冬によくある



 天空大陸上の都市ティカーノ。
そこにある国立アーガスティン大学の一室で、大柄な青年がゴホンと咳をした。
続いて教室にいるうちの何人かが咳をした。
講師は何事もなかったかのように授業を進めている。
大柄な青年の左横に、黒い髪で濃茶の瞳の少年が座っていた。
今年も風邪が流行しているらしい。
大柄な青年も風邪をひいていて、顔色が悪い。
アークは机で筆談することにした。
「フリスク、寮に帰って休んでれば?」
大柄な青年はアークが書いた一言を見て、返事を書く。
「大丈夫だ。もうそんなにひどくはない」
「帰った方がいいって。僕にうつったらイヤだし」
そこに少年の左に座っていた緑色の髪の青年が加わる。
「アークは風邪にかかりやすい方?」
「あんまりかかんない方。ディトナは?」
「多分普通程度。私もフリスクは寮に帰るか保健室に行ったほうがいいと思う。」
「この次の授業までは何とか残らないと、一回抜かしたら内容がわからなくなりそうだし、帰らない」
「はいはい、わかったよ。フリスクの風邪だし別にいいよ。」
心温まる筆談はここで終わった。

 そして、その翌日の朝。
アークは寝ていたベッドで上半身を起こすだけでも体が重かった。
ゆっくり起き上がる。
額に手をあてると、ちょっと熱い気がした。
こういうときの一言。
「・・・うつされた・・・。」
アークはつぶやいてため息をついた。
ベッドから出て部屋にある鏡で自分を見ると、昨日より青ざめて見えた。
起きてからしばらくすると、今度は頭まで痛くなってきた。
萎える気力と弱った体で着替える。
いつもより寒く感じた。
悪寒もしているらしい。
ついでに喉も痛い。
ぴーんぽーん
いつもより時間をかけて着替えていると、部屋のチャイムが鳴った。
「アーク、まだ?」
ディトナの声だ。
「ごめん、今やっと着替えた!」
アークは言い終わらないうちに部屋のドアを開けた。
「おはよう。」
ディトナは朝の挨拶をした。
「おはよう、ごめん、授業まだだよね?」
「まだ。でも、アークは寝ていた方がいい。」
「大丈夫だって。」
ちょっとふらつく頭で応える。
ディトナは無表情、無言でアークを見ていた。
そして急にアークの額に手をあてる。
「・・・熱もある。授業に出ない方がいい。」
「出るよ。フリスクじゃないけど、授業がわかんなくなると困るし。」
アークがそう言い張ると、ディトナは折れたようだった。
無言で教室への道を歩く。
アークは外観だけはしっかりと歩いた。
教室に着くとこの講座の受講生はほとんどが来ていた。
その中でフリスクが席を取って待っていた。
その第一声。
「おい、寮に帰って寝てた方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だって。」
「フリスクもそう思う?」
「ああ。授業なんか受けてないで医者にかかった方がいいんじゃないか?」
「何とかなるって。」
言っている間に、講師が教室に入ってきた。
「はい、今日の授業を始めます。」
三人は黙って座る。
アークは脳みそをミキサーにかけているような気分を味わいつつ、講師の話を聞いていた。
魔術の歴史についてえんえんと講義が進むが、羊を数えるのと同じ感覚だ。
眠くはないのだが、頭が痛いのがよくない。
ああ、ふらふらする・・・。
「はい、アークさん、最古の魔術の効力とは何でしたか?」
いきなり当てられた。
昨日予習はしていたが、ど忘れしたもようだ。
小声でディトナに尋ねたかったが、小さな声が出ない。
「はい、減点ですね。」
講師はそう言って手元の名簿に何かを書き込んだ。
いいことを書き込んだわけではないのは確かだ。
アークはちょっとへこんだ。
授業が終わると、フリスクはアークに話しかけた。
「やっぱり病院に行け。間違いなく風邪だ。」
「やだよ。だいだいうつしたのフリスクじゃん。」
「師匠、病院に行くなら付き添う?」
「師匠じゃないって。だから、病院行かないって。」
「せめて風邪薬飲んだらどうだ?」
フリスクにそう言われたが、
「やだ。何入ってるかわかんないもん。」
「わかった。俺の家の侍医の病院の場所教えてやるから。」
「いいって」
「アーク、お前、特待生制度利用してて奨学金受け取ってるだろ?」
「うん、そうだけど?」
「さっきみたいなことが続けてると、奨学金減額されるぞ。」
「うっ・・・。でも、場所よくわかんないし。」
「では私が師匠を連れて行く。」
ディトナはフリスクが書いた地図とアークの手首を持つとてきぱきと歩き出した。
「じゃ、くれぐれも気をつけてなー。」
「わかった。」
アークはディトナにひきずられるようにして、病院に向かった。

