一週間の楽しくない生活




エルク!
そう呼ばれて少年は振り返った。
トニー、何のよう?
少年が聞き返すとトニーはいたずらっ子の笑みを浮かべた。
なあ、お前、魔法で狼男になれるんだろ?
うん、できるけど?
オレにもその魔法かけられるか?
うん、たぶんできるけど。
じゃ、やってみてくれよ!あとで、祭壇の前に集合な!
トニーはうきうきと食堂にむかった。
トニーとは対照的にエルクは何だか嫌な予感がしていた。
どうしてだろう。
食堂で粗末な食事をとったあと、エルクはなけなしの方向感覚で祭壇を目指していた。
トニーとの約束だ。
あ!きたな!
トニーが笑うと。
トニーの口の端から血が流れ出した。
腹部からも出血しだしている。
そうだよ、そうやってお前はオレを殺したんだ。
頭が痛い、涙が出る、胸が締め付けられるように痛い。
そうだ、忘れられない、こんなことが、あったんだ。
エルクは指一本動かすことができなかった。

 天空大陸上の都市ティカーノ。
国立アーガスティン大学付属病院のベッドで、少年は目を覚ました。
夢か・・・。
少年はため息をついた。
「おーい、大丈夫か?」
少年の隣のベッドにいる青年から声をかけられる。
「ありがとう、大丈夫。」
少年は荒く呼吸しながら、言った。
恐いことを思い出してしまった。
ただでさえ三食おかゆ生活でまいっているのに、踏んだり蹴ったりだ。
がらがらがら
病室のドアが開いた。
「おはよう。」
大柄な青年が扉に頭をぶつけないようにしながら、病室に入ってきた。
手には大きめの紙袋がぶら下がっている。
「フリスク、おはよー。」
まだ上半身を起こせないので寝転がったまま手を振る。
同じ病室の同級生もフリスクに挨拶をしている。
誰に用事なのかと思いつつぼんやりしていると、フリスクがこちらにやってきた。
「アーク、あの時は悪かった。」
とこちらに箱入りのチョコレートを渡してくる。
「別にそこまで気にしてないけどさ、そのチョコレートは三食おかゆ生活の僕への嫌味?」
チョコレートは好きだが、医師におかゆ以外食べてはいけない、と言われている。
退院したら食べろということだろうか。
「そうか、食事制限があるのか、そいつは悪かったな。」
「完治一週間のケガだし、切られたことくらいでそんなに怒らないよ。残りは他の人にあげるの?」
フリスクの紙袋を見て、言ってみる。
「ああ、そうだ。フリードリヒにも切りかかってっちまってな。他にもいるんだよな・・・被害者が。」
「フリードリヒもあの授業出てたよね。フリードリヒ大丈夫そう?」
「死んだフリしたら切りかかっていかなかったとかで、重体にはならないで済んだ。」
僕も死んだフリすればよかったかな。
でも、死んだフリなんかしてて本当にとどめをさされたら・・・嫌だな。
がらがらがら
また病室のドアが開いた。
「お、フリスク、来ていたのか。」
噂の張本人がやってきた。
「やっほー、フリードリヒ。元気そうで何よりだよ。」
「そちらこそ完治一週間のわりに元気だな。」
フリードリヒはこちらに向かって歩いてきた。
歩き方が変ということもないので、とてつもなく悪いということもないらしい。
「ちょうどよかった。」
フリスクがチョコレートを渡すと、フリードリヒは普通に受け取った。
「わびとして受け取っておいてやる。」
「あの時は悪かったな。」
「全くだ。どうすればいいのか思いつかなかったくらいだ。」
びしゃっ
病室の扉が乱暴に開けられた。
赤茶色の髪の、アークとだいたい同じくらいの年ごろの少年がやってくる。
「あ、エーデル、いつぞやはお世話になりました。」
「そんなことは別にいい。それよりボクと勝負しろ!」
何で入院してるのに勝負しなきゃダメなのさ。
そう思っているうちにA5サイズの紙を数枚押し付けられた。
「計算くらいできるだろ!物理だ!」
「いや、おかゆしか食べてないから頭が働かなさそうなんだけど。」
「それを乗り越えてこそ、天才なのだ!」
別に天才じゃなくてもいいからやりたくない。
というのは通らなさそうだ。
フリスクもフリードリヒも面白そうに見ているだけである。
同室の学生にまで好奇の目で見られている。
「わかったよ。やるから、そんなにりきまないでよ。どういう風に勝負するの?」
「制限時間を設けて、一問でも多く正解がでた方が勝ちだ。」
フリスクが頷いた。
「よし、時間は俺が計ってやる。」
こうして、完全にお膳立てができてしまい、アークはわけのわからない勝負に参加することになってしまった。

 四十分後。
「やった!ボクの勝ちだ!」
エーデルが嬉しそうに言った。
「あ〜負けた負けた。」
アークはため息をついて肩をすくめた。
「一点差だったな。いいライバルじゃないか。」
フリスクは答案を見ながら言った。
「そういえば、アーク、お前サイレーンの歌を聞いても俺やディトナにかかってこなかったよな。どうしたんだ?」
「う〜ん、あの歌を単位落としてもいいから聞きたかったんだけど、誰かにかかっていこうとは思えなくてさ。もともと、魔法がかかりにくい体質だし。」
「希少なやつだな。」
などと和んでいると、エーデルが言葉爆弾を投げつけてきた。
「そういえば、お前、「殺し屋」をやってたと言っていたが、何の殺し屋やってたんだ?」
そんなこと6人部屋で聞かないでよ。
何かみんなの視線が痛いんだけど。
「人間だよ。」
そう言うとエーデルとフリードリヒは絶句した。
「何でまたそんな商売してたんだ?」
フリスクは見当がついていたのか落ち着いている。
「孤児院出たあと、生活費がなかったからだよ。10歳未満の子供にできる商売が他になかったんだ。」
ふーん、そうか。
フリスクの返事は簡単だった。
「ま、今やってないんだからいいよね。」
「そうだな。今やれば確実に警察送りになるだろうがな。じゃ、俺は他のヤツの見舞いに行ってくる。」
「オレも病室に帰る。」
そう言ってフリスクとフリードリヒは部屋を出て行った。
「ボクと同じくらいの年で殺し屋・・・・。」
エーデルはつぶやいた。
かなりショックだったのかもしれない。
「気にしなくていいよ。それより、授業時間大丈夫?」
アークが指摘すると、エーデルはあ、と声を上げた。
「うわ、もう時間なのだ!」
エーデルは来た時と同じように扉を乱暴に開け閉めして、出て行った。
しかし、本当に何であんな夢見たんだろう。
アークはゆっくりと息を吐いた。
「みなさん、昼食の時間ですよ〜。」
6人分の食事がのったカートを押した看護士が、ドアをゆっくりと開け入ってきた。
「はい、アークさんの分はこれですよ。」
アークのはおわんを受け取った。
中身はもちろんおかゆ。
・・・うぇぇぇ。
こうして入院生活中盤はおだやかに過ぎていった。
END




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*atogaki*
何があとちょっとかって?入院の日数です。
前回の穴を埋めようとがんばって書いてみたのですが、ますます穴が増えた気が。
きっとこのあと、フリードリヒは慌てて病室に帰り、フリスクはかゆだーとか言ってアークを怒らせるのでしょう。
何ともいえないものですが、ここまで読んでくれてありがとうです。・・。