しかも妙にきつい日差しは肌を通じて内臓に侵入してくる気がする。
周囲の騒音に紛れ、私はここに立っている。
なぜならば今日は体育祭があり、今は開会式の真っ最中だからだ。
校長先生のありがたいらしいお話を右から入れ左から排出しながら、由枝は自分の暇人ぶりを自覚した。
周囲では学生同士の他愛ない会話が続いている。
十月のわりにきつい日差しに当てられながら、胸囲がないため男子の体操服が似合いそうな由枝は立っていた。
やっと校長の話が終わりラジオ体操になった。
若い身としてはつまらない説教を聞くよりは体を動かす方が気持ちいい。
いつもよりのびのび体操をしていると校庭の隅っこにいたちのような生物がいた気がした。
気がしたを連呼している感じだが、それはこの日差しのせいである。
決して、自分が故郷の惑星を飛び出してきたために生みの親と育ての親が結託し異常な電波を送ってきたから、ではないのだ。
「なあ、器のやつどこに行ったと思う？」
「修兄ちゃん、当てもないのにここに来たの？」
「まあいいや、ここで器を呼ぼう。」
「別にいいけどさ・・・・。」
本当に宇宙から自分専用の妨害電波が送られてきたのだろうか。
理解しづらい話し声が聞こえる。
とりあえず、突っ立っていたら開会式は終わったので由枝は取っておいた席に座った。
まぁ、観客＝生徒である。
いい席を取れたので座ってお茶を飲んでいると裕子たちが来た。
「由枝〜、冷たいよ。先に来てるなんて。」
裕子がそのようなことを言ってきたので反論しておくことにする。
「暑くてまいっちゃって。でも、席とっといたよ。」
そう言うと彼女たちはまいっかなどといいつつ、席に座った。
この十数分後、競技が開始され由枝にとってややこしい一日も始まるのであった。
最初に百メートル予選が開始された。
男女別に走り出す。
同時に走り高跳びも開始されている。
何となく動くものを目で追っていると百メートル、走り幅跳びとほぼ同時に奇妙な現象が発生した。
百メートルの方ではゴール用のテープが真っ二つに切れた。
先頭の選手が勢い余って数メートル行き過ぎる。
また、走り高跳びの方ではバーが横に二分割されている。
百メートルのテープはともかく、走り高跳びのバーは器用に切れている。
数学的に見てもちゃんと二分割されていそうだ。
由枝は、なぜ『切れた』と思ったのか疑問に思わなかった。
まあそれでも何とか、その二つの競技は無難に終わった。
しかし、その後の砲丸