消えたものと残ったもの



舞は絶句した。
「え?もう卒業式があるんですか?」
相変わらず舞の部屋でゆったりしていた洋子は、そうそう、と言っている。
「うん。どうせエスカレーターだから誰も何も言わないだけ。」
「クラスも変わらないんだよ、変わるのは制服と授業内容だけ。」
ともよが付け足す。
なるほど、高校三年生以外のんびりしているわけだ。
中学校の知識でさえ怪しい舞は不安になってきた。
「どうせみんなお金そんなに持ってないから、教科書はもらえるわよ。」
そういう問題なのか。
寮の資金から教科書代が消えるわけでなければ何でもいいが。
何かが震える音がした。
m-pasoが震えている。
舞の場合、携帯は友人たちからのメールが多く、m-pasoは教員からの場合が多い。
緊張しつつm-pasoに着信したメールを見ると、なるべく早く保健室に来るように、とのことだった。
「すみません、保健室に行くように言われたので留守番頼めますか?」
「もちろん!りょーかいさん!」
洋子の元気な声を聞きつつ、舞は部屋を出た。

 保健室に行くとクラスの担任と保健室の医師がいた。
「鈴夜舞さん、こちらにどうぞ。」
言われて担任と医師の間に立った。
「舞さん、つらいことを聞くようですが、記憶を無くされたのはいつですか?」
「一年程前です。道路に倒れているところを見つけて下さった方が救急車を呼んでくれました。」
舞ははっきり答えた。
「それまでの学習内容は覚えていますか?」
担任が聞きにくそうにしている。
「いえ、英語以外は小学生並しか覚えていなくて。」
「交通事故に遭ったのですか?」
医師がカルテのようなものを作り始めた。
「警察の方に恐らくひき逃げと言われました。事故について何か覚えているのではないか、と聞かれましたが何も覚えていません。」
ふんふん。
言いながら、医師はすらすらカルテらしきものに何かを書いていく。
「わかりました。すみませんが脳の検査を卒業式までに受けていただけませんか?記憶術師が関わっている可能性があります。」
いきなり忙しくなった。
「病院の方には連絡を入れておきますから、明日以降にこのカードを持って特務病院へ行って下さい。」
医師の目は恐ろしいほど真剣だった。

 部屋に戻ってこのことを洋子とともよに話すと二人の目の色が変わった。
「記憶術師ぃ?最低じゃない!」
洋子が眉間に寄せられるだけ皮膚を寄せている。
「もしかして、舞の成績が悪い理由って。」
ともよが珍しく非常に真剣な顔をしている。
舞は二人の態度に首をかしげた。
「舞、記憶術師ってのはね、他人の記憶を消したり無理に付け加えたり記憶力を操作する外道よ。」
「記憶を消す?」
「うん、ちからが強い人ほど危険な人はいない。」
記憶を操作する人間。
確かに危険な人間だ。
けれども、病院での検査と何の関係があるのだろう。
「たしか特務病院に行くんだよね。だったら、先生たちは記憶術師のこと、本気で疑ってると思う。」
ともよも険しい顔のまま、言う。
「特務病院で検査すれば、記憶操作の有無が確実にわかる。物騒な話になってきたわね。」
舞は二人の顔を見比べた。
記憶がない本人は何とも思っていないが、周りはそうではないようだ。
END





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*atogaki*
ややこしい雰囲気になってまいりました。
病院で検査、卒業入学。
盆と正月がいっしょに来た感じかもしれません。