世界はたいてい謎に満ちている。
人間が勝手に謎と思い込んでいるものもあれば、誰かが隠したものもある。
ただ、謎など何もない、ということは往々にしてない。
・・・なーんてことを誰かが本まで出して言ってた気がする。
そんなことをぼんやりと考えてから、少年はため息をついた。
それだけ、自分は困惑している、ということだろう。
少年はさっきまで天空大陸上の都市ティカーノ市の中央街で買い物をしていた。
その証拠に、少年の手には紙袋とビニール袋がぶら下がっている。
自分の名前はアークで、今はアーガスティン大学の1年生。
よし、必要最低限のことは思い出せた。
それにしても。
買い物をそれなりに楽しんでいるときに、突然どうにも不可解な魔法が発動しここに連れて来られたアークだが、今の状況は予想を超えるものだった。
空間と空間をつなぐ魔法ならアークの得意とする分野である。
その自分が全力で抵抗しても、ほとんど歯が立たないような、他の空間に他人を強制的に飛ばす魔法。
まず、そんな魔法を使うようなやつとパワー全開で戦ったら(いろいろと)無事ではすまない。
それ以前の問題で、まずこちらも現実逃避をやめなければ。
アークは足元を見た。
踏むとバキバキと鳴る、白く不気味なカルシウムの塊が土が見えないほど積み重なっている。
この景色はずっと続いており、いびつな形の地平線を形作っていた。
ここにある骨の数ほど、果たして天空大陸に人がいるのだろうか。
頭蓋骨に耳を当てると激しい怨嗟の声が出てきそうな気がする。
ここまで考えてから、アークはため息をついた。
相手が手間をかけずにテキパキと自分を殺そうと思っているなら、間違いなく今頃何らかの形で奇襲を受けている。
事態がそういう方向に動いているのなら、こちらも全力でやり返してやれるのだが。
「狙いは・・・何かねぇ。」
アークは声に出した。
この空間のどこかに罠を仕掛けてアークを殺す気でいる、陰気な心意気の持ち主が空間の創造者かもしれない。
他人がコントロールしている空間で余計な魔法は一切使いたくないため、少年は地道に歩き出した。
アークはだんだん歩くことに飽きてきた。
歩いても歩いても見えるのは人骨ばかり。
終わりのない肝試しをさせられている気さえする。
足元からする何かが折れたりする音が、神経に障る。
魔法を使えば少しだけ浮遊することもできないではないが、うかつに使うとコントロールに失敗しそうで気が乗らない。
こんなところで魔法のコントロールに失敗して、人骨の中に埋没したり、人骨と一緒に浮き上がるなどという事態は避けたい。
飽きたし帰って大学の宿題をやりたいのだが、非常に困ったことにどうすればここから出られるのか、糸口すらつかめていない。
「ちぇー。」
この空間には自分しかいないことを自覚していたが、アークは声に出した。
どうやってここから出ればいいのかわからない。
立ち止まっても滅入りそうな景色が広がっているだけだし、歩いた方がいいか。
もし足元の骨が、スケルトンと呼ばれる骨だけで元気に動き回るモンスターだったら真剣にヤバイが、今のところ差し迫って危険なことにはなっていない。
それにしても、イヤな空間だよねぇ。
アークは無表情にそんなことを考えつつ歩いていく。
よく見ると、足元の骨は人骨だけではなかった。
鳥も犬も猫も、ほとんどの脊椎動物の骨がそこにはあった。
ただの肝試しなら、悪趣味が極まり過ぎだ。
より不気味な点は、野ざらしになっていたように見える骨がこれだけ大量にあるにもかかわらず、全く臭いがしないことである。
死体など1体でもあれば、強烈ににおうはずなのにだ。
人間が作った空間でどれだけ物理化学の法則が通用するのかは謎だが、気にしておいた方がいいだろう。
この空間を作った人間について推測しておいても損はない。
そんなことを考えながら歩いていると、塀が見えてきた。
その塀は雲と青空を映したような色のレンガを組み合わせた、美しいものだった。
塀の向こうには同じような色合いの城とおぼしきものが建てられている。
足元さえ気にならないなら、いい景色かもしれない。
僕は気にするタイプだし、気持ち悪い景色だと思うけど。
それに、この景色が皮肉に見えてならない。
