幻想


ある日、その人は邸宅の裏ホールにいた。
きれいな人だった。
物腰が柔らかく、本当に本当にきれいな人だった。
栗色の髪、濃い茶色の瞳、今はやっているドレス、傷が見当たらない手足。
その人と少し話していたら、父が真っ赤な顔をして大量の汗をかきながらこちらにやってきた。
父の愛人の一人だろうか。
でも、覚えている。
その人がいなくなったあと、その人のことは一切口外してはならない、と父に言われた。
わけがわからないまま時は過ぎて。

 黒い髪に濃い茶色の目の持ち主の少年は、宿題をやりながら友人の話を聞いていた。
「アーク、悪いんだが、俺の妹の誕生日パーティーに出てくれないか?頼むから。」
大柄で筋骨たくましい青年が言った。
「別にいいけどさ・・・・でも僕、ろくな服ないよ。」
アーク少年はどうでもよさそうに返事をした。
「入学式に着てた服あるだろ、あれでいいんだよ。」
「フリスクも何で僕を誘うかな。明らかに素性が変な人間入れていいの?」
「いいんだよ、うちはそこらへんは結構奔放だから。」
だいたい父の愛人が何人来るかでトトカルチョをしたいぐらいのパーティーなのだ。
アーク程度なら問題はないだろう。
「わかったよ。で、物理化学の解答これでいいんだよね?」
アークが持っていたノートをフリスクはのぞきこんだ。
「いいんじゃないか。俺といっしょの解答じゃないか。」
「ありがと。」

 そして、誕生日パーティーの当日。
立食形式のパーティーがティラモーエ家の中庭で行われた。
ティラモーエ家の一員であるフリスクも忙しそうにしていた。
「まあ、ではあなたのお誕生日は移民祭の日ですの?」
アークより背の高い少女が微笑みながら言った。
彼女はフリスクの何番目だかの妹で、アークよりは年上だ。
「母が僕を産んだときに亡くなって、本当の誕生日はわからないからそう言っているんです。」
アークは何となく目を伏せた。
「おつらいことを言わせてごめんなさい。」
相手の少女に謝られた。
謝んなくっていいんだよ、母のせいでよく刺客に襲われた思い出がまざまざと思い出されただけだから。
母は一体何をしていたのか、アークは母の息子という理由で襲われることがある。
「いえ、どうぞお気になさらず。」
アークは笑って言った。
「あら、友人が着ましたわ、ではここで失礼させていただきますわ。」
そう言って、話していた少女はアークのそばを離れた。
「ふう。」
アークは息をついた。
これでパーティーの食べ物を食べる時間ができた。
せっかく一張羅をクリーニングに出してまで出席したのだ。
食べるだけ食べなければ。
アークが取り皿を手に食物の方に行こうとすると、
「ちょっと待て。」
と止められた。
声がした方を向くと、アークと同じくらいの体格の少年が立っていた。
赤茶色の髪を短く切りそろえ、目はややきつい光を放っている。
「こんばんは、初めまして。」
アークが挨拶すると、少年はアークの身なりをじっと見た。
それから、ふん、と軽く鼻で笑った。
一体何しに来たんだこいつ。
遠目から見たって僕の衣装がボロいことくらいわかるでしょう。
「こっちこそ、初めまして。アーガスティン大学の魔導学部の学生でしょ?」
その少年は名乗らずにこちらの身分についてふれた。
「ええ、そうですけど、あなたはどういった方ですか?」
「ボクはアーガスティン大学の医学部だ。」
アークと同じく飛び級の天才らしい。
「そうですか、失礼しました。」
謝る気は全くないが、口先だけは一応謝ってみた。
「そこでだ、ボクと勝負しろ。」
はい?
勝負?
医学部の学生と魔導学部の学生の?
一体、何を競えというのさ、共通点ほとんどないじゃん。
「あそこにクッキーが積んであるだろう?」
少年が指差す方向をみると、クッキーが四角くのように積まれていた。
まるでジェンガのようだ。
「あのクッキーの山から一本ずつクッキーを抜いて崩れた方の負けだ。ちゃんとお嬢様には許可をとっている。」
何て意味のない勝負なんだろう。
まあ、暇だし参加してもいいか。
「別にいいよ。じゃ、どっちから先にやる?」

