セイナルモノニサカラエバ
天空大陸上のスラム街の5階建てのビルに4階。
少年はそこで魔導書を読んでいた。
今までに読んだ本とあまり変わらないことが書いてある。
「アーク。」
呼ばれて、少年は部屋の出入り口を見る。
そこには仲間内では「兄さん」と呼ばれている人物がいた。
「兄さん、何か用?」
「アーク、一度真剣試合をしてみないか?」
今まで相手を殺してしまう可能性のある真剣試合を青年としたことはない。
「どういう心境の変化?」
アークが言うと、青年は真剣な表情になる。
「お前がどれだけ強くなったか、見てみたい。もちろん、魔法や魔術は禁止だ。」
「わかった。どこでやるの?」
「屋上だ、お前も来い。」
そうして彼らは屋上に行った。
正直、アークは苦戦していた。
青年の体にいくつかの切り傷を作るだけで、本当の急所の近くに攻撃を当てることができない。
青年も本気でかかってきているのか、いつにも増して剣を振るう速度が速い。
避けるので精一杯だ。
「くそっ。」
こちらから攻撃できない。
かなり不利だ。
アークもちょこちょこと攻撃を仕掛けている。
しかし、急所と呼ばれるような場所にはなかなか傷をつけることができない。
どちらも本気と思われる真剣試合。
敗死するのは自分か。
そう思うとアークは気が楽になった。
こちらにはもう大したカードは残っていない。
青年の振るう剣が左腕に当たる。
それでも構わずアークは青年の腹を真剣で突いた。
しまった!これでは死んでしまう。
青年の口から血が流れはじめる。
「免許皆伝、だ。これなら他のヤツを守ることができるな。」
青年はふらつきながら言った。
「兄さん、それより治療を」
「無用だ。」
青年の目線は真剣にアークの目に刺さる。
「私はどの道、あと一ヶ月で命がなくなる予定だったからな。」
聞いたことのない話にアークの目が驚きに見開かれる。
青年はふらふらと歩きながら言う。
「不治の病でな。だが。」
青年はビルの端に立った。
「私の命は私が決める!」
そう叫んで青年は飛び降りた。
「兄さん!」
アークは思わず叫んだがどうしようもない。
「兄さんが!兄さんが!」
何回も声を上げつつビルの階段を下る。
その異様な様子に感ずいた他の仲間が付いてくる。
そして、ビルの側面に肉も骨もとろけている青年の死体があった。
僕のせいだ。
僕がちゃんと事情を聞いていれば。
救えたかもしれないのに。
他の仲間は全員泣き出していた。
それでも誰もアークにお前のせいだ、とは言わない。
それだけが救いだった。
私の命は私が決める。
その言葉が耳から離れない。
異母兄の言葉が忘れられない。
空は澄み切って、太陽はただ光を提供している。
アークはじっと異母兄の遺体をにらむように見続けていた。
全員が一通り泣いてから、アークは事情を話した。
青年に真剣試合に誘われたこと、自殺したこと、自殺しなくても余命が短かったこと、・・・免許皆伝と言われた事、全て。
「アーク・・・・・お前が暗殺したわけじゃないんだな?」
ダグラスが聞く。
「暗殺するつもりなら、僕は魔法を使う。」
アークが静かに答える。
「ひとっ走り、いつも行く病院に行ってくる。兄貴の命が本当に短かったのかどうか。アーク、お前は来るなよ。」
そう言って、ダグラスは出て行った。
他の仲間は一番年下のアークが青年の死に直面しても泣かないことを不思議に思っているようだった。
「お前、何で涙すらでないんだ、おかしいんじゃないか?」
アリストに言われる。
そう、本当は泣くのが正解だ。
だが。
「忘れたの?僕はここに来る前は殺し屋で賞金首だったんだ。今さら泣けないんだ。」
答えてからうつむく。
しばらくするとダグラスが帰ってきた。
「本当だった。兄貴はもう余命少なかったってな。証明書まで書いてくれた。俺様は・・それでも闘病して欲しかったな・・。」
「僕もだよ。まだ一ヶ月あるじゃない。僕のせいだ、僕があんな戦いに賛同したから」
「多分、兄貴はタイミングを待ってたんだと思うぜ。お前が強くなるタイミングを。」
ダグラスがアークの目をじっと見た。
「これで出てくなんて言い出したら止めるぜ。「ブレスレット」の護衛、あてにしてるぜ。」
しばらく沈黙が続いた。
アークは、自分が今日いっぱい起きているからみんなは寝たほうがいい、と提案した。
提案を受けて、何人かがすぐに寝た。
その日の暗い夜。
アークは屋上にいた。
アークは涙も出ない上表情も変えることができず、何だか自分が人間にあらざるもののように思えてくる。
「よお。」
ダグラスがやってきた。
「寝てればいいのに。ダグラスも今日寝てないじゃん。」
「いや、お前が心配でさ。」
「何が?」
「お前が自殺するんじゃないかってな。」
確かに。
何度かそれを考えた。
しかし、やるべきではないという結論に達した。
「しないよ。ただ、空をちょっと見ただけ。すぐもどるよ。」
「お前が全責任を負う必要はないんだからな。」
ダグラスはそう言ってアークの横に座った。
「兄貴は自分で決める、そう言ったんだだよな。」
アークは頷く。
「だったら自分の生命について全責任を負うべきは兄貴だ。お前じゃない。」
アークは空を見た。
不思議なことに、目から塩水が一滴頬をつたった。
「なんだ、涙、出るんじゃないか。お前、殺し屋生活が身にしみててどうでもいい人間の死と親しい人間の死がごちゃごちゃになっただけじゃねぇの?」
ダグラスはアークの肩を叩いた。
「じゃ、俺様は先に行くからな。泣きたきゃ素直に泣けよ。あともう一つ。」
ダグラスは真顔でささやくような不思議な声で言った。
「これからも警備、頼むぜ。」
それからダグラスは階段を下りていった。
足音が遠くなる。
まだ、何も終わってはいない。
目が乾いてから、アークはビルの中に入った。
END
(注:絶対マネしないでください)
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*atogaki*
前から書くつもりの話でしたが、予想以上に暗くなりました。
う〜ん、私が書いていいのかどうかはわかりませんが。
ご冥福を祈りますとしか言いようがないです。