あの骨が天空大陸の中心から外れた地区、城や塀が中心部、といった具合だ。
何にせよ、うっとおしい景色である。
アークは城を見上げた。
この城が空間の中心たしく、城からは強烈な魔力が伝わってくる。
ゆっくりと歩いていくと、アークは塀の前で立ち止まった。
どうもこの城を何とかすればショッピングセンターにもどれそうだ。
アークは覚悟を決めて、空間の力を利用した強烈な破壊魔法の構成と、脱出用の魔法の構成を同時に組んだ。
わずかでも魔法の構成や、発行のタイミングを誤れば、足元の白骨よりすごい死体になるのは間違いない。
何となく、そんなどうでもいいことをちらりと考えてから、魔法を発行させる。
視認することは不可能な、強い力が城全体にかかった。
力が城にはたらいている間に隙を見つけて脱出するつもりのアークだったが。
「・・!」
冷や汗だか脂汗だかわからないものが、背中やこめかみを通った。
最大の力がかかる構成を組んだはずなのに。
その力は全てまともに城にかかっているというのに。
「何も起こらない!?」
思わず少年は叫んだ。
城はかなりの空間法則による物理攻撃を受けることになったはずなのに、見た目はおろか、鋭いアークの感覚でも何も変わったことは感じられない。
塀の向こうがワナだらけである可能性は十分あるが、こうなったらどうしても行かねばならないだろう。
アークは城を見た。
何が何でもここを出て行ってやるっ!ついでに作ったやつもボコボコに叩きのめす!
決意も新たに、少年は門を探し始めた。
門はほとんど歩くことなく見つけることができた。
塀をよじ登る羽目にならずに済み、アークはちょっと安心した。
門をくぐった瞬間何かが起こるといけないので、防御用の魔法をいつでも発効できる状態にしてから、門に近付く。
門をくぐるまで、3、2、1。
アークは門を通り過ぎたが、何も起こらなかった。
門の内側は、塀や城の壁よりも透明度の高いものでできたレンガが張り巡らされていた。
まるで公園のように、木の周りは腰掛けられるようなレンガ造りになっている。
死に際にでも見そうな、美しい植物がこの庭園を彩っていた。
植物は全て、濃い色ではなくパステルカラーだったため、余計にそう見える。
植物の根元にある茶色っぽいしゃれこうべがものすごく気になるが、それさえなければ素直に感動できそうだ。
思い切った皮肉だね、としかアークは思わなかったが。
空間を作った人間はよほどの骨好きだろうか。
ややグロい中庭をいいかげんに歩いていくと、城の正式な玄関口と思しき場所に着いた。
扉はややこしい彫刻が刻まれた金属製のもので、子供一人の腕力で動きそうなものには見えない。
周りを見ても、何の仕掛けも見当たらない。
念のため、アークは手持ちのナイフを軽く扉に突き立ててみた。
実は生きてて人を食べる扉だったら間違いなく刺さるし、触れるもの全てを引きずり込む扉だったらナイフが吸い込まれる。
カチン
ナイフは扉に当たって音を立てた。
少なくとも触れるもの全てに対して無差別に働くようなワナはないようだ。
しかし、扉にはノッカーだとか引き手だとか入りやすさを演出するようなものは何もついていない。
ひたすら高そうな彫刻がほどこされているのみである。
押せばいいかな。
アークは防御用の魔法の準備だけしてから、妖精の姿が芸術的に彫られている扉を無造作に押した。
すると、扉は重そうな音を立てて、誰かが内側から引いているかのように開いていく。
扉が開くと、玄関ホールがあった。
青い曇りガラスのような色の壁と床が美しく光り、うかつに絨毯を引くとセンスを疑われそうな様相である。
なぜか玄関ホールには形だけは古風なハープが置かれていた。
魔術を用いて分析してみると、その半透明ハープは完全な機械だということがわかった。
ハープは自動演奏をしているらしく、ひとりでにリラクゼーションミュージックと思しき音楽が流れ始める。
天窓からの柔らかな日差しがスポットライトのようにハープを照らし、優雅さを演出していた。
何コレ。
アークは首をかしげた。
外の景色との凄まじいまでのギャップ。
この中途半端な歓迎ムードも気に入らない。
帰る方法わかったら、さっさと帰る!
