夏休み一歩手前



天空大陸上の都市ティカーノ市。
そこにある国立アーガスティン大学の一室では筆記試験が行われていた。
黒い髪濃茶の瞳の少年も真剣に問題に取り組んでいた。
記述式の試験で、今まで戦わされた魔物たちの弱点や特徴などが問題になっている。
かりかり かりかり
何かを書き込む音が聞こえる。
焦るな、少年は自分にそう言い聞かせながら、落ち着いて記述していく。
氏名欄にはアークとだけ書かれている。
やっと全ての記述が終わって見直そうと思ったとき。
「試験時間は終了しました。鉛筆を机に置いてください。」
試験官に言われて、少年は仕方なく鉛筆を机に置いた。

 試験が終わると少年は同じ教室にいた大柄な青年に声をかけた。
「フリスク〜、見直す時間なかったよ。」
そう言われて、青年も難しい顔になる。
「いいじゃないか。俺は9割書いたところで試験が終わったぞ。」
互いに言い合ってから、ため息をつく。
「私も9割しか書けなかった。」
無表情な青年がいつの間にか近くに立っていた。
「まあ、次の試験だよね、問題は。」
「ああ、戦闘訓練と発展系魔法学が共同でやるテストだろ?お前らA組か?」
「うん。どんな問題が出るのだろう。」
「僕もA、難しくないといいね。フリードリヒはE組だよね。」
「ああ、そうだ。」
三人それぞれ思いをはせたが、想像がつかない。
戦闘訓練の試験だけにアウトドアな内容になりそうなのが恐ろしい。
「じゃ、移動しますか。」
それからもブツブツと試験の内容についての推測を口にしながら、三人は歩いていった。

 試験会場は机が普通に並び、廊下側には窓のない教室だった。
アークの場合、これでテストは終わりだ。
テストにあたりたいていの学生は発展系魔法学で配られたプリントを見ている。
もちろん、アークたちも例外ではない。
プリントを眺めていた。
がしゃんがしゃん
金属製の何かが運ばれる音がした。
それまでプリントを見ていた学生の視線が音源に集まる。
音源は檻だった。
檻の中にはニワトリが入っている。
ニワトリの首には番号札がつけられていた。
「学生のみなさん、これからくじを回しますから自分のナンバーを覚えてください。」
嫌な予感がしてきた。
「ナンバーってさ・・・・もしかして、一人一羽あたるの?」
「かもしれないな。」
「でも、ここはニワトリを放すには狭い。」
「もしかして、それがポイントなのかな。」
アークたちは小さな声で話していたが、どの学生も小さな声で話していた。
やはり不安なのだろう。
そうこうしているうちにくじが回ってきた。
アークの番号は32番。
フリスクは51番、ディトナは22番だった。
「では、全員の番号が決まりましたので、試験を開始します。課題は自分の番号のニワトリをヒヨコに変えることです。テストが完了した人は教室の外に出てください。では、開始!」
檻からニワトリがあふれ出した。
アークは手近な一羽をつかんでみたが、そのニワトリのナンバーは12。
すぐに放す。
ごん
ニワトリを追い求めることに必死になっていて、机に足をぶつけた。
なかなか痛い。
少し冷静になって周りを見てみると、テストを受けている学生はしょっちゅう体のどこかをイスや机にぶつけていた。
小柄な自分はマシな方らしい。
こちらにニワトリが一羽走ってきたので、むんずとつかむ。
ナンバーは45、これも違う。
アークは教室の隅にいるニワトリを見つけた。
捕まえてみると、ナンバーは22だ。
「ディトナー!見つかったよー!!」
アークが叫ぶと、ディトナがやってきた。
「アーク、ありがとう。」
そして、ニワトリをヒヨコに変えるべく、魔術を唱える。
「その身よ、変化しろ!」
ニワトリは立派なヒヨコまんじゅうになった。
「あ。」
気が抜けたようにディトナがつぶやく。
アークも気が抜けたが、ディトナにばかり構っていられない。
「成功するまでがんばってね!」
と言い置いて、自分のナンバーのニワトリを探しに行く。
それから、ニワトリをつかんでは放しつかんでは放しを繰り返す。
組別に試験をしているためニワトリはそんなに多くないはずなのに、なかなか運命のニワトリに出会えない。
そうこうしているうちに、教室にいる人間は減ってきていた。
みんな確実に運命のニワトリに出会えたようだ。
「おい!アーク!32番がいたぞ!。」
フリスクが叫んでいる。
アークは慌ててそちらに向かった。
フリスクが足を大胆につかんでいるニワトリを見ると確かに32番だった。
「ありがとう!よし、その身よ変化しろ!」
アークが魔術を使うと、ニワトリはすぐヒヨコになった。
「じゃ、フリスクがんばってね!」
アークは出口に向かった。
試験官にヒヨコを渡し、名前を言う。
そして、教室を出た。

 アークは大きく息を吐いた。
これでテストは終わりだ。
一個でも単位を落とせば、奨学金が打ち切りになる。
「アーク、お疲れさま。」
ディトナがアークの肩を叩いた。
「ディトナこそお疲れさま。あれからすぐヒヨコできた?」
「できた。ありがとう。」
フリスクは苦戦しているらしく、まだ教室から出てこない。
「ディトナはテストもう終わり?」
「まだ。外国語9が残ってる。」
「がんばってねー、僕はこれで終わり。」
などと和やかに会話しているとフリスクが教室から出てきた。
「フリスク、お疲れさま。」
「フリスク、お疲れー。」
「全くだ。いつまで経っても見つからん・・・。」
半そでからのぞくフリスクの両腕は、ニワトリに引っかかれたあとと机・イスで打ったあとでいっぱいだった。
大柄なだけに机などの障害物がものをいったのだろう。
「フリスクはテストもう終わり?」
「ああ。あとは結果発表だな。」
「じゃ、僕はゆっくり部屋に帰るよ。」
「俺は購買に用があるから、そっち行ってから帰る。」
「私はテストがある。」
三人三様の用を言ってから、別れる。
あとは一週間後の結果発表を待つだけだ。

 それから一週間後。
寮の郵便受けを見に行くと、寮住まいの学生でいっぱいだった。
アークは自分の郵便受けを探す。
そして、結果が書かれた表を見る。
全部トップランクで合格。
これで奨学金は今後も支払われる。
安心と同時に疲労からくるため息が出た。
これで平和な夏休み突入だ。
結果発表の紙を折りたたむと、誰と話すでもなくアークは自分の部屋にゆっくりと戻った。
END





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*atogaki*
書いてから思ったこと、この世界にヒヨコまんじゅうなんてあったのか!?
いや、絶対ないとは言い切れないけど。
また、おバカな話を展開しております。
ここまで読んでくれてありがとうございました。