。
END





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*atogaki*
遅くなりました、試練です。
自分にも試練がきているのでは?と思う程度にきつかったです。
本当にカッターごときでライオン倒せるのかは知りません、マネもしないでください(できないけど)。
今後も頑張るだけがんばります。