アークはそう思いつつ歩いた。
どうにも居心地の悪い空間だ。
隙を見せずに、なおかつリラックスしているかのように周囲を見回しながら、考えてみる。
あの外の大量の骨。
自分の考えたこと(想像したこと)をそのまま実現できるのが空間創造のおもしろさであり楽しみだが、あんな数の骨を想像するのはけっこう大変なのではなかろうか。
ホラーでもああいったものよりはスプラッタの方が多い気がする。
あと、どうにも解せないことがもう一個。
この城のひとけのなさ。
ここが空間の中心になっているのだから、当然施術者もここを基点として空間を作っていくことになる。
つまり、この城の中に一度は入らないとここまで魔法としての完成度の高い空間を作れない。
必ず一度は人が来ているはずなのだが、どうしても生き物の気配を感じない。
これが意味するのは、作ったものが生物ではない、もしくは、この空間はかなり昔に作られ施術者が死んだ今でも存在だけはしている、というところだろう。
後者だとすると、もし無事にこの空間を出られても、後々やっかいごとが山のように待っている。
天空大陸は謎に包まれた大陸だ。
優れた空間魔法の技法を利用して作られてたのは間違いないと言われているが、皇帝以外誰もその誕生にまつわる話を知らない。
天空大陸の出生の秘密が、古代に生み出された人口空間に隠されているという話を知らない人間はたぶん大陸上にはいないだろう。
もしも、その古代に生み出された人工空間だとしたら。
天空大陸の謎への答えは誰もが追い求めている。
アークがその一端に触れたなどという話が、たとえデマであっても流れたら、宗教団体から政治団体から暴力団体から追われまくることになる、間違いなくだ。
現代に存在するものが作った空間であることが確実に証明されない限り、空間を出られても、このことは黙っておくのが得策だろう。
城内の雰囲気はアークの殺伐とした考えからは程遠く、なぜかやたらと歓迎ムードになっていた。
空間自体に感情はないが、ある程度空間の持つ空気が読めれば確実にわかるくらいには、歓迎ムード。
何だってこんなところでいきなり歓迎されなければならないのか不明だが、アークは我慢して歩くことにする。
ホールからしばらく進んだところに立派な扉があった。
ゆっくりと慎重に扉を押してみると、向こうは食堂になっているようだった。
どう見ても、下働きが食事を取るような場所ではなく、城主などの地位の高い人間が食事をする場所のように見える。
幻想的な美しい家具が置かれ、大きなテーブルの主賓席の部分にだけ、大きな皿とナプキン、たくさんのナイフとフォークにカップアンドソーサーまで置かれている。
なぜかこういった席につきもののワイングラスはない。
誰の分の食事だか知らないが、フルコースでも出す気なのだろうか。
こんなところで食事をする度胸のあるやつがそんなにいるとは思えないが。
だいたい、普通の人間に食べられるような食材が城内にあるのだろうか。
アークは部屋を出た。
たぶん、城の一階と二階の部屋はほとんど見た思う。
その上で感想。
何ここ?
もうそうとしか言いようがない。
下働きが入るような部屋のドアは全て開かないが、賓客が入ると思われる浴室の浴槽にはたっぷりと湯が張られ、書斎と思しき場所には本棚しかない。
ついでに言うと、浴室には様々な香油が置かれ美容に良さそうな薬剤が大量に置かれていた。
ラベルの類は全て古代文字で書かれていて、読めないことはないが細かいイントネーションがわからない。
高級客室と思われる部屋の扉も開いたが、ベッドが整えられておりルームフレグランスだの暖かい紅茶だのが置かれていた。
僕にゆっくりしてけとでも言いたいのかー!
