なかーま



淡い金色の髪の少女は、学習塾のテキストにしおりを挟んで閉じた。
そして、少女がいるときは必ず電源がはいっているノート型パソコンを見る。
うん、これは買い時だ。
株を購入する手続きをして、少女は伸びをした。
彼女こそ、世界的な天才投資家にして、学年3位の恐るべき少女、リオンである。
リオンは学習塾のテキストを見た。
英語中級と書かれている表紙を見てため息をつく。
これがもし英語上級なら恋人といっしょのクラスに入れる。
でも、どうしてもできない。
さらに、イギリス留学を望んでいるのに英語がこれでは。
トイレに立とうとして、少女は立ち止まった。
兄と弟の声がしたからだ。
「それにしても、リオンさまさまだぜ。」
「言えてる。リオンがうちの大黒柱だもんな。」
「リオンは嫁になどさせん、とか言ってたぜ、おやじ。」
「母さんも似たようなもんだろ。リオンがいなくなったらお望みのブランド物が買えなくなるからな。」
「ま、俺たちの学費もリオンが出してるようなもんだし。」
笑い声を聞きながら、リオンは歯をくいしばった。
わかっている、そんなこと。
リオンの投資家としての年収は最低3億。
働いている父の年収をばっさり超えている。
知っている。
家族がみんなリオンのことを好きなフリをしていることも。
多分、株で滑ったりしたら一人、家を追い出されるだろう。

 台所。
夜食などは作らない主義の家庭なのでリオンは冷蔵庫を開けた。
しめた、高級ぶどうゼリーが1個だけ残っている。
リオンが手を伸ばすと、その手をはたかれた。
誰かと思い後ろを見ると父だった。
「子供は少しぐらい遠慮しなさい。」
それが一家の大黒柱に言うセリフ?
冷たくリオンは思ったが、ゼリーは譲った。
「リオン、お前、男なんぞと付き合ってないね。」
「ええ、付き合ってないわよ。」
「男は毒だ、気をつけろよ。」
だったら自分だって毒じゃない。
リオンは思った。
「それより株はどうだ。」
「順調よ。」
リオンはそう言った。
言って数秒してから、再び口を開く。
「お父さんは、私が投資家として成功しなかったら、どうするつもりだったの?」
「リオン、イギリス留学などというバカげたことは諦めて、株に専念しなさい。それが一番いい位置だ。」
「そんな!イギリスに行って経済を勉強して、もっと優れた投資家に」
「今のままでいいじゃないか。お前がいないと家族みんなが困るんだぞ。」
「困るってどういう意味?」
「母さんはものを買えなくなるし、お父さんもゴルフにもいけなくなるし、何よりもお前の兄さんと弟も塾に行けなくなる。」
リオンの堪忍袋の緒が切れた。
「私が稼いだお金・・・・・・返してよ。」
「ん?」
「私が稼いだお金、全額返してよ!私が稼いでるのにお小遣い月5千円なんてひどい話じゃない!」
「今からそんなに大金を持ったら金銭感覚がおかしくなるだろう。だから、父さんと母さんに」
「よくそんなこと、言えるわね。母さんは自分のブランド物買いあさって、父さんは高級品ばっか買ってるくせに!私にお金を残すためにバーゲン品でものを間に合わせたことなんてある!?」
「リオン!いい加減にしなさい!」
「いいわよ、今すぐ家出てくわよ。じゃあね。」
リオンはそう言って、自分の部屋に駆け出した。
学校のテキストと塾のテキスト、筆記用具にパソコン、最低限の衣類。
それらを入れた重いカバンを背負ってリオンは玄関に向かった。
「リオン、考え直しなさい!」
「ちょっと怒られたぐらいで家出なんかするもんじゃない!」
両親が止めようとしてくるが、リオンはそれを振り切った。
夜だったので見えなかっただろうが、リオンはあっかんべをしてから道を歩き出した。

