アーガスティン大学祭当日。
ウィッグをつけた黒い髪の少年は、ホールに建てられた仮設舞台のすそにいた。
少年の服装は、体にぴったりとフィットした桃色の美しいドレスである。
知性的な濃茶の瞳も手伝って、清楚な知的美少女のようだ。
「あーもう、何がどうなってこうなったんだか・・・・。」
そう言うと、横に立っていた立派な体格の青年はニヤニヤ笑みを浮かべ、
「似合ってるじゃないか。ま、ちょっとした試練だと思ってがんばれ。」
などと言った。
そう、どこからこんな茶番劇が始まったかというと。
大学祭を前にした大学で。
10歳にして大学生となった少年はあ然とすることになった。
少年の通うアーガスティン大学魔導学部戦闘応用学科の出し物は劇と決まっていた。
毎年、学外からも大勢の人間がやってくる大学祭は毎年力が入っている。
「アークさん、頼む!」
先輩にそう頼まれたが、やすやすと了承はできなかった。
なぜなら。
「先輩!何で僕が姫の役なんですか!?本物の女性もいるのに!」
姫の役を割り振られたからである。
しかも、この学科には本当の女性がいるにも関わらず。
劇の話自体はそう難しくない。
ある王国の姫が、精霊によって十代なかばで覚めぬ眠りにつかされてる。
姫は王国が滅んで城に誰も人がいなくなっても眠りについていた。
姫を目覚めさせる方法は一つ。
くささのあまり鼻がとれそうな臭いがするまことに珍しい草を姫の鼻先に持っていくだけ。
その草をめぐって何人もの猛者が戦い、それに勝利した青年が姫を目覚めさせ、電撃結婚する。
よくある話だ。
「頼む!うちの学科の女は筋肉がありすぎてどうも女性らしくないんだ!」
「だからって、僕にそんな役振ったらみんなロリコンじゃないですか!」
どっちも事実なだけにそれなりに説得力はある。
それだけに難しい問題だ。
すでに悪役を引き受けた同じ学科の友人二人はおもしろそうに事の経過を見守っている。
「フリスク!何か言ってよ!」
体格のいい青年は笑いをこらえているかのような顔だった。
人ごとだと思って・・・・。
「いいんじゃないか?に・・・・、似合うと思うぞ。ディトナ、お前もそう思うよな?」
笑いながら言いやがって。
もう一人の友人は無表情だった。
「思う。アーク、がんばって。」
だああ、どいつもこいつも。
先輩は土下座まで始めた。
「頼む、本当に代役がきかないんだ。頼むー!」
仕方がない。
「・・・・しょうがない、やりますよ・・・・。」
で、今に至る。
メイクまでしているので完全に女の子状態だ。
「だいたい、僕が十代半ばに見えるのかねぇ。」
ため息をつく。
「見えない。でも、美少女には見えるから大丈夫。」
悪役らしく目だし帽を被った友人は断定した。
たぶん本気だろう。
「大丈夫だって。毎年、うちの劇は殺陣がメインだからな。姫なんて何人が見ていることやら。」
体格のいい友人はそう言って笑った。
じりりりり
劇が始まる合図だ。
「じゃあ、行ってくるよ。」
アークは舞台に上がった。
姫は自分の寝室のベッドに横になり、横に立っている(戦闘応用学科では一番)貧相な体格の青年と話していた。
貧弱な体型の青年が選ばれたのは、貧弱な体格の人間が体格のいい男を倒す方が爽快感があるからだそうだ。
「ああ、私はもう覚めぬ眠りにつくのね・・。」
姫はそう言って目を涙ぐませた。
その姫の両手を青年は自分の手でそっとつつむ。
「姫、姫は眠りにつかれるだけでございます。必ず、目覚める日はきます。お気を落とさぬよう。」
とうとう姫の目から涙がこぼれた。
「でも・・・私はいつ目覚めるの?もう目覚めることは二度とないのではありませんか?」
「姫!必ずや我が一族がその眠りを覚まして差し上げます。」
姫はたくさんの涙をこぼした。
目が溶けるのではないかと思われるほどに。
