電子機器と思い出



週末の朝のエントランスは混雑していた。
洋子が間に入って、凍とエントランスで待ち合わせをすることにしていた。
今日はレースをあしらった赤いワンピースにおそろいと思われるブーツを履いてきた。
どちらかというと西欧系の顔の舞にはよく似合っている。
「おーい!」
凍の声がした。
お互い背が低いので手を上げようと下げていようとわからないのが悲しいところだ。
自然な日焼けをした手が左右に揺れている、きっと凍だ。
「はーい!」
舞は手を振った。
私服だろうが制服だろうがクイーンのピンは外せない。
やっと凍のいる場所にたどり着く。
凍もファッションの一環のようにキングのピンを付けている。
付けていないと罰則があるため外せない。
「鈴夜舞です。よろしくお願いします。」
舞があいさつすると、凍はちょっと目をそらしてからこちらを見る。
「口座の番号と暗証番号はちゃんと覚えてきたよな?」
「はい。」
二人は並んで歩きだした。

 幸いなことに凍と舞は身長が似ているため、歩くペースを調整する必要はあまりなかった。
「そう言えば、ハンコはいらないんですか?」
舞が尋ねると、凍は即答した。
「ここじゃハンコなんて存在しないぜ。サインでいい。」
「それだけでいいんですか?」
「偽証しないで金さえ払えばいいんだ。ハンコがいる、なんて事態になったらハンコ売ってる店がパンクする。」
「え?」
「オレはいいさ。でも、「鈴夜」っていうのも珍しい名字だろ?」
「はい。」
その通り。
退院してからもたいていのクラスメイトから「鈴夜」と呼ばれていた。
「洋子も変わってるぜ、「岳千寺」、ともよのやつも「故都」。かなりの人数ハンコの特注しなけりゃならない。」
「あ、そうなんですか。みんなの名字そういえば気にしてませんでした。」
舞は恥ずかしくなった。
友達なら普通名字くらい知っているだろう。
「気にしなくても名字で呼ばれると機嫌悪い奴もいるからいいじゃねぇ?少なくとも洋子は嫌がる。」

 まず、二人は携帯電話二つを買いに行くことにした。
携帯電話のショップは比較的すいていた。
舞はきょろきょろと店内を見る。
携帯電話以外にも、手動式充電器などの機器がそろっているようだ。
凍はといえば、すぐに携帯電話を見始めた。
「よう、凍!今日は彼女といっしょかよ?」
ショップの中年男性に声をかけられている。
「いや、彼女とかそういうんじゃなくて!転校生の携帯を見に」
「ひゅーひゅー、いいね、青春は。」
凍の言うことは聞いてもらえないようだった。
舞も店内を見回すのをやめ、凍のいじっている携帯電話を見に行く。
その携帯電話は白地でクマのキャラクターのシルエットが入っている。
「こんなんどうだ?一応、最新機種だけど今ならタダ。揃いでm-pasoもあるぜ。」
凍が言っていると中年男性が、おそろいの四角く画面の大きな携帯パソコンのようなものを持ってきた。
「ほら、お譲ちゃんにはぴったりだ。使い勝手もいい。」
試験的に使えるものらしく、舞が画面を触るといろいろなソフトウェアが立ち上がったり、消えたりする。
かわいいならいいかな。
舞はけっこういいかげんに携帯電話とm-pasoを買った。

 凍と舞はいったん休むことにして通りの汚れていないベンチに座った。
「また帰ったら使い方教えるから。なるべく覚えたほうがいい。」
舞の携帯電話とm-pasoを持ちながら凍が言った。
「あの、失礼ですけど、凍さんはなぜこちらに?わたしは学校で書いた落書きが動いちゃって、ここに来たんですけど。」
凍がため息をつく。
「オレは能力があることはバレてたから、両親が離婚した時に引き取り手がいなかったんだ。それでここに来たんだ。」
「すいませんでした。」
「謝る必要ねぇって。謝る必要があるのは両親と親族さ。そういや、そっちこそ何か変じゃないか?」
「変、ですか?」
「いや、寮長のわりに補習受けてたみたいだったから。」
舞は空を見た。
「十三歳で交通事故に遭ったみたいで、それ以前の記憶がないんです。」
「は?」
凍が空を向いたままの舞を見つめる。
「両親、と言われても誰だかわかりませんし、方程式、と言われてもわかりません。今からでも、と補習を受けています。」
凍も空を見つめる。
「まあここはわけありのやつが多いけどな。聞いて悪かった。」
空は雲がゆるゆると動き、紫外線やら赤外線やらいろいろな光線が全てのものに平等に降り注いでいる。
「キツイのはわからないでもないけど、パソコン見に行くぞ。」
凍が立ち上がった。
舞も立ち上がる。
凍が荷物を持ってパソコンショップに向かって歩き出した。

 パソコンショップは賑やかだった。
人はさほどいないのだが、音楽が。
「とりあえず、月ごとの寮の運営費と祭事の予算振り分けと報告書の作成、あと始末書。今思いつくのはこれくらいか。」
寮長の仕事ってそんなにあるの?
舞は非常に不安になってきた。
月ごとの寮の運営費まで計算するとは。
「何か他にパソコンですることあるか?」
凍が聞いてきたが、それどころではない。
他のことまで手が回らない可能性は大だ。
「外とは隔離されてるから、この学内のみのインターネットになるけどホームページ作るとか。CG極めるとか。」
「いえ、最低限のことができれば大丈夫です。」
舞は即答した。
まず、最低限のことができるかどうかが怪しい。
比較的安いデスクトップ型のパソコンを注文して、店を出た。

 寮に帰ると凍による携帯電話の扱い方(初級編)とm-pasoの使い方(初級編)のレッスンが始まった。
めちゃくちゃな操作をする舞に、凍は時々ため息をつきつつも根気よく教えてくれた。
舞は大きなありがたみを感じた。
外で勉強していた時、誰もここまで根気よく教えてはくれなかった。
だいたいの先生に愛想を尽かされ見捨てられた。
舞が携帯電話の扱い方(初級編)とm-pasoの使い方(初級編)を覚えたのはその一週間後だった。
一週間も凍に教えてもらうと凍の立場上ややこしいことになるため、後半は洋子が教えてくれた。
持つべきものは根気強い友達。
舞は幸せを感じた。
END





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*atogaki*
機械のデザインどうしようか迷いましたが、いいかげんなデザインに。
みんないろいろなものを抱えていそうです。
根気よく教えてくれる人は本当に貴重です。
ついでにiPhone持ってないのでこの先きれいに書けるかは微妙。