 子供一人が暮らすには大きすぎる和風の豪邸。
リオンはそこでカバンを置いた。
インターホンを鳴らす。
「はい、ジード邸ですが。」
「アーク!」
「あれ?リオン?どうしたの?ちょっと泣いたような声になってるよ。まあ、入りなよ。」
リオンは家に入れてもらった。
すると、玄関に黒い髪の少年と、赤毛のひょろっとした少年が立っていた。
「その荷物、重いでしょ。僕が持つから。」
黒い髪の少年はひょいっとリオンのカバンを持った。
そして廊下を歩いていく。
残ったのは赤毛の少年だけだ。
「リオン、どうしたんだ?目、赤いぜ。」
「ダグ!私、お金がなかったらもういらないんだって!」
リオンはそう言って、恋人のダグラスに抱きつく。
「何だと!誰だ、そんなバカなこと言うやつは!」
「・・・・家族、みんな・・。」
「とりあえず、落ち着くか。いつもの部屋に行こうぜ。」
ダグラスはリオンの肩を抱いて歩いていった。
「あれ、アーク来てないな。カバン持ってったのに。」
「・・・迷子になったんじゃないかしら・・・いつもみたいに。」
「そうだな。まあ、待つか。」
しばらく待っていると、やっとアークが来た。
「おい、アークどこまで行ってたんだ?」
「非常時にゴメン、ほぼ屋敷一周してた。3番目に広い部屋にリオンの荷物置いてきたから。」
それから、リオンは家であったことを話した。
ダグラスもアークも黙って聞いていた。
ふらふらした話を終えると、二人ともほんのわずかに血管を浮かせていた。
「ムカつく話だな。何だって四季報読んで汗水たらして株やって儲けてるのに、他人の金でブランド物なんか買うんだ。」
ダグラスがそう言うと、アークも頷いた。
「リオンが授業中までがんばって株の取引してるのに、そんなに簡単そうに言わないで欲しいよね。しばらくこっちに泊まりなよ。」
「あ・・・、ありがとう。」
リオンが礼を述べるとアークもダグラスもいえいえ、と言った。
「そうそう、お金の件だけどさ。おじさんやおばさん、現金を大量に持つ習慣ある?」
「たしかにあるけど・・・それで?」
リオンが言うとアークはにやりと笑った。
「僕、暗い細道を通らないと行けないおいしいレストラン知ってるんだよね。」
「え?それで?」
「リオン、20万円くらいキャッシュ持ってるよね?」
「えっと・・・50万円くらいお金が入ってる口座のカードなら持ってるけど?」
「それならいい。僕があの店の無料招待券をご両親に渡してそこに行かせよう。で、知り合いに荒事に強くて人相の悪いお兄さんがいるから、その人たちにちょっとリオンの両親を脅かしてもらおう。そいで、手持ちの現金を没収させてもらおう。」
「そうしてくれると嬉しいけど、そんなことして、大丈夫?」
「あの人たち、そういうのくぐるののプロだから。で、没収したお金はリオンが受け取ると。安心して任せてよ。」
アークはイタズラ小僧のような笑みを浮かべている。
「ありがとう・・・。」
リオンの表情が少し明るくなった。
「じゃ、今日は早くお風呂入って寝なよ。」
アークはそう言ってから思い出したのかじっと二人の顔を見つめた。
「あ、一応言っとくけど。」
?という表情でリオンとダグラスがアークの顔を見る。
「うちでセックスしないでね。におい残るし。セックスするんならラブホテルにでも行ってきて。」
二人の顔は真っ赤になった。
こうしてリオンはしばらくアークの家にいることになった。
ダグラスが塾の時間以外、アーク邸にいたのはまあ、当然のことだろう。
END







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*atogaki*
リオンが家庭環境にぶちきれる話でした。
金銭感覚についてお父さんが正しいかもしれないセリフもありますが、アークの例もあるのでなんとも言えません。
誰がどう悪いのかちょっとわかりにくい話。
最後のアークの計画は悪いことに決まってますが。