 フリスクは邸内を歩いていた。
単にトイレに行ってきたからだ。
本宅より離れの方が近かったので行っただけだが。
フリスクが歩いていると懐かしい部屋のドアが開いていた。
父に入ってはならないと言われた部屋だ。
ドアからちらりと見えるものがあった。
栗色の髪、白い肌、濃茶の瞳。
女の絵だ。
フリスクは息を呑んだ。
そう、アークに出会ってからずっとアークが誰かに似ているような気はしていた。
それが誰なのかはわからなかったのでずっと放置していたのだが。
似ている、絵の女に、アークが。
幼いころに会った絵の女。
できればまた会いたいと思っていた。
・・・・詳しいことをアークに聞いてみるべきだな。
フリスクは絵から目線を外し、パーティー会場へ歩いていった。

 ジェンガの勝負は白熱していた。
アークが危ういバランスで設置されているクッキーを抜く。
崩れない。
医学部の少年がややこしいところからクッキーを抜く。
やはり崩れない。
誰も見ていないような勝負だったが、地味に進んでいた。
アークが数ミクロンずれたらクッキー全体が崩れそうなところからクッキーを抜く。
その後、少年がクッキーを抜くと。
ばらばらばら
クッキーの山が崩れた。
「・・・・・僕の勝ちだね。」
少年は顔を赤くして眉を吊り上げていた。
どうも悔しいらしい。
「じゃ、僕の勝ちだから言うけどさ、君なんて名前?」
アークが聞いても少年はしばらく黙っていた。
そのまま数秒過ぎてから。
「エーデル・ツヴァイ・レキサンド。」
少年はうつむいたまま話した。
「ふーん、エーデルさんね、ま、これからもよろしく。」
アークが右手を出すとエーデル少年も右手を出した。
きつく握手してから彼と別れると。
「おい、アーク。」
フリスクに話しかけられた。
「あれ、フリスク、何?さっきのジェンガだったら使用人の人が片付けてくれてるけど?」
「いや、そういうことじゃないんだが。」
だったら何さ。
「お前の母親、もしかして栗色の髪でお前みたいな濃い目で肌が白かったか?」
「うん、一応全部該当するみたいだよ、孤児院の人によると。」
「話しててもらちがあかないな・・・しょうがない、付いて来てくれ。」

 その絵は見事なタッチで描かれていた。
離れでアークは絵を見て驚いた。
自分と同じ顔立ちで同じ色の目をした女性が絵の中にいる。
「この人、お前の母親じゃないか?」
フリスクの視線も絵に釘付けになっている。
「たぶん、そうだと思う・・・・まさかこんなところに残ってるなんて・・・・。」
アークはため息をついた。
様々な意味で危険な母だったが、絵を見る限りただの美しい女性だ。
「よし、見ただろ。パーティーに戻るぞ。親父にはこの部屋の中身は見せるなって言われてんだ。」

 パーティーに戻ってからも、アークは少しぼうっとしていた。
この家に母の肖像画がある。
この家とも何らかの関係があった証拠だ。
母は一体何をたくらんでいたのか。
恐ろしい限りである。
「あんなもん見せてから言うのもなんだが、料理でも食べてってくれ。もうそろそろパーティーもお開きだしな。」
フリスクが苦笑いをした。
「そうだね・・・、過去のことなんか気にする必要ないよね。」
アークも引きつった笑いを浮かべてから、料理の方に向かった。
END








back



*atogaki*
書くのにかかった時間、二時間以下。
登場人物も少なく、書きやすかったです。
起承転結の薄さが何ともいえない風味をかもし出しております。
堪忍して〜。