刹那の七夕



朝から舞はたくさんの笹を抱えてふらふらしつつ、笹の取り付け所に向かっていた。
「まーいー、多すぎたら言うのよ!私が持つから!」
洋子が舞に声をかける。
「ありがとーございますー。」
七夕。
この日になると、まず手配しておいた笹をキングが自分たちの寮から持ち出し各フロアの取り付け所に行き笹をセットする。
キングと言ってもフロアの人数が人数なのでキングの友人も手伝っている場合が多い。
「う〜、重いぃぃ〜。」
ロケット花火でも噴射できそうな量の笹を持った凍も、あいさつなしで通り過ぎていく。
そういう日なのだ。
「赤は大変よね〜、この学校で一番赤が多いもんね〜。」
洋子は凍をちらりと見て言った。
「そうなんですか?」
引きずらないように必死で笹を持ちながら、舞が話に乗る。
「そうよ。赤の次が青で黄色が一番少ないの。ほら、赤ってバレる率が高い上に危ないからね。青はほぼ無害な人が多いし。黄色はその中間だから。」
わかったようなわからないような。
理解能力は笹に吸い出されているらしく、あまり頭に入ってこない。
「ほら、私が持つから。」
舞が持っていた笹がいきなり減った。
愛菜が分厚い手袋をして笹を持っている。
「勉強までお世話になったのにすみません。」
「いいのよ。教えることは自分の勉強にもなるわ。」
2人とも同い年なのに大人っぽいこと言う。
自分だけ子供みたい。
「舞、わたし、短冊配ってくるね!」
遠くから大声でともよが叫んだ。
「よろしくお願いしますー!」
こうして笹運びは朝食の時間を奪い去っていった。

 そして、1年D組の教室に入った。
夏休みが近いせいかファッションに磨きをかけている生徒が多い。
今は意味のないことだ。
ここにいる生徒は全員赤点をとった生徒。
クラスの9割を占める。
洋子さんって、ちゃんと情報分析してるんだな。
けっこうすごい特技ではなかろうか。
自分の席に座ってそう考えていると、教室のドアが開いた。
「さて、数学の補習する!」
もうちょっとだったのに、数学だけ引っかかってしまった。
何が何だかわからない方程式を一から教わる。
一から教わっても理解するまでに非常に時間がかかってしまう。
他の生徒より数学のセンスと計算能力が劣っているらしい。
結局、何が何だかわからないまま補習が終わった。
補習の最後にある小テストに合格しないと、補習は続く。

 舞は愛菜に電話をかけた。
愛菜は夏休み中も行き場がないため、寮でゆったりすることにしているらしい。
「なるほど、そこからわからないのね?」
「はい。」
「じゃ、C組の赤井君に教わってみたら?考え方が違うから、赤井君の方がよくわかるかも。」
え?凍さん?C組って。
「洋子からの情報、赤井君は英語で引っかかったみたいよ。」
学習能力を凍と半分にして分けあったらちょうどよさそうだ。
「わかりました、助言ありがとう。」
「いえいえ。」
電話を切って、すぐ横の教室を見る。
舞にはおなじみかつ常識的なことがホワイトボードに書かれていた。
居眠りしている生徒もいる。
「みんな、わかった?」
教師に言われても、ブーイングと区別のつかない「わかりました」の声が響いた。
舞が待っていると、男の子と女の子が出てきた。
夏休みを前にファッショナブルな肌色になっているが、こんなところにいる時点でファッショナブルではない。
「よっ、赤井の兄貴!彼女がお迎えだぜ!」
ひゅーひゅー
誤解の声の方が、わかりましたの声よりよほど楽しそうだ。
「あ、鈴夜!」
凍は明らかに慌てていた。
カバンをひっかけてくるとすぐ図書館に移動し始めた。
「そうか、そっちは数学か。」
「凍さんは英語ですか。」
お互い苦労の度がわかるためか同時にため息をついた。
「数学ならオレ得意だから教えてやる。代わりに英語教えてくれ、もうへろんへろん。」
そのあと、図書室の特別学習室の2人席をとって舞と凍は勉強していた。

 夜は赤点などという野暮なことは忘れて、七夕だ。
織姫と彦星のプライベートを守るかのように往々にして七夕は雨か曇りが多いが、天候が同情してくれたのか、晴天で天の川がけっこうはっきり見える。
「良かったわね、うん。」
「ともよがテルテル坊主50個作ったからかな?」
「それもあるかもしれないわね。」
「もう短冊がいっぱいついてる!」
舞がふと取り付け所を見ると、もう短冊がゆらゆらしている。
「願い事は全員秘密よ。」
そんなことを言いながら、付けたいところに短冊を付ける。
「あ、そろそろ時間ですよ、アレの。」
舞以外の顔色が変わった。
中央公園に生徒が走りだす。
もちろん、舞達もだ。
「何ですか!?」
「行けば分かります!」
中央公園に行くとお菓子のパッケージのようなものが配られていた。
互いに能力があるので、きちんと整列してもらっている。
舞の番が回ってきた。
プラスチックの容器に七夕と書いた紙が巻きつけられている。
とりあえず、洋子たちのところに行く。
「あ、舞も来た。ホラ、毎年恒例の」
ばしゃん
中央公園の近くの橋から誰かが落下した。
舞は驚いたが、洋子たちは平然としている。
「あれねぇ、やると違反になるんだけど、七夕になるとやる奴がいるのよね。」
「天の川に見立てて恋人ができるとか、いろいろ言い伝えがあるんです。」
「あのう、最初の方は逃げて着替えてしまえばいいと思うんですけど、そのあとの方はやっぱり」
「違反で教師に引っ張られて説教くらうの。さ、デラックスルームでもらいものでも食べましょ。」

 七夕と書いた紙の部分を取り除くと、容器には笹や短冊、天の川を模した小さなゼリーを大きなゼリーに入れ込んだものが入っていた。
「普通1個1000円くらいするんだけど、学校も太っ腹でたまに行事でこういうお菓子くばるの、すてき!」
「ともよ、あんたの菓子に対する感動はわかったからさっさと食べましょ。」
予想に反せずゼリーはおいしかった。
だんだん模様が崩れていくのが残念だが仕方がない。
「いいでしょ、七夕も。」
「はい。皆様が今を生きている感じがして、とても楽しかったです。」
舞の一言で3人は無言になった。
いけないこと、言った!?
舞がおろおろしていると、学校通な洋子が口を開いた。
「ここ以外でその手のセリフ、言うんじゃないわよ。ここの高校卒業生全員進路が不明なの。」
進路が不明。
舞は怖くなってきた。
「進路不明、ですか。」
「大学に行ってるのか、就職したのか全然わからない。私のパワーでも!」
「わかりました。」
将来が不安でも今があるから。
何が起こるかなど誰にもわからない。
舞は開き直ることにして、しばらく友人たちとおしゃべりをしていた。
END





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*atogaki*
七夕のちょっとしたお祭り騒ぎです。
凍は友人の助けを借りないで1人で準備。
絶対、凍の方が慕って来る生徒は多いと思います。
良い七夕を。