海と大陸



天空大陸上の都市、ティカーノ市。
その中心部にあるアーガスティン大学寮の一室では、とある課題が話題を呼んでいた。
「「海」についてのレポートを書け、なんて言われてもねぇ。」
黒い髪、濃い茶色の瞳の少年がうめいた。
彼は勉強用の机と対になっているイスに、行儀悪く前後逆に座っていた。
「アークじゃないが、「海」って言われても・・なあ。」
ソファに深く腰掛けた大柄な青年はため息をつく。
青年の目の前の机には、「ダーニーボガード冒険記」だの「海洋生物観察録」だのという、古代文字で書かれた本が積まれていた。
大柄な青年の横に、全体的にやや華奢で顔立ちの整った青年が半眼でその資料を見ていた。
「おい、フリスク、どう考えても、レポートの提出期限までにこれを全部読むのは無理だろう。」
「現代語の資料がさっぱりないんだ。インターネットで調べてもいいが、誰がその情報の正誤を判定するんだ?」
青年たちが座っているソファの後ろに、座っている青年もいた。
髪は深い緑色で、真剣なまなざしで古代文字で書かれた本を見ている。
「ディトナ、ちょっとでも内容わかった?」
少年が尋ねると、尋ねられた青年は無表情に答えた。
「わかっていない。専門用語みたいなものが多くて・・。」
ディトナの一言を聞いてから、少年はわかりきっていることを聞いた。
「この中で一回でも海見たことある人、手を上げて!」
誰も手を上げない。
「というわけで、がんばって資料でも読みますか。」
少年は納得したように言って、「海洋生物観察録」を手にとった。
「何もしないよりはいいか。」
「そうそう、フリードリヒの言う通り。さ、がんばって読もうね。」

 部屋の中は静かになった。
全員読書に集中する。
アークはなめくじを大きくして鮮やかな色を塗りたくったような生き物の精密画を見つけて、少しブルーな気分になりつつ本を読み進めていった。
魔法生物学の授業の第一回目にこのレポートが出たのだ。
そのためにこの本を読んでいるのだが。
どうもエビなどの天空大陸でもよく食べられている生き物以外は、見覚えのないものばかりだ。
これでどうやってまとめようか。
「「海」って、そもそもどんなのだっけ?」
アークが言うと、視線を書籍の上に落としながらフリードリヒが、
「プールのようなものが大きくなったものと、どこかにあった。」
と言った。
「俺は水溜りが大きくなったものと聞いたぞ。」
フリスクも言う。
「とにかく、大量に水があって生き物が住んでいればよい、ということ?」
ディトナがまとめた。
「汚染されて、生物が住んでない場合も海でいいのかな?」
「おい、そんな重箱の隅をつつくようなこと、レポートに書くなよ。」
アークが疑問を投げかけると、フリスクがすぐに念を押した。
「書かないよ。でも、まかり間違って出てきちゃったらまずいじゃん。」
「意地でも出すな。それで円満解決だ。」
今度はフリードリヒが言った。
それからもえんえんと読書は続いた。
「それにしても。「海」って、地上では重要らしいな。」
フリードリヒがぼそっと言った。
「どういう風に?資源の出所としてか?軍事関連か?それとも宗教なのか?」
フリスクがすぐに突っ込んだ。
「と、いうよりだ。身近にある場合、そのすべてを含むらしいな。」
「そっか。近くにあるから共生していかなきゃいけないのか。」
フリードリヒの一言に、すぐにアークが答えた。
「あーなるほど。レポートのネタにいいかもしれないな。」
フリスクが本を読みながら、まるで上の空であるかのように言った。
それからもやはり読書は続く。

 数日後、アークたちは何とかレポートをまとめた。
大学の構内にあるレポートボックスにレポートを提出してから、アークが言った。
「昨日してた話、案外役に立ったね。」
フリスクもレポートを提出してから、
「まあな。あとはレポートが及第点を取ることを祈るばかりだ。」
と肩をすくめた。
「次はあの地獄の、実践トレーニングだよな。」
「そうだね・・。何か今回戦わされるモンスターは決まっていないらしいけど。」
実践トレーニングは主に、魔法使いたちがライフクリエーションに関する技術を駆使して作り出した、非常に危険な生物の掃討方法を学ぶ授業だ。
わりと危険なので気は抜けない。
「戦いにくいやつじゃないといいな。」
受講生全員の意見を代表するようなことを言ってから、フリスクは歩き出した。

