いいこと悪いこと



神様でもそうでなくても聞こえるなら教えて下さい。
オレ、そこまでとんでもないことをしましたか?
凍は赤のフロアで友人と内容のない会話をしながら、こっそりため息をつく。
今まで舞は凍を見つけたら、あいさつして近付いて来たりしてくれた。
それが、あの日以来目も合わせてくれない。
もちろん近付くなどということもない。
確かに舞を抱きしめたのはやりすぎだったかもしれないが、そこまで悪いことだったのか。
高校の入学式の時は舞の視線を感じたが、彼女は近付いてはくれない。
舞は英語のよき先生だったのでテストの点数も心配というダブルパンチだ。
思考はメビウスの輪のように回り続ける。

 舞は自室で四人分の紅茶をいれていた。
以前に泣き出してしまった時に抱きしめてきた凍の体温がまだ感じられる気がする。
身長は舞より少し高い程度なのだが、男の子の体とやや大きめの手は暖かかった。
思い出すと顔がほてるので考えないことにしている。

 そのころ、舞の部屋で彼女の友人たちがソファに座ってこそこそ話していた。
「凍も早まったもんよね。」
洋子が言うとともよが考え込む。
「でも、ちょっと気持ちわかるかも。自分には必要だ、って言いたいもん。」
「意識してもらえるだけいいと思うんだけれど。」
愛菜がため息をつく。
「ただ凍くんにとっては非常に寂しい事態だわ。」
うーん、と洋子がうなる。
「あたし自身、恋愛未経験だからアドバイスできないって。」
「だから、凍くんに意識されてるよ、って言ってあげられればいいんだけど。」
ともよがしっかりしたことを言う。
「ええ、記憶術師の魔の手のことを受け入れられたのもあなたのおかげ、ってね。」
彼女たちのひそひそした会話は舞の登場で打ち切られた。

 凍は相変わらずメビウスの輪にはまっていた。
そこに誰かが走ってくる音とそれを制止する声が聞こえた。
無駄にケンカ慣れしたせいか気配で誰だかわかる。
「凍兄ちゃんー!」
凍は自分より手足の伸びた少年に抱きつかれた。
「うえええええ!凍兄ちゃん、怖かったよー!」
「おい!和樹!いきなり泣くな!どうしたんだ!?」
抱きついてきたのは従兄弟だった。
もちろん自分より年下だ。
「おれが借金取り殴ったら、頭がもげて、警察にも連れてかれてわけわかんないこと言われてここに来たんだ!」
さて何が起こったのだろうか。
まず、一族恒例・事業に失敗したのだろう。
それで借金取りに張り付かれることになった。
そして、あまりのうるささと怖さに耐えかねた、従兄弟の響谷和樹が借金取りを殴った。
ちから加減を間違えて和樹の拳が借金取りの頭を胴体と分離させた。
あまりのことに警察に連れて行かれ色々と事情を聞かれた。
そのさいちゅうにこの学校の使いが来て、ここに連れてこられた。
「何があったのかは知らねぇけど、落ち着け。深呼吸でもしろ。」
すうはあすうはあ
和樹がゆっくりと深呼吸する。
「すみません、赤井君。どうしても君に会いたいというから連れてきたのですが。」
スーツを着た男性が軽く会釈する。
「よかったら、あとの面倒はオレがみます。次にすることは何ですか?」
深呼吸してなお涙目になっている和樹を見ながら、凍が言った。
「黄色のフロアのクイーンにあいさつをして、部屋に案内するだけですが。」
男性は凍に任せたいのか部屋の鍵を渡してきた。
気まずい。
そう思いつつ、凍は和樹の手を引いて歩きだした。

 コンコンコン
舞の部屋のドアをノックする。
「はい。」
あっさりとドアが開く。
凍の見たかった顔が現れる。
ドアが閉まりかけるが、舞の目が和樹をとらえた。
「すみません、あの、こちらの方は?」
凍は和樹の背中を軽く押した。
和樹の目からはまだ涙がこぼれているが、自己紹介は自分でした方がいいだろう。
「おれは響谷和樹です。これからお世話になります。」
「おい、名前言っただけじゃ自己紹介にならねぇぞ。」
ああ頼りない。
仕方なく、凍が口を開いた。
「こいつはオレと洋子の従兄弟の響谷和樹。ちからは時々腕力や脚力が強くなりすぎて相手に大けがを負わせたりする。」
名前が出たからか、洋子が舞の部屋からのぞきこんでくる。
「あ、和樹。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないだろ、この場合。ここで生活することになったらしい。」
洋子が出てくると、和樹は凍の後ろに隠れた。
「和樹、隠れんな。おなじみの洋子じゃねぇか。」
「そうだけど。」
「洋子、悪ぃけどこいつの部屋までついてきてくれ。ここの生活の説明しなきゃならない。」
洋子は素直にうなずく。
「舞、じゃあね。」
凍、和樹、洋子の姿が見えなくなると、愛菜がため息をつく。
「成功した家と失敗した家、どちらがいいのかしらね。」
「幸せになった者勝ち、じゃないかな。」
ともよがもっともなことを言った。
END





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*atogaki*
意識してもらえてよかったね、凍。
面倒をみないといけない人が増えました。
みんなで幸せの風船の争奪戦でも行いましょう。