天空大陸上のある地点。
そこは人間が焼けたような悪臭、血の臭いがしていた。
「さすがはアークさま。」
帝国軍の制服を着た男がこちらに向かって頭を下げた。
この場には帝国軍の制服を着ていない人間で生きているものはいない。
「まだだ。頭がいない。逃げたかもしれない。」
そういう自分の制服は血みどろだった。
握っている短剣にも血がどろりと染み付いている。
そんな中、のどかに霧雨が降っていた。
その程度の雨ではこの場の何ものをも流してゆくことはできない。
周囲にいる部下たちに指示を出しながら、思った。
もうすぐだ。
総司令は今のところとんでもない大失敗ばかり繰り返している。
この戦いに完全に勝つことができれば。
確実に成り代われる。
対価と呼べそうなものは全て支払った。
仲間たちを売って、良心を売って、たくさんのものを差し出した。
差し出していないのは命と地位くらいだろう。
「さすがは最年少にして将軍におなりになった方です。ここまで完全にやつらを征服できるとは。」
感心したように部下の一人が言った。
「油断しないで欲しい。別に僕はそこまで完全なことをしたわけじゃない。」
そう言って、周囲を見回す。
不審な動きをしているものがいないか。
うん、今のところはいない。
そうだ、まだ大問題が残っている。
自分が皇帝の子供の一人であるということだ。
この国では皇帝の子供であること自体には、ただ命を狙われやすくなるだけ、という特典しかない。
母親が皇帝に気に入られ、愛妾として神殿にいる間だけ皇太子としての地位にいられる。
母親が死ぬか、皇帝の機嫌を損ねればそんな地位はすぐ剥奪されるのだ。
そして、皇帝は自分の血をひくものを殺したがる傾向がある。
母親に何かがあったら子供は真っ先に逃げないと、処刑される。
もしかしたら、自分も処刑されるかもしれない。
でも、そうなったら。
皇帝と戦おう。
戦って生き残ろう。
それが自分の望み。
皇帝の地位に魅力は感じないが、まだ死にたくない。
仲間を売った分だけ、長く生きたい。
「いたか。」
近付いてきた部下に尋ねる。
「いいえ。隠し通路も見当たりません。」
面倒なことになった。
「ここで待っていても仕方がないみたいだ。僕も探す。」
歩き出す。
宗教団体幹部のアジトは薄暗かった。
設置されている照明器具が小さなロウソクだけ、というのが一番の原因かもしれない。
部下たちに混じって調べ出す。
今は破壊されているが昔は暖炉だったと思われるもの、燭台、壁、床。
確かに隠し通路があるようには見えない。
しかし、現に幹部は外におらず、隠し通路がなかった場合外に出なければ脱出はできないはず。
再び暖炉の跡を見ていると、何か異質なものが見えた。
レバーだ。
なぜ誰もこれに気付かなかったのだろう。
「ここのレバーを遠距離から引いてみて。」
部下に命令し、暖炉の跡から離れる。
ふと嫌な予感がして振り向く。
「アークめ!覚悟!」
そう叫びながら、軍服を着た青年が大きなナイフを握り締め、こちらに向かってくる。
恨みを買うのはいつものことだ。
待っていてやることはない。
こちらも青年に向かって走る。
一歩踏み込んで青年の隙をつき、手持ちの短剣で相手の喉笛を切る。
筋肉や管が裂ける感触、返り血が頬を暖める。
「アークさま、ご無事ですか!?」
そんな声も遠く聞こえる。
本当に何をやっているのだろう。
大切だったものを全て売り、地位に近づく。
裏切りも経験しながら、近づく。
ああ、本当に、僕は何を。
少年は汗を垂らしながら、上半身をベッドから起こす。
「うわ・・・夢か。」
昨日、友達に預かってくれと頼まれた子犬がベッドの枕元から不思議そうにこちらを見ている。
「・・・もしかして、あのリアルな生ぬるい感触は君が犯人?」
少年は半眼になって子犬を見た。
頬には汗だけでなく、何ものかに舐めまわされた感触がしっかり残っていた。
子犬はくーんとか何とか犬語で何かを喋っている。
「あー、別になつかれるのはいいんだけど、この場合はちょっと。」
そう言いながら、少年は子犬を抱き上げた。
「この場合、正夢になりませんように、って祈るしかないよね。」
言いつつ、子犬と遊んでやる少年だった。
END
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*atogaki*
何となく思いついたので書いたもの。
こんなものに限ってスラスラ書けました。
ものすごくお題通りな内容。