そんなこんなで


天空大陸上の都市ティカーノ。
そこの代表的な大学アーガスティン大学寮では一人の少年がパソコンを前に頭をふらつかせていた。
パソコンに当たりそうで当たらないのがポイントだ。
閉められた部屋のカーテンから薄い日がさしている。
がしゃっ
軽い音がして少年の頭がパソコンのディスプレイに激突した。
そこではじめて少年は自分が居眠りしていたことに気付いたらしく、時計を見る。
「しまった!このレポートあと五分で出しに行かなきゃ!」
少年は小さく舌打ちしてそのレポートをプリントし始めた。
ちなみに、レポートの表紙にはアーク、と少年の名が記されていた。

 テレポテーションで学内のレポートボックスに移動したアークはため息をついた。
これであとしばらくレポートの提出はない。
小テストが明後日にあることを考えると、さっさと部屋に帰って勉強するのがベストだろう。
もうレポートの締め切りの時間らしく、職員らしき中年男性がアークがレポートを入れたボックスを開けている。
そこに。
「すみません、これを提出します。」
そう言って歩いてきた青年がレポートを中年男性に差し出した。
深緑色の髪の青年はレポートを中年男性に渡すとアークに向き直った。
「おはよう、アーク。」
「おはよう、ディトナ。」
「そういえば、今日の午前だ。」
ディトナはそう言って、少し首をかしげた。
「え?何かやっかいな行事でもあったっけ?」
アークが尋ねるとディトナは何か答えようとした。
その時。
ブレザーを着ているが全く似合っていない青年たちが現れた。
一人一人顔を覚えているわけではないが、アークの同級生ではないようだった。
もっと言えば、アーガスティン大学の学生ではないように見える。
「もしかして、このチビか?」
「小さいな、完全にガキじゃないか。」
「こんな小さい手で剣なんか扱えるのか?」
何か好き勝手なことを言っている。
確かにチビで手のひらも小さいが、なぜ初対面の人間に正面から言われなければならないのだろう。
初対面の場合、普通は思っても言わないようなセリフである。
「すみませんが、どちらさまでしょうか?」
アークが尋ねると、青年たちの代わりにディトナが答える。
「ティカーノ市立大学の魔法学部軍事研究学科の人。」
「・・・・え?大学生なの?」
アークはじろじろと遠慮なく青年たちを見た。
無駄な筋肉がある人もない人もいる。
全体の傾向として老けた顔の人が多く、学生よりはプロの軍人に見えてしまう。
ティカーノ市立大学といえばアーガスティン大学と並んで有名な大学だが、何か交流があるなどということは聞いたことがない。
「ふん、度胸はすわっているようだな。」
そう言ってこちらを鼻で笑ったりしている。
「で、この老け顔集団と何するの?」
アークがディトナにそう言うと、ティカーノ市立大学の学生たちの顔が凍りついた。
一触即発、触れば切れる、まあそんな感じだ。
「アーク、本当に知らない?」
「うん、心当たりないけど。」
「今日はティカーノ市立大学との交流の日。」
「はい?」

 その日の戦闘訓練用ホールには成績上位のティカーノ市立大の学生とアーガスティン大学の学生が集まった。
「あ、フリスクも来たんだ。」
アークは贅肉などこれっぽっちもなさそうな青年に話しかけた。
体格だけは群を抜いていて、いかにも格闘技ができそうな青年である。
「ああ。一年同士の決闘だろう?」
そう、あれからフリスクに話を聞いてみたところ、ティカーノ市立大の学生とアーガスティン大学の学生の交流のことがわかった。
一年生同士が毎年、魔法・魔術の使用は禁止で格闘するのだそうな。
貧弱な体格のアークは全然参加したくなかったが、仕方なくついてきたのだ。
何となく伝統になっているらしく、ティカーノ市立大の学生たちの方が気合が入っていた。
「俺だって、できれば明後日の物理の勉強をしたいが、一応来たんだ。アーク、お前が最後に格闘しろよ。俺はさっさと終わらせて勉強する。前みたいに追追追試まで残るもんか。」
フリスクまでどことなくイヤそうである。
「大丈夫だって。今度こそ追追追追追試には受かるって。僕だって今回のテスト落としたら奨学金が減るんだ、困るもん。」
「世辞はいい。お前最後にしろよ。」
「ちぇっ、世辞だってバレたか・・・・。でも、やっぱりとりは立派な体型のフリスクが。」
「おい。」
なぜか、ティカーノ市立大の学生に話しかけられた。
その学生はフリスクより一回り小柄だった。
「アークとやら、おれと勝負しろ!」
「イヤですよ。僕、こんなに幼いのにどうするんですか。」
ひたすら逃げるタイミングを探りつつ断ると、ティカーノ市立大の学生は鼻息荒く押してきた。
「おれはキサマのせいで彼女にフラれたんだ!筋肉のいかつい男より、かわいらしいチビの方がいいってな!」
それは僕が原因ってことなの?
単に相手がショタコンだってことじゃないのかい?
言いたいことはいろいろあるが、ぐっと抑えてみる。
「でも、僕はほら、吹けば飛びそうな体格ですから殴っても気が晴れないと思いますよ。」
「いいや、キサマの相手はおれだ!ティカーノ市立大代表としてキサマを倒す!」
うわあ、完璧に巻き込まれた。
アークはため息をついた。

