金属加工の週



たいていの生徒にとってゴールデンウィークは喜ばしい週ではない。
舞は大きくため息をついた。
目の前の宿題を見ると、宿題からも見つめられている気がする。
アーホー、と。
実際それくらいの実力なのだが、先生方は積極的に宿題を出して下さる。
量をこなせばわかるようになるのだろうか。
ゴールデンウィークは蜂のごとく生徒の集まりを砕き、
生徒たちを自室で宿題と格闘させている。
ついでに寮長としての仕事もあるのだから大変だ。
「う。」
新入寮生の響谷和樹も足を引っ張っている。
凍は自分が絶対的なちからを持っていると自覚し、ケンカ慣れした空気でずっと周りを圧倒してきた。
だが、和樹はすぐに隠れようとしてしまうタイプで能力の大きさがわかりずらい。
そのためいびられてはちからがはたらき相手に大ケガをさせてしまう。
はっきり言って「こういう能力あります」の看板をしょっておいて欲しいくらいだ。
今は刑罰室にて上級生のあばらを折った罰を受けている。
その分も報告が増える。
勉強よりは報告などの書類作りの方が簡単に感じるため、ついパソコンに向かってしまう。
数学、生物、化学、現代国語、古文、漢詩。
残ってるなあ。
必死の格闘が始まろうとしていた。

 一方、もう赤だらけでいい、と普段は賑わう通りを歩く人物もいた。
凍は従兄弟の和樹と引きずってきた洋子と三者面会してから、ここを歩いている。
和樹の方が学業成績が上なのになぜこういう面倒を見なければならないのかは謎だが、
隠れ癖だけは治してほしい。
舞の足を引っ張るのは確実だし、何より和樹の人生で大損をしかねない。
苦手という気持ちはわかるが、苦手な洋子と面会させて少しずつ心理的なものを強くさせたいところだ。
洋子と別れて、妙に暑い通りでアイスクリームを買い食いする。
おいしい。
今度、舞と会ったらこういう店があると教えて。
て。
そんな機会があれば、教えてまた遊ぼう。
自分を励ましてふと通りの真ん中を見る。
どこかの映画であったような黒いスーツにサングラス、何より鍛え上げた筋肉が立派な男性が大勢走り去って行った。
さすがに気になる。
あのロボットたちのような無機質さは全く感じないが、人数が多い。
凍は買い食いスタイルそのままに男たちの消えた方に向かった。

 どかどかどか
大勢の足音を聞いて、舞は古典のテキストから顔を上げる。
足音は軽くはなかった。
舞がドアを開けるとアイスクリームを食べ終わりたての凍と目が合う。
気まずいがそんなことは言っていられない。
「凍さん、今の足音は!」
凍は男たちの消えた階段を見てからうなずく。
「大丈夫、マシンじゃねぇ。だが、鍛え上げてるのは確かだ。」
凍は上の階、特殊職員寮に向かうつもりのようだった。
絶対置いて行かれたくない。
舞は武器であるメモ帳と鉛筆数本をすばやく持った。
そして、先に行った凍を足音をなるべく立てずに追う。
「ですから、金なら払います!」
大きな声とデスクに拳を叩きつける音がした。
凍は大型の消火器の影に隠れて、様子を見ている。
舞もそこに寄り添った。
「問題は資金ではありません。本当に人を超えた能力を持った子供たちを扱い切れるのですか?」
どちらも老人などの声ではない。
中年くらいの男性同士の会話だ。
そして、脅しのように大勢の黒服がいる。
「特に凍は誰からも見捨てられる運命を味わった、難しい少年です。刑罰室にも何度も入っています。」
舞は思わず凍を見た。
凍は気まずそうに視線を固定したままでいた。
「初めから申し上げておりますが、あの子たちをあなた方が研究と称して解剖する可能性も捨てきれない。」
「そんなことはしない!ただ私の子供たちの望みを叶えてあげたいだけです!」
拳二つ目。
「帰るぞ。」
凍が最小ボリュームの声で言った。
舞は何かひっかかったがそろそろ動いた。
「誰だ!何をしている!」
黒い服の男性に乱暴に声をかけられた。
凍は舞の手をつかみつつ、手を上げて廊下の真ん中に立つ。
舞もつかまれていない方の手を上げて立った。
男性の手には拳銃のようなものがあり、照準は凍と舞に当たっていた。
「オレがアンタたちのボスが言ってた凍だ。撃つか?」
舞は歯の根が鳴りそうだったが、凍のやけに落ち着いた対応のせいかそうはならなかった。
「君が凍、だと?」
理事長室から出てきた平凡そうな中年男性が穴があくほど凍を見た。
「とても16には見えないんだろ?こちらに害意はない。悪いが部屋に帰らせてくれ。」
言いながら凍は階段の方にそろそろ体を動かしている。
舞も付いていけたということは、かなり気を使ってくれた証拠だ。
「君がひな」
「悪いな。」
凍はあっという間に階段を下りた。
舞も付いていく。
黄色のフロアに着くと、凍は息をついた。
「よくわかんねぇけど巻き込んだみたいだな。」
舞の心臓はハイペースで動いている。
呼吸器も負けずにハイペースだ。
「悪ぃけど借りるぜ。」
凍は舞の部屋のキーをとって勝手に舞の部屋に入った。

 舞は大きめのソファに座らされ、凍に紅茶を淹れられていた。
微妙にわからん、などと不安なことを言いつつも凍はまともに紅茶を淹れているようだった。
「こう、でいいよな、ブラックか。」
ぶつぶつ言いながら凍が暖かい紅茶を持ってきた。
「落ち着け、たぶんこっちにゃ来ないから。」
舞は少しだけ物足りない紅茶に口を付けた。
「っつーか、少しかくまってくれ。あいつらに見つかりたくない。」
凍が傍にいる。
と思うと舞は今までとは違う意味で心臓の動きがハイペースになってきた。
「な、慣れてらっしゃいますね。」
ものすごく失礼な気もするが言わずにはいられなかった。
「おう、ここに来るまではケンカ上等で来たからな。マジで撃たれたことあるし。」
舞は紅茶を置いて、凍のたった十数年間の人生を振り返るような顔を見た。
泣きそうにも笑いそうにも見える。
落ち着かない。
そうだ、一番落ち着く方法は。
「凍さん、すみません!数学と化学教えて下さい!よくわからないことが多くて!」
結局、凍は夕方まで覚えの非常に悪い舞という生徒相手に、頑張って数学を教えることになった。
END





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*atogaki*
泣き顔と笑顔は紙一重とも言いますし、凍は普段見てるより複雑なタイプのようです。
でも、舞と和やかに数学の勉強できてよかったね。
舞もこれで赤点から一歩、くらいは遠ざかったと思います。
凍の英語は知りませんが。