「姫、我々が必ず目覚めさせて差し上げます。どうか、どうか・・・。」
青年が言っている間に姫は眠りについた。
舞台のセットが変わる。
悪役や大道具担当などの学生がセットを運ぶ。
アークも手伝おうとすると。
「姫役は退避しててくれ!ドレスに傷が入ったらだいなしだ!」
そう言われた。
「さて、次は俺たちの出番だな。」
フリスクは木刀に銀箔を張ったものを少し振り回した。
「十歳の姫をめぐってロリコン男たちが争うんだよね。」
アークは半眼になった。
「そういうお前こそ役者じゃないか。メイクも落とさず泣くなんて並のやつにはできないぞ。」
ディトナにいたっては拍手までしている。
「さっきの先輩が姫を起こして、最後にキスするんだよね。」
「うん。あくまでフリだよ。」
「あ、始まるぞ。姫、がんばれ!」
「ちぇっ!」
姫は舞台のセットの自分のベッドに横たわった。
姫はだいぶ暇だった。
姫が寝ている横では激しい戦いが繰り広げられていた。
木刀同士が激しくぶつかる音がする。
しかし、姫は寝ているだけ。
目を瞑りじっとしているだけだ。
それだけの格闘が行われているのに姫は全く目覚めない。
じつは睡眠薬でも飲んでるんじゃないの?
そんな疑問を浮かべつつ、姫は横たわっていた。
しばらくすると木刀同士がぶつかり合う音が消えた。
最初に出てきた青年(一応始めの人物の子孫役)が姫に近づく。
そして、ものすごく変なにおいのする草を姫の鼻にあてる。
姫は腹筋をつかい一瞬で上半身を上げた。
「あなたが私を助けてくださったのね。」
青年は姫に敬礼した。
「もったいなきお言葉。ありがとうございます。」
姫は美しく微笑んだ。
青年は一瞬赤くなった。
「私を助けてくれて、ありがとう。さあ、私を外に連れ出してくださいな。」
姫はベッドから降り、立ち上がった。
姫の表情は明るく太陽のようだった。
ここで場面転換。
時間がないのでいきなり結婚式の場面になる。
アークは姫役が持つ花束をわしづかみにした。
ドレスの裾を踏まないように気をつけつつ、舞台のセットの中央に立つ。
女性はよくこんなドレスを着ていてコケないものだ。
初めて(二度目入はいらない)着ているせいか、アークはちょっと転びそうになった。
姫はドレスを変えなかったが青年は正装に着替えている。
悪役も結婚式の場面では新郎新婦を祝福しなければならないため、舞台に上がる。
大道具係の人は悪役の助けがないので、前の場面転換より大変そうだった。
しかし、短時間で彼らは仕事を終わらせた。
最後の幕があく。
青年の左側に姫は立った。
嬉しさを抑えきれないといった笑みで青年を見ている。
「ミライヤ姫、ばんざーい!」
元悪役のわざとらしい、声援がいきかう。
姫の笑みに少し恥じらいが加わった。
そこに青年が、本当に、キスをする。
姫はその後、劇が終わるまでずっと微笑んでいた。
長かった気がする劇もやっと終わった。
「はー、肩凝るねこの衣装。先輩もお疲れ様でした。」
言いながら、アークはさっさと服を脱いだ。
いつものシャツとズボンに着替える。
「先輩、それにしても何でホントにキスしたんですか?」
洋服を着ながら尋ねると、先輩は赤くなってそっぽを向いた。
・・・・・まさかとは思うけど。
「先輩、僕は男に興味ないですからね。」
一言伝えておいて、アークは大道具の手伝いに行った。
後日、姫役のもとに大量にお問い合わせが来たのは、無視したい事実である。
END
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*atogaki*
演技に力の入ったアークでした、フリードリヒは出番なし!
よくある女装ネタです、ただの思いつきで書きました。
発想が安易なせいかけっこう早く書けました。