天空大陸上の都市ティカーノのとある日の昼下がり。
黒い髪に濃い茶の目の少年は何となく街を歩いていた。
天空大陸は冬が厳しい代わりに夏はそれほど暑くはない。
久しぶりに宿題とレポートもないので、街に出てきただけ。
ふと横を見ると鳥がいた。
何かに轢かれるか踏まれたかして片羽が変な方向に曲がっている。
気分で少年はその鳥を拾い上げてみた。
まだ息がある。
金もあることだし、動物病院にでも連れて行ってやるか。
少年は鳥の血で服が汚れることを気にするでもなく、鳥を抱えて歩き出した。
ちょうど近くにあった動物病院に入る。
アーク、と自分の名前を記名して大学寮の住所を書く。
書いても大学寮ではペット禁止なのであまり意味はない気はする。
たぶんあの鳥は絶滅しかけてる鳥じゃなかったっけ。
もっともこのティカーノ市で絶滅しかけていない動物は愛玩用のものくらいしかいないと思うが。
病院の白い壁を見ながら考える。
飼い主探しには困らないだろう。
さすがに剥製コレクターに譲る気にはなれないが、好事家の金持ちはいくらでもいる。
また、こういった生物を無料で引き取る団体もあるはずだ。
助かったとしても後者だな。
良くて飛べなくなる、そしておそらくは。
あの鳥の手術をしていた医者が出てきた。
これはたぶん。
「残念ですが手遅れでした。栄養状態も悪く」
医者の説明は続いたが、アークは聞き流していた。
要するにあの鳥が死んだというだけだ。
話が終わるとアークは一言礼を言って寮に帰った。
血の付いたままの服で変人チックなゲームを買ってきて、部屋に帰るとアークはシャツを脱いだ。
血の跡を模様で片付けてしまうのはできないこともないが、このシャツは捨てるべきだろう。
別の服に着替えて、さっそくゲームのパッケージを開けた。
絵柄や設定はなかなかお目にかかれないほど奇抜だが、残念なことにシステム自体はよくある内容だ。
さて、ゲーム機にセットするか。
そう思いつつもふと窓を見る。
窓は自信満々に大きく開けていたが、そこに何か光るものが置いてある。
ゆっくり近づいてから見ると、それはコインだった。
ニードルを取り出してちょっと削ってみたが純金製のコインであることは間違いない。
しかも、何も仕掛けられていない。
それが5枚。
儲けたと喜ぶべきか気味悪がるべきか悩むところだが、アークはコインを回収してまだ使っていない貯金箱に入れておいた。
数日後の昼休み。
レポートの見せあいっこをしながらアークは口を開いた。
「それでさー、あれから毎日何枚か本物の金貨が窓辺に置いてあるんだ。何なんだと思う?」
ディトナのなかなかよくできたレポートを読みながら相談してみる。
「鳥の恩返しじゃないか?」
フリスクがアークのレポートを感心した様子で見ながら返す。
「死んだ鳥が?やだなー、怨霊みたいじゃん。最終的に呪われるわけ?」
無表情にフリスクの無修正レポートを見ながらディトナも考え込んでいるようだった。
フリスクのレポートについてか、金貨のことについてか。
「でも、全然使ってないわけだろ?いざとなったら返せばいい。」
「おとなしく応じてくれるかね。」
「フリスクもおとなしく単位が取れるかね。」
ディトナが珍しくアークの口真似をした。
「あ、やっぱり凄かったんだ。」
「うん。けっこう凄い。わけがわからないからアーク見て。」
アークは貧乏くじだ、と言いつつフリスクのレポートを読み始める。
「しっかし、珍しいよな。アークが死にかけの鳥拾うなんてな。」
「私もそう思う。窓は閉めてみた?」
「閉めたけど無理やり押し込んであるんだ。で、フリスク、このつづり間違いの海はどこまで続くの?」
アークはレポートを見ながらため息をついた。
純金のコインの宅配はそれからも続いた。
アークの部屋は1階ではないので人間がわざわざ押し込みに来るとは考えにくいのだが、
誰かが来ているのかもしれない。
アークが意識していない時に必ず来るのが特徴だ。
念のため隠しカメラを付けたが、運び屋もさるもの、全然カメラに映らない。
何が何だかよくわからない戦いになりつつあった。
物語などで貧乏な人間に貴金属全てを捧げた像の話もあるが、アークは苦学生ではない。
鳥の恩返しならば即刻全金貨を返したい。
だいたい、あの鳥の手術代は今までもらった金貨で十分補えるものだ。
いくら鳥でもそんなにお金を粗末にしてはいけない。
十分生活の足しになる。
アーガスティン国立図書館にでも行って調べてみようか。
図書館で調べた内容を踏まえ、アークはこっそりじっと動かず待っていた。
深夜に窓を開けて、今までくれた金貨を詰めた袋を窓辺に置いてある。
アークは心身滅却してじっと待っていた。
待てない人間は嘱託殺人業にも警察にも軍人にも向いていない。
ごと
アークは即動いた。
そして細いものを思いっきりつかむ。
つかんだものはやはり鳥だった。
だが、あの死んだ鳥と何の関係があるのかわからないくらい容貌が違う。
間違いなく、やってきた鳥は鳥の王とも呼ばれ万の言葉を知っていると言われる鳥だ。
500枚目のコインはプラチナだった。
はっきりと死んだ鳥が生きた姿が映っている。
「鳥さん、何のために金貨くれたのかわからないけど、お金は返す。自分で使いなよ。」
アークは鳥の目を見て言った。
人語がわかっているはずなのだが鳥はばたばた暴れている。
部屋に引きずり込めれば楽なのだが、相手の鳥は大きい。
それこそ羽が傷つきかねない。
「ほら、返すから。」
アークは最後のプラチナを鳥にくわえさせた。
すると、いきなり鳥はおとなしくなった。
その隙に今までもらったコインが入った袋を鳥の足に結び付ける。
「あの鳥、君のつがいだったんだね?お礼はいいからこれからの生活費にしなよ。君の種族じゃ身分違いだったんでしょ?」
ぴくりと鳥が動く。
絶対人語がわかってる。
わからないフリしやがって。
「さ、行くんだ、馬鹿なハンターに撃たれないうちに。言っとくけど、僕はただの気分で病院に連れていったんだ。優しさからじゃない。」
鳥はプラチナを投げてきた。
そして、どこかへ飛んで行った。
食堂でアークはため息をついた。
「まったく。鳥にも500枚もコインを恩人に渡す習慣があるなんて知らなかったよ。」
「それで、返せたのか?」
フリスクがとんかつ定食大盛りを食べながら聞いてくる。
「うん、ただ最後のプラチナは引き取ってくれなかった。「忘れな草」の話みたいに忘れてほしくなかったのかも。」
「しかし、なんで金貨何だ?銅貨でもいいだろうに。」
「どうも金じゃなきゃダメらしいよ、図書館で調べた分によると。」
「長い葬式だな。」
「ほんとにね。」
アークは豚の生姜焼き定食を食べながら、人語がわからないフリをしていた鳥を思い出していた。
END
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*atogaki*
いつの間にやら、絶滅寸前のつがいのラブな話になっていました。
初めはもう少し違う話にしようと思っていたのですが、なぜかこういうことに。
季節がずれててすいません。