黒い髪、濃い茶色の目の少年は自分の所属する教室の、自分の席に座って頬杖をついていた。
梅雨の水分を多く含んだ空気が皮膚にゼリー状に張り付きそうで不快といえば不快。
外は弱々しい雨が降っているらしく、窓ガラスに点々と水分を提供していた。
「では、みなさん。これから短冊を配りますので、帰りの会までに願い事を書いておいてください。」
担任教師は明らかにどうでもよさそうに、色とりどりの短冊を生徒に配る。
自分の分をとってから紙束を後ろに回し、少年はため息をつく。
願い事、ねぇ。
朝の会という教師が受け持ちのクラスに連絡事項を伝える時間はどうでもよく過ぎていった。
「なぁっ!アーク!」
少年は元気な友人に声をかけられた。
赤みがかった金髪、適度に青い瞳の黙って微笑んでいれば異性にもてそうな少年がアークの横に立っている。
彼は満面の笑みを浮かべ、手元に謎の機械を抱えていた。
「あ、おはよ、デュリー。」
「それより、願い事、どうする?」
「思いつきでいくよ。ところで、その機械、何?何か気になるんだけど。」
アークが変な形の機械を指すと、デュリーは胸を張った。
「これは、懐中電灯だ!」
アークはそう言われて、変な機械をじっくりと見つめた。
懐に入れるのは絶対に無理だろうと思えるその大きさ、工業デザインの要素など全く感じさせないその外観。
「懐中電灯?スポットライトの間違いじゃないの?」
アークがつぶやくと、デュリーはひっしと機械を抱きしめた。
「懐中電灯だっ!ちゃんと設計図見て作ったんだ!!」
「そう言われても・・、鞄に入らない時点で懐じゃないよ。」
「くぅ〜!こうなったら七夕の願い事は、「これが懐中電灯に見えますように!」だ!!」
いくら、凡人よりは偉大な織姫と彦星でもさすがにそれは無理なのではなかろうか。
どうも、懐中電灯に見えるように改良できますように、の方がいいような気がしてならない。
「ま、一応明日からテストだし、いい点取れますように、とでも祈っとけばいいか。」
アークがそう言うと、デュリーはチッチッと指を振った。
「オレたちはどうせ前回学年上位だったんだ!これ以上の好成績を望んだところで無意味なのだー!!」
「デュリー・・・、最近、ゲームにはまってない?」
「よくわかったな!」
「口調が必ず悪役に似てくるもん。誰でもわかるって。」
平和なことを話していると、教室の教卓に近い位置のドアが壊れそうな勢いで開いた。
「アーク!!!!英和辞典貸してくれ!」
赤毛の少年が、肩で息をしている。
どうも走ってきたらしい。
クラスメイトは目を丸くしていた。
教師がいない休憩時間に教室が静かということはまずないが、ここまで騒がしく教室にやってくる生徒もほとんどいない。
しかも、上の学年の学年成績1位で生徒会長をしているという、目立つ少年が来ている。
「わかった。英和だね?」
アークは教室の後ろに設置されているロッカーを開けた。
「これだっけ?」
アークが辞書を見せると、赤毛の少年は力強くうなずいた。
「ところで、ダグは願い事何にする?」
朝の休憩時間は長いのでそう聞いてみると、ダグラスは即答した。
「習い事が一個でも減りますように。」
話を聞いていたデュリーが、口を挟んだ。
「無理だって。ダグの忙しさは神様が定めた運命なんだから。織姫と彦星には何もできないよ。」
「えー?僕は「今年こそ何もありませんように」にしようかと思ったのに。」
「それも無理なんじゃないか?だいたい、この辺ってそんなに星が見えないし、天の川が見えない人間の願い事って叶うのか?」
「っていうか、そもそも織姫と彦星の地位って何だっけ?」
「知りたかったら、日本の古典から当たって海外の似たような話を探して来いよ。海外から来た話じゃねぇかと思うし。」
「やめろよ、オレ、そんなヒマない!」
「オレさまだってないっ!」
「僕もない!」
そこまで言ってから、アークは首をかしげた。
「って、とりあえず話の最初に戻ると、星がないのが問題なんだよね?」
ダグラスも考え込む。
「確かに。何か盛り上がんないのは星が見えないからだろうな。」
「じゃあさー、星の代わりに花火でもやる?」
