記憶の行方



 舞は何とかテストを乗り切り、パソコンを扱っていた。
夏休み前の報告書作りだ。
今回は懲罰を受けた生徒もいないため、作業は順調に進む。
かたかたかた
軽い音を立てながらキーボードが動かされる。
ローマ字くらいは把握している舞、あとはキーボードを見ないで作業ができるようになるのが目標。
と、その時。
パソコンの画面上に舞が操作した覚えのない画面が出てきた。
舞がうろたえている間にも次々見知らぬ作業が進む。
舞は思い切って、とある人物に電話をかけた。

 洋子はパソコン画面を見るなり、肩をすくめた。
「こりゃひどいわ、インターネットから切り離すわよ。」
あっという間にパソコンは洋子の手で回復していく。
「うんうん、ここがこう。で、こうするとよし。」
「すみません、忙しいときに。」
舞は正しいお辞儀と声で謝った。
「いいのよ、どうせここの学校夏休みだからって帰郷するやつ少ないもん。わたしも寮にいるつもりだしさ。」
そうなのか。
ただ今まで友人や知り合いが話していたことを総合すると、確かにそうなる。
舞自身も帰るつもりはなかった。
せめて記憶が戻らなければ、気まずい帰郷になることだろう。
「あ、そうそう。パソコンやりながらいいこと教えてあげる。」
洋子が口を開く。
「舞、記憶術師に記憶を奪われてるのはあんただけじゃない。」
「え?」
自分でもまぬけな声を出した自信がある。
舞は混乱し始めた。
赤のフロアに記憶術師がいるのだろうか。
「凍よ。大昔にさ、親の都合で従兄弟が集まった時よ。」
凍!?
意外だ。
舞は思わず唾を呑んだ。
「ひなたとかげみって双子が記憶術師だったの。一応法事自体は何も起こらず済んだんだけど、凍の両親がケンカしちゃってね。」
そういえば、凍は両親に見捨てられたとか言っていたような。
昔からそんなに両親の仲が悪かったのか。
「ここからが大問題よ。凍が花火してもいいか許可取りに行ったら、凍のことで両親が罵倒しあってたわけ。そこでひなたが大活躍。」
洋子は一定の操作をしてからこちらを向く。
時間がかかる作業らしい。
「ひなたったら凍が両親に思いっきり嫌われてる事実を目の当たりにして、耐えられなかった。それで凍が両親のケンカを聞いた記憶を消したのよ。」
思いやりがある行動なのかない行動なのか、何とも言い難い。
それにしても、まさか凍の名前がここで出るとは。
洋子はため息をついてから続ける。
「でも、ひなたはパニックになったの。凍の記憶を消して良かったかどうか、消してから、ね。そこにかげみが登場します。」
洋子は紙芝居とかやったことがあるんだろうか。
そう思えるほど洋子の語り方は紙芝居に酷似していた。
いや、噺家か。
「かげみは双子の姉がおろおろしているのを見て、凍の記憶を消した「記憶」を消した。全てはかげみの肩にのしかった。」
「そ、そうなんですか。」
妙にドラマチックな話に舞は思わず声を上げた。
すごい話を聞かされているような気がする。
「で、その後沈痛な表情のかげみに、わたしがこっそり聞いた。事実は全部喋ったわよ。凍にも教えてあげたし。知らないのはひなたと和樹。」
洋子はパソコンの画面を見て、完成、とにやりと笑った。
そして舞の肩を軽く叩く。
「ということで、記憶を操作されるってのは意外とあるかも。だから、落ち込む必要はないわ。」
洋子は一瞬舞を強く抱きしめる。
大丈夫よ、と囁く。
「さて、パソコンの基本的な修繕はできたし、部屋に戻るわ。また、凍に教えてもらうのがベストね。わたし基礎しか知らないし。」
舞はもやもやしたものを抱えつつ、洋子を見送る。
かげみにひなた。
どちらも聞き覚えがあるような。
首を傾げつつ、舞は元の作業にとりかかった。
END





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*atogaki*
だんだん凍が特別なキャラクターに。
洋子も最近影が薄かった気がするので出張ってもらいました。
ひなたは最近どうなんでしょうね。