夏の夜は短い。
「もうホールの消灯時間だから、部屋に戻ってくれないかな?」
舞はスケッチブックと鉛筆を持ったまま、携帯ゲーム機で遊んでいる小学校中学年二人組に話しかけた。
「何だよ!」
「オレたちは対戦の最中なんだ!」
舞は考えた。
「ね、一旦勝負を止めて、お部屋のインターネットで遊んでくれないかな?」
舞なりに一生懸命頑張ったのだが、どうもダメらしい。
「えー、もうちょっとで勝負つきそうなんだもん!」
「何だよ、お前こそ負けかけてるくせに!」
「うわ!負けた!お前のせいだぞ!」
なぜか負けた方の少年が舞を指した。
「こんなの、無効だ!」
勝った方の少年が青ざめた。
見てみるとゲーム機が溶けている。
「何しやがるんだ!負けたくせに!」
今度は、負けた方の少年が顔を真っ赤にした。
ゲーム機の画面を見ると完全な砂嵐になっている。
舞は思わず少年たちの頭をつかんだ。
そして、最大のちからで少年たちの額を互いにぶつける。
「いてぇ!」
少年たちはどちらも額を抑えた。
「物を粗末にしちゃいけません!これとこれは没収!」
没収したって意味ないわね、これ。
心の中で、舞はため息をついた。
「それと一週間インターネット禁止!わかったら部屋に戻りなさい。」
泣き出す小学生に、本当にため息をつきながら舞は少年たちの背中を押した。
嫌になってきた。
これで今日何人目だ?
凍は消灯作業をしながら、うんざりと目の前の現実を見た。
同学年くらいの少年二人が胸倉をつかみあい、凍から見て右の少年が左の少年の顔面に強力なパンチを食らわせている。
ギャラリーもそれなりの数がいて、はやしたてている。
あー、もう頼むから普通に消灯させてくれ。
「おい、何やってんだ?」
凍が低い声を出した。
それだけでギャラリーの何割かは走って逃げていく。
全員そうしてくれると助かる。
「寮監サマかよ。ちびっこが何の用だ?」
胸倉のつかみあいはやめて、ケンカしていた二人とギャラリーのうちの何人かが寄ってくる。
ちびっこと呼ばれてこちらもむっとしたが、彼らとケンカしてはいけない。
「消灯時間だ。ケンカなら明日の日の出からやってろ。」
「偉そうに口出すんじゃねぇ!」
ケンカをしていたうちの一人が凍の胸倉をつかんだ。
「しょうがねぇな。」
ぼそっと凍がつぶやく。
「あんだと?」
何かが急速冷凍されるような音がした。
「う、うわあああ!」
凍をつかんでいた腕が凍る。
「離せ。離しておとなしく部屋に帰るならもとにもどしてやる。」
どさ
凍は尻もちをついた。
「っつたく、寮の規則くらい守れよ。今日は無罪放免にしといてやる、二度目はねぇぜ。」
赤いものが凍った腕に巻き付いた。
すると、手があっと言う間に元に戻る。
いろいろこちらに罵声を浴びせながらケンカしていた少年たちとギャラリーが去っていく。
「今度やったらこれくらいじゃすまねぇぜ!」
はい、消灯と。
あくびをしながら凍は自分の部屋に戻った。
規則を守らない奴はいるものだ。
もう消灯時間だというのに、ひとけのないフロアの中心で少年と少女が座っていた。
こそこそ話しているがどうも愛を語らっているらしい。
少年の方には見覚えがある。
女遊びの大好きな奴だ。
何がそんなに楽しいのかわからないが、寮の規則だけは守ってもらなわいと困る。
「お二人さん、消灯時間ですよ。何なら凍でも呼んできましょうか?」
自分の能力だけでは暴力的解決は難しい。
「凍」の名前を出すと、たいていの生徒は部屋に戻ってくれる。
もっとも、凍本人にバレたら殴られるだけでは済まないだろうが。
お二人さんはすごすご部屋に帰るようだ。
これで勉強時間も七夕の決済をする時間もできる。
フロアの電気を消す。
そういえば、黄色のフロアのクイーンは転校生だったか。
美人と評判だが、そのうち会議で会えるだろう。
凍が惚れているというウワサもある。
面倒な会議がわずかに楽しみになった。
さっさと自分の部屋に戻る。
決済が先かな。
彼は伸びをしながら部屋に戻った。
END
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*atogaki*
寮監22時でした。
どこの寮監も大変です。
そして大幅に季節がずれています。
笑ってごまかそう。