 病院は意外と患者の数が少なかった。
「フレデリック内科」はベッドがなく一人の医師と数人の看護婦・スタッフで運営されている病院だった。
普通の病院では医療費の7割を国家が払ってくれるが、この病院では5割しか負担してくれないようだ。
お財布も熱を出しそうだ。
ちなみに自分の体温は温度計で今計っている。
「何かここ、お金かかってるよ。」
アークの声は待合室に響いた。
他の患者も咳をしたりしている。
「ここ、値段高い。」
ディトナは興味津々といった風で、きょろきょろ周囲を見ている。
アークもできればそうしたかったが、頭痛とふらつきで余裕がない。
ぴぴぴ
体温計が鳴った。
体温は39.9、熱がある、と言えるだろう。
医療費が高いためか、さほど待たずに診察を受けられた。

 診察室に入るとどこかの推理小説で見たような卵型の頭で、こじゃれた雰囲気のドクターがイスにどっぺりと座っていた。
「今日はインフルエンザですか?」
「たぶん、そうです。」
「じゃあ、ちょっとお腹見せてもらえるかな?」
フリスクやディトナには言わなかったが、これも病院にかかりたくない理由のひとつだ。
仕方なく、アークは服をめくって腹を出した。
ドクターの動きが一瞬止まる。
アークの腹には明らかに手術をした痕跡が大きく広がっていた。
ついでに背中にも縫ったあとがある。
ドクターは患者でもないのに、こほん、と咳払いをしてから聴診器を腹や肺の辺りに当てた。
そのあと背中を診る。
アークが再び服をきるころには結論が出たようだった。
「はい、典型的なインフルエンザだね。じゃあお薬も出すけど、お尻に注射打っときますね。」
「いえ、どうぞおかまいなく・・・。」
アークが思わず声を上げた。
ドクターは顔をしかめる。
「出した薬もちゃんと飲んで。君の周りに善意のある医者がいなかったのかもしれないが、善意のある医者もいるんです。」
「えぇと」
「注射もしていってもらいますよ。これで1週間しないうちに治るでしょう。」
ドクターは押し切った。
「じゃちょっとズボン脱いでくださいね。」
いろいろとしゃべる暇もなくアークは診察台に乗せられ、ズボンをずらして半尻状態にさせられる。
ぷっ
注射をうたれた。
思ったほど痛くはない。
尻をだしたポーズがかっこ悪くて気に入らない程度だ。
「はい、終わりましたよ。」
看護士が言うのと同時にアークは起き上がってズボンをはいた。
「じゃ、お大事に。」
ドクターが声をかける。
アークはいそいそと診察室を出た。

 待合室に戻るとディトナはじっと待っていた。
「ディトナ、終わったよ。」
アークが言うとディトナはうん、とうなずいた。
あとは薬待つだけだね。
と話してから15分も経たないうちに、薬をもらえた。
アークはそのまま大学の寮に連れて行かれ、すぐ寝かしつけられた。
普段なら寝ないところだが、風邪薬の眠気を引き起こす成分のせいか、よく眠ることができた。
数日後、フリードリヒにアークのインフルエンザがうつるころにはアークは元気になりましたとさ。
END





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*atogaki*
Sさんのリクエスト「インフルエンザにかかるアーク」に沿って書きました。
どうだろう、インフルエンザってこんなもんでしたっけ?
大学受験以来ずっと予防接種うけてるせいか症状がよくわからない・・・。
ちなみにSさんのみ転載可です。