 どうも今回は特別なモンスターが相手らしく、授業のためのホールは床が水でぬれていた。
ほとんどの学生は、その上を足音も立てずに移動している。
「あ、ディトナ、おはよ。」
アークはちょうど手近にいたディトナに挨拶をした。
ディトナは床を見て考え込んでいたが、顔を上げる。
「おはよう。今日は何と戦うのか、知らない?」
「悪い、知らん。俺もこの床見て、心配になってきた。」
フリスクはわざと音を立てて床の上にできた水溜りに足を突っ込んだ。
「何なんだろうな。」
ピーピー
変な放送が入った。
いつもは授業の単位に関する説明が流れるがどうも様相が違う。
「では諸君の幸運を祈る!」
教授の、何やら切羽詰った声が聞こえた。
アークは足元に気配を感じて、飛びのく。
フリスクとディトナも何かに気づいたらしく、水溜りの上を慎重に移動した。
バシャッ ザーーーーーーーーー
さっきまで三人がいたあたりに、渦ができた。
水は一定方向に向かって勢いよく流れており、ホールの床の形を無視してまるであり地獄のように中心部分がへこんでいる。
その部分から、虫と思われる影がのぞいた。
大きささえもっと小さければ、砂を用いて小型のあり地獄を作り出す昆虫と断定してもいいような形である。
「あふれよ、雷!」
アークが魔術を発行させると、あり地獄の中心部で黄色い線が複数本通った。
ぎゅえええええ、などという声をあげて、あり地獄の王様が穴の中心で暴れている。
「そいつらは海洋系の新型モンスターだ!弱点は・・・あっ、くそ、どこだ!そのあり地獄に飲まれると手ぐらい食いちぎられるぞ!」
ありがたい放送も入った。
どうやら、教授も何がなんだかわかっていないようだ。
なれない大量の水溜りと、新型のモンスターのおかげでホールはいつも以上に悲鳴と怒号が飛び交う場と化す。
「ジャック、そこだ!来るぞ!」
「うああああ!助けてくれー!」
「助けてほしかったら、ちょっと動け!あり地獄と一緒くたに攻撃食らわすぞ!」
「うそだろ!?」
「ひいいいいい、ここに来たああ!」
「どいてろ!ほら、おまえも魔術の一発くらいおみまいしてやれ!」
そんな中、アークたちはかなりまともに動けた方だった。
何かの気配を感じるとか、そういったことができる3人である。
射程の都合で、剣は全く使えない。
足元に気配を感じると、アークはほぼ反射神経で魔術を発効させた。
床下から何かが感電しているような音が、わずかに聞こえてくる。
ただし、床上の声には全くかなわないような大きさの音である。
「何考えてるんだよ!?素人がうかつに立ち向かったら騒ぎになるようなの出して!」
「ホントにな。助けに行くぞ!」
「私も行く。」
三人にとって長い長い授業時間(体感)はまだ始まりたてだった。

 さっきの時間は大変だった。
アークはしみじみと思い出した。
いっしょに歩いているフリスクの顔を見ると、似たようなことを思い出しているらしい。
「大変だったね・・。」
「ああ、海なんか嫌いだ・・。」
後日、あり地獄(海バージョン)はライフクリエーションの教授が、ジョークのために作ったが大きくしすぎてしまい、実戦トレーニングの授業に急遽使われたということが判明し、学生たちの強い脱力感と愚痴を誘ったがそれはまた後日の話。
END





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*atogaki*
お題が海という深遠そうなものにも関わらず、より一層のスチャラカギャグになりました。
やはり、朝の5時に起きた日に大学のコンピューター室で小説を書いてはいけないのかも。
限りなくすちゃらかです。