 結局、アークは最後に試合を行うことになった。
今は最後から二番目のフリスクの試合である。
やはり体格で勝るからなのか、試合の展開はフリスクがリードしている。
フリスクの拳が相手の腹に食い込む。
しかし、相手も黙ってはいない、殴り返していく。
筋肉同士がひしめき合い、窮屈そうな低い音が響く。
これぞ格闘技。
次の試合が自分だと思うと憂鬱な気分になれる。
音もなくフリスクの一撃が決まった。
相手は倒れたまま起き上がらない。
しばらくは沈黙が続いたが。
「・・・・やった!」
フリスクが小声で言うと、いつの間にか増えているアーガスティン大学側のギャラリーが声を上げた。
次、だよね。
アークはため息をつきながら、運ばれてゆくティカーノ市立大の学生を見送った。
次は僕がああして運ばれてゆくわけだ。
アークはホールの中心に立った。
目の前にはあの学生がいる。
「永遠帝に正当なる試合を誓い、参る!」
顔に迫ってきた一撃をかわす。
こちらも相手の足に軽い一撃を加える。
しかし、筋肉むきむきの体躯には何のダメージも入らなかったらしく、足払いがかけられる。
避けた拍子に腹に一撃を食らう。
幸い朝食は採っていないので吐くことはない。
ここで引っ込むわけにもいかない。
こちらもあごに拳を打ち込む。
相手が一歩下がる。
そして。
「ぐっ!」
胸倉を掴まれた。
足で相手を蹴ってみるが、どうもダメージを受けたようには見えない。
逆に首をますます絞められた。
やばい、窒息する。
バチッ
魔術を用いて静電気程度まで手加減した電気を叩きつけてみる。
しかし、首の絞まり具合はゆるくならない。
バチバチッ
先ほどより強めの電気を魔術を使って送ってみるが、やはり相手の力の入り具合はゆるくならない。
必死で抵抗するが、首の絞めすぎで意識が遠くなる。
たいした格闘もしていないのに、無様だ。
もしかしたら、なまったのかもしれない。
最近は人を殺していないから。

 目が覚めると、真っ白なものが見えた。
天井と仕切りのカーテンの色だ。
何回もお世話になっているからわかる、ここは医務室だ。
「あんなに子供の首を絞めて、これ以上危険なことになったらどうするつもりだったんだ。」
医務室のおなじみの職員の声が聞こえる。
「すみませんでした。」
あのティカーノ市立大の学生の声も聞こえる。
「あんた、アークの首を絞めてる間、我を忘れてただろ。俺が止めなかったらどうしてた?」
フリスクの声だ。
首に軽く触れてみる。
少しだけ、痛い。
もっとも、激痛がするほどならば病院に行かなければならないが。
ベッドから上半身を起こす。
軽い吐き気もした。
そういえば、殴られたっけ。
ゆっくりとベッドから起き上がり、カーテンを開ける。
「お、気付いたか。」
フリスクは気楽そうに右手を上げた。
こちらも何となく右手を上げてみる。
「うん、ありがと。」
「全く。軽い怪我で済んで幸いだったな。今度から無茶な格闘戦に挑んじゃならないぞ。」
医務室の職員にも言われた。
わかってる、もう何があろうと格闘試合だけはするまい。
「ホントにすみませんでした。」
ティカーノ市立大の学生に頭を下げられた。
アークはじっとその学生を見つめながら言っておく。
「気は済んだ?」
「・・すみませんでした。大丈夫ですか?」
「おおよそ大丈夫。ま、気が済んだならもういいよね。」
学生は再び頭を下げた。
こうして、騒がしい午前は過ぎていった。

 後日の昼休み、何とか小テストも乗り切り、アークは伸びをしていた。
「ほう、そんなことがあったのか。見られなくて残念だった。」
容姿端麗な青年が本当に残念そうに言った。
「フリードリヒに見られなくてよかったよ、史上稀に見る無様な姿を。」
アークは吐き捨てるように言った。
「しかし、あれは危なかったな。俺が止めるまでずーっと首絞めてたからな。」
「全く、僕は死ぬかと思ったよ。」
「ま、二度はないから大丈夫だろうさ。」
アークは自分の首をそっと撫でた。
に・ど・と、格闘試合なんかありませんように。
こうして昼休みは穏やかに流れていった。
END




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*atogaki*
まだ今回は更新が早かった方かな。
朝というお題に微妙に沿ってない一品(午前ってだけだ・・・・)。
格闘シーンがずたぼろです、まじで失敗したような気が。
そして、総ギャグにしようとしたら、アークの方からちょっとした邪魔が。
いいけどね・・・。