少しの間だけ



 赤毛で顔はにきびだらけの少年は歩いていた。
待ち合わせ時間には間に合うはずだ。
待ち合わせ場所は噴水の前だ。
そちらの方を見ると、淡い色の金髪の彼女が見えた。
もしかしたら、見なかったほうがいいかもしれない。
「ちょっと、そんなやわな体であたしにかなうと思って?あたしはダグラスを待ってるのよ!」
格闘技なんて全然やってない上、塾通いでひょろひょろの体の自分があの場に出て行ってもよいものだろうか。
ものすごく悩む。
「あ!ダグ!」
彼女はこちらに気付いたようだ。
彼女を無理にナンパしようとしていた青年たちもこちらを見る。
「なんだ、俺たちより弱そうじゃん。俺らと行ったほうが楽しいぜ。」
言った男は少女に殴られた。
「おはよう、リオン。」
ダグラスはあいさつをした。
「ちょっとー、遅いわよ。おかげで絡まれたじゃない。」
男たちに対するような口調と違って、優しくかわいらしい声でリオンは言って、ダグラスに抱きついた。
今さらそんなかわいらしい声をだされても困るし、いきなり抱きつかれても戸惑うばかりだ。
「じゃ、水族館行くか。」
「うん。」

 水族館はこの辺りで一番の規模を持つだけあって、入り口にある案内を見ないと迷子になりそうだった。
「お、きれいな熱帯魚。」
ダグラスはガラス越しに魚を見て、言った。
「あ、ホントホント、可愛いしきれい。」
リオンはダグラスに隣に隙間なく立った。
心音が自然と上がる。
しかし、どいて欲しくはない。
リオンは水族館の案内図を見て、ダグラスの手を引いていった。
「気になる魚でもいるのか?」
ダグラスが尋ねると、リオンは笑顔を見せた。
「イルカショーでも見ようかな、っと思って。」
ダグラスは自分が赤面しているのを自覚した。
ちょっと、ずるいぞ。
そう思いながら、ダグラスはリオンに手を引かれていった。
イルカショーまでは時間があったが今のうちに席をとっておかないとまともにショーが見られない。
「それにしても、私たちってみんな進路が違うわよね。」
少し寂しそうにリオンがつぶやいた。
「そうだな・・。俺様がT大で、お前がイギリス留学、アークもアメリカ留学、マリアが法科大、アリストがロボット開発・・・全然違うよな。」
ダグラスは他人の進路を列挙した。
リオンは首をふった。
「でも、大学に行くまでにもう進路変わっちゃうじゃない。」
「ああ、俺様は別の私立高校に行くからな。T大合格者の多いとこに。」
ダグラスはただ水に満たされているだけのイルカ用のプールの湖面を見て、先を見据えるような目をして言った。
ダグラスは全く気付かなかったが、リオンの顔は赤くなっていた。
そういうところが好き、なのよね。
リオンは心の中でつぶやく。
厳しい勉強にも耐え、生徒会も全力でがんばって、暇がほとんどないはずなのに未来を見据えている、そういう彼が。
「でも、俺様たちはみんな生きてるんだから、きっと大人になっても会えるさ。」
ダグラスはそう言ってリオンに向かってにやりと笑った。

 イルカショーが終わってから、二人は館内をゆっくり歩いていた。
「お、亀も泳いでるな。そーいやお前ってどんな魚が好きなんだ?」
ダグラスが問いかけると、リオンは即答した。
「食べられる魚。」
「おいおい、色気80パーセント引きだぜ。別に俺様はいいけど。」
「泳いでる鯛を見ると、こう、食欲が・・・。」
「じゃあ、何か食べに行くか?そういえば、昼食べてないし。」
「そういう意味で言ったわけじゃないから。あ、ほら、世にも珍しい深海魚コーナーがあるわよ。」
リオンはダグラスをひこずって言った。
どうにも不気味な深海魚コーナーを見てから、二人はアマゾン川にいる魚を見ていた。
「ピラルクかあ。人間はやや大きめの方がうけるが、魚類はな・・」
「うん。・・なんか顔もあんまりかわいくないし。」
「顔マネしてみるか?」
「したら絶交するわよ。」
くだらない、よくある話をしながら二人は互いに手を握り合って魚を見ていた。
「う、やーね。この水槽うつぼしかいないじゃない。」
「蛇を巨大化させてカラフルにしたらこうなるよな。」
「それ以上言わないで!蛇平気な方だったのに怖くなるじゃない。」
適当に歩いて行くと亜熱帯の淡水の中では一番大きな亀の甲羅が展示されていた。
「浦島太郎もこれぐらいの大きさの亀に乗って竜宮城に行ったのかしら。」
リオンの発言で、ダグラスは何となく想像した。
川にはピラニアがあふれ、地上はぎゃあぎゃあという不気味な鳥の鳴き声がする。
その中を半裸いじめる子供たちがやたらでかい亀(しかも凶暴そう)をいじめている。
亀に乗って川の中に行けば、リオのカーニバルのような世界が広がっている。
どうする、浦島太郎!
リオンも似たような想像をしたようで、互いの顔を見た瞬間二人とも笑った。
やっぱりこれだからやめられない。
たわいもない話をしながら二人は館内を回った。

 ダグラスが送っていくと言い張って、夕暮れの細い道路をリオンと一緒に歩いていた。
「今日はありがとう。ダグ、いつも忙しそうなのに。」
「いいんだよ、俺様のことは。」
ダグラスは自分よりやや身長の低いリオンの頭をなでた。
「俺様こそ、ごめんな。じっくり会える時間が少なくて。」
「こっちこそいいわよ。・・・・・・・がんばってるダグも好きだから。」
二人は夕暮れの道でどちらも赤くなった。
しばらく歩くとリオンの家が見えてきた。
「あ、ありがと。忙しいのに家まで送ってくれて。」
ダグラスが、別にいい、と言う前にリオンはダグラスの頬にキスをした。
「またね!」
愛らしい笑顔を見せてから、リオンは家の中に入って行った。
「ちくしょー、俺様の負けじゃん。」
ダグラスは一人つぶやいて最寄りの駅に向かった。
END




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*atogaki*
お久しぶりです、最後に会ったのは何ヶ月前でしょう。
月1回が目標のホームページなのに・・・。
読んでもらえばわかると思いますが、デートに行ったことはおろか、男性と話したこともほとんどありません。
ダグラスがちょっと乙女チックなのもそのせいかも。