よくある話



初夏を迎えるころ、舞に嬉しいことが起こった。
休日のカフェにて洋子と愛菜とともよの四人で紫外線と甘いカフェラテを楽しんでいた時。
「私、普通クラスに入れました!」
舞が目を輝かせて言った。
洋子たちが軽い拍手をする。
「で?で?何組になったの?」
洋子が迫るように尋ねると舞は笑顔で答えた。
「D組です。」
舞以外の顔が凍りついた。
「あのね、ここの学校のクラス分けのやり方って知ってる?」
ともよが素早く立ち直った。
「ええと、アルファベット順ですよね?」
「上から、A、B、C、D、Eよ。成績順に。」
愛菜が肩を落とす。
「あのねー、DとEと言えば赤点補習率9割のクラスよ?凍ですらCよ。」
洋子が言い聞かせるようにゆっくりと話す。
舞の笑顔は崩れない。
「でも、みんなと勉強できると思うと嬉しいです。」
「さて、じゃあ愛菜の出番ね。」
洋子が愛菜の肩を叩く。
「愛菜はここに来るまでずーっと英才教育受けてたせいか成績トップクラスよ。愛菜に勉強教えてもらいなさい。」
そういえば、3人のこと、何も知らない。
そう思うと、舞は仲間はずれな気がした。
「あの、愛菜さんの名字ってひょっとして「東長町」ですか?」
有名で更に財のある旧家の名前を上げてみる。
勘で言ったので間違いなら謝らなければ。
「よくわかったわね。能力が出てこなかったら、たぶん当主になってたわ。」
舞はコイのように口を開け閉めするところだった。
まさかそのような人がいるとは。
「その分だと凍に聞いたわね。いい?あたしのことは絶対「岳千寺」って呼ばないでよ!」
「あの、私は記憶がない時に落書きが動いてしまってここに来ましたが、皆様はどうしてこちらへ?」
舞は精いっぱい努力して言った。
言うだけでここまで勇気がいる一言も珍しいだろう。
「あたしは愛菜のとことは逆で、事業に失敗してさ。「岳千寺の代表」として買収の相手側に連れてかれたわけ。
で、「見えない刀」なんかいらないって言われて、内臓ばらばらにして売る計画立て始めてあたしが幹部の一人を本当に半殺しにした時、ここに連れてこられたわけ。」
洋子の背負うものと普段の明るさは、彼女の強さを表しているのだろう。
そんな事情があれば「岳千寺」と呼ばれれば嫌な顔をするわけだ。
「わたしは別に普通に暮らしていたんだけど、小学校の時初恋の男の子がサッカーの大会でファールで足を痛めちゃって、それの治療をしたら化け物扱いされちゃった。」
初恋か。
舞にはよくわからない。
記憶自体がないのだから。
だから、初恋も砕け散っちゃった、とにっこり笑うともよがよくわからない人に見えてきた。
「私は家庭教師もついてだいぶ勉強したのよね。倍率の高い中学校に入るために。でも、そういうことって息抜きが案外大切じゃない。
それが休み一切なしで睡眠時間も削られて、頭がぼーっとしだした時にプラスチックの燃える臭いがして、見てみたら私が持ってるシャーペンが燃えてるのよ。
試しにノートにも触れてみたら燃えるのよ、これが。それを見た家庭教師が壁はいずって逃げて、そこでおしまい。」
舞は1人だけ何も背負っていないことにちょっと罪悪感をおぼえた。
「すみません。つらいこと聞いて。」
「いいのよ。でも舞も派手よね。」
「授業中だから三十何人が見ていたのよね?」
「恥ずかしかったでしょー。」
笑うしかない。
どちらかと言うと、授業後にやり方を教えろと言われた方がつらかった。
意図してやったわけではないので条件がわからなかったのだ。
「改めまして、私はA組の東長町愛菜です。」
「あたしはB組の千岳寺洋子です。」
「わたしもB組の故都ともよです。」
「D組の鈴夜舞です。」
「かんぱーい。」
なぜか飲みかけのカフェラテで乾杯をした。
「で、現実に戻るけど愛菜、根気よーく舞に英語以外の科目教えてやってくれない?」
「暇があればね。」
「ありがとうございます。」
休日のカフェではこういうことは実は茶飯事だ。
どうしても気になってしまう。
親しみや信頼は友情に深く根付くのかもしれない。
END





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*atogaki*
書いていて妙にヘビーだなと思ったら、洋子も愛菜もともよも冷静だからかということに気付く。
冷静にヘビーなことを言うと案外怖い。
一応シンプルにヘビーにしました。