アークが提案すると、二人は絶句した。
「飛行機の光の方がもっともらしいけどそんなので天の川できたら危ないし、暗い中でぼよーんと一瞬でも光ればいいんだったら、花火くらいが妥当じゃない?」
「それいい、のった!明日からテストで気が滅入るし、景気よくやりたいな!」
ダグラスがこぶしを握り締めて言った。
「ちょっと、そんなに景気よくやれるもんか!塾が終わった後の夜中に何やるのさ。もっとしょぼいのに決まってるじゃん!」
「よし、オレも混ぜろ!よーし、祈るぞー!」
デュリーも同意した。
一番の問題は天気だが。
「あてにならん天気予報によると今日の深夜は晴天だ!よし、塾の帰りにやるぞ!アークの家だよな!」
「いいよ。近所から苦情が来なかったらね。」
「よっしゃ!決まりっと!」
三人がワイワイと話していると、予鈴が鳴った。
「うぁ!ソッコーで返しに来るな!」
ダグラスはまた走って教室に帰っていった。
その日の夜は、曇り空だった。
今頃空の上では、腫れぼったい雲が織姫と彦星のデート風景を台無しにしているのかもしれない。
「バケツ持ってきたぞー。」
「ダグ、お疲れ。」
「ちょっと、コレ、火がつかなさそうよ。」
「え?あ・・、ホントだ。・・何かたよりない。」
「どーしよ、僕カセットコンロしか持ってないよ。」
「オレがライター貸すよ。」
地上の住宅街の一角では、こんな会話が交わされていた。
中学生が何人か、夜目だけを頼りに花火の準備をしているのだ。
それでも、誰も前が見えないとは言い出さない。
「うあっ、バルフリーに見つかんないようにしろよ?オレさまとしては、禁煙を勧めたいが。」
「僕もダグに賛成。大人の商業主義に引っかかってやることないって。」
「オレは大人への反抗のために吸ってるわけじゃないんだ。っと、これならいける。」
「まさか、アンタたち、ねずみ花火とか仕入れてないでしょうね?」
「リオン、僕はそんなにバカじゃないよ・・。買おうとしてるの止めたよ。」
「じゃ、手持ち花火は各人で。栄誉ある打ち上げの火付け役はライターの持ち主であるアリスト君だ!」
「オレかよ!?」
「当たり前だよ。そのライター、アリストのだもん。」
「そうよねー。」
「くっそ、何か損した気がする。」
中学生らしく騒ぎながら、アークたちは花火に火をつけた。
「うわー、景気悪い天の川。垂れてるぜ。」
ダグラスが線香花火を見つめながら、笑う。
「オレだって、天の川が重力に従っちまってよー。ダサいって。」
「私のも・・ちょっとダサいです・・。」
「私さー、何かこの花火の模様見てると、担任思い出すんだけど。」
「えー?忘れてくれよ・・どうせ明日からも見たい放題の顔なんだぜ?」
しばらくそうやって中学生たちは騒いでいた。
花火の光だけが、それぞれの顔を暗闇の中に浮かび上がらせる。
明日からの生活に関係なく、度合いの差こそあるものの、全員の顔は笑っていた。
「一応聞くけどさ、みんな、学校の笹に第一志望の願い事書いたよね?」
「書いた!準備OK!」
「もちろん!」
「書いたわよ!」
「私も書きました!」
「当然!!」
「皆様の回答をお聞きしましたところで、さ、アリスト君!」
「ちっ!」
その会話からしばらくは、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かになった。
生き物が動く音しか聞こえないくらいの静けさ。
静かに花火があがった。
マニアックな花火マニアの店であまり音が出ないとわかっている花火のみ買ってきて打ち上げたが、それでも地上から見ると華やかなものがある。
「やっぱり、これこそ天の川!」
「せめて空にないとなー。」
「アリスト、お疲れー。」
「でも、やった甲斐あるわよ?さっきのよりは天の川っぽいもの!」
中学生集団はしばらくそのまま、騒いでいた。
END
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*atogaki*
七夕に見えないこともないパラレル。
中学生らしく常識的な話に仕上がりました。
フツーっぽいカンジ。