天空大陸上の都市ティカーノ。
国立アーガスティン大学の大学寮の一人部屋で、二人の人間が騒いでいた。
「ええっ!?このレポート、提出期限昨日だったの!?」
黒い髪の少年が叫ぶ。
「しまった!あと一時間でレポートの提出期限が切れてしまう!」
美青年も叫ぶ。
そこには他人事、と割り切った雰囲気の青年が二人いた。
「アーク、あの講師はお涙頂戴物語に弱いから、そこから切り崩せ。」
大柄な青年が少年に落ち着いた様子で言う。
彼はもうレポートを提出していたらしい。
緑色の髪をした無表情な青年もコップいっぱいの紅茶を飲んでいる。
「がんばれ。」
とても声援とは思えない口調で言った。
レポート未提出組はあっという間に部屋を出て行った。
それから、大柄な青年と緑色の髪の少年が残される。
「ディトナ。」
大柄な青年が話しかける。
「フリスク、何か問題がある?」
ディトナは冷静に答える。
「お前、実はあの二人を監視してないか?」
フリスクが静かに言うと、ディトナは腕を組みなおした。
「・・・・・・知らない。」
「あいつらを監視してるなら即刻縁を切らせてもらう。それとも、あいつらがうらやましいのか?」
ディトナがフリスクの瞳をまっすぐ見つめた。
「うらやましい?」
「そう、うらやましい。方や家督相続に勝ちそうな権力者、そして生まれた時からの天才。うらやましい要素が詰まっている。」
ディトナは黙り込んだ。
「俺は体力バカだからな。しかも、家督相続なんて夢のまた夢、うらやましい要素なんてない。」
フリスクはニッと微笑む。
ディトナは考え込んでいるようだった。
うらやましい
うらやましい
うらやましい
うらやましい
うらやましい
ディトナは顔を上げた。
まっすぐにフリスクの瞳を見つめる。
「監視もしているような気がするし、・・・・・・うらやましいかもしれない。」
自分自身を語るような言葉とはとても思えないようなもの。
「家督相続したって当主の仕事なんか忙しいし、天才なんて大人になればただの人、俺は逆にあいつらが気の毒に見えることがあるからな。」
ディトナは目を見開いた。
「家督相続をするために人脈を広げ大学でも気配りを忘れない、天才でいるために魔法学の本を暗記するほど読んで基礎体力を必死で高める。俺だって基礎体力を鍛えるぐらいのことはしているがあいつは別格だしな。」
フリスクはそこまで言うとふう、とため息をついた。
「当主も天才も厳しいもんさ。俺は剣の道で生きていくつもりだから魔法や魔術なんておまけ程度。師匠に認められたい、ってのが願望か。」
ディトナは黙って聞いていた。
「・・・私の・・・・目標は、陛下をお守りし、死すること。そのための強さがほしくてここにいる。」
多分本当は違うんだろうな。
フリスクの目はそう言っていた。
本当だと伝える言葉はディトナにはなかった。
よく、わからない。
「よし、ややこしい話は終わりだ。食堂から四人分のコーヒーもらってくるな。」
フリスクは明るく笑って部屋を出た。
少なくともアークがうらやましいのは確かだ。
必死で勉強し、大学に入学してもトップレベルの成績を維持している。
ついでなのでぐちをこぼすと、実はフリスクもうらやましい。
彼の周りには人が集まってくる。
剣技は天空大陸最強と呼ばれる人間から教えてもらっていて、免許皆伝まで後一歩。
心の中で言葉を重ねながらディトナは気付いた。
うらやましい、という感情があることに。
それに追随する劣等感があることも。
もしかしたら自分は人造人間という枠から外れかけているらしい。
ディトナの目の前に光が現れた。
光は形を変えてアークの形になる。
移動魔法だ。
「両親なんていないのにいることにして、お涙頂戴話したら何とか受け取ってもらえたよ。あれ、フリスクは?」
「食堂からコーヒーもらってくると。」
「よし、今度こそ男らしくブラックを飲むぞ!」
今度は部屋の扉が開いた。
「何とか間に合った・・・。フリスクはどうかしたのか?」
「食堂にコーヒーもらいに行ったみたい。」
「とにかく、これで出すものは出したし。二日間の何も用事がない日を堪能だぁ!」
再びドアが開く。
「お、帰ってきたのか。四人もいると騒がしくてしょうがないな。」
「うるさいって、しょうがないじゃん!僕まだ変声期きてないし!」
「オレはそんなに話していないぞ。」
「私もあまり・・・・・・。」
劣等感が飛ぶような騒がしさで、ディトナはただ、楽しいと思えた。
END
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*atogaki*
自らの劣等感が激しいことをモデルに書いた物体。
ディトナも案外感情的になることもあるんだな、とか思ったり。
フリスクも意外と人を見ていらっしゃる・・・。