アークが心の中で絶叫したのは言うまでもない。
こんなところでゆっくりするより、ジェットコースターに乗りながら無理やり優雅なティータイムを過ごす方がまだマシだ。
といった具合で、とにかく最重要人物でも城に来たかのような状態になっている。
それも全て一人分だけが準備されているのだ。
まさかね、とは思いつつもアークは、自分が重要な賓客扱いされているかもしれない可能性を視野に入れた。
アークはどう見ても王の間に続いているやたら広い通路を歩いている。
王の間に出たら、本当に何が起こるのか想像もつかない。
気をつけなければ。
この城は全体的に装飾が美しく一個の芸術作品のようになっているが、この通路はもっとも豪奢だった。
壁には色つきのガラスが絵画のようにはめられている。
天井は宗教的な紋様のように柱がいくつか曲がりくねり、ガラスと共に美しさをかもし出している。
床はどう磨いたのか不明なほど輝いてる。
アークは自分の歩いてきた床を振り返ってみたが、アークが通る前と何も変わらず輝いている。
王城というより、宗主の持ち城らしいかもしれない。
しばらく歩いていくと、アークの身長でも外が見られそうな窓があった。
そこから外を見ると、やはりり中庭はパステルカラーな空間になっているし、その外は白と茶色のカルシウムで彩られた空間が広がっている。
それを確認すると、アークは再び王の間を目指した。
進んでいくとホールのような場所に出た。
貴族向けのダンスパーティーでもするような場所だろう。
天井には複雑に光を屈折させるシャンデリアがぶら下がっていた。
ホールの中央には幻ではないかと疑うような美しい花が力強く生けられた花瓶がのったテーブルがあるのみである。
小さめの華奢な階段には優雅にくねくね曲がった手すりがくっついていた。
普通、この階段の先にすぐ王座があるような気がするのだが、その先にはまた通路が続いている。
しかも、アーク程度の体格でも狭いと感じられそうな細い通路だ。
アークはため息をついて、その通路を先に進んでいった。
城主に挨拶をするためだけに、この城の利用者はどれだけ歩かされるのか。
一本道なのでさすがに迷いはしないが、ひたすらうっとおしい。
通路は今までとはうって変わって薄暗かった。
通路の両脇には無骨な全身鎧が数え切れないほど立っていた。
それぞれ槍や騎士剣を持っている。
アークの感覚は、それらがいつ動き出してもおかしくない、と訴えかけてくる。
中に人は入っていないが、魔法仕掛けで動く鎧だ。
動いたら全力で叩きのめすつもりだが、別に動くわけでもなし放って置けばいいだろう。
通路を抜けると、王の間のような場所に出た。
王座の部分が一段高くなっており、神秘的な具合に光が王座に当たるようになっている。
后が座るような場所はなく、本当に王座しかないので何となく裁判所の裁判官の席のようだ。
王座の周辺でとても気になることがある。
アークは階段をゆっくり上った。
王座には複雑な刺繍が施されたクッションがいくつか置かれ、・・その上に豪華で重そうな王冠が浮いている。
王冠は豪華に見えても安物の宝石とメッキでできているようだった。
この空間が人工物であることから考えて何か意味があるのかもしれない。
王冠からは強い魔力を感じる。
この王冠が空間の核、完全な中心であるようだ。
王冠を壊してしまえば空間自体が壊れるかもしれない。
いい手か悪い手かはわからないが、できないわけではない。
「・・・いちか、ばちか・・。」
アークは硬い声で呟く。
それから、王冠を睨みつけて。
「壊れろっ!」
魔法を発効させる。
王冠が炎を氷に包まれ、金属が砕ける音がして。
気付くとアークはショッピングモールに荷物を持って立っていた。
アークはゆっくりと買い物を済ませてから大学寮に帰った。
どうもあの怪城のおかげで疲労感が大きい。
化学の宿題もあるがひとまずそれは後回しにすることにする。
アークはパソコンを立ち上げた。
情報を収集するべく、いくつかのキーワードで情報を探してから、すぐに電源を落とす。
・・・あの城のものと思われる情報はあった。
あったが。
「誰も門から先に入れなかったって・・・!」
アークはイスの肘掛を叩いた。
これは本格的にまずいことになった気がする。
あのことは誰にも言わないのが一番いい。
他の人間が入れないような場所に入り込み、あまつさえ王冠を壊したなんて、言っても得をすることはない。
アークは萎え気味の気力を振り絞って、化学の教科書と問題集を探した。
END
back
*atogaki*
というわけで、単に謎が増えるだけ。
いつもより少し不健全度アップかもしれない。
まあ、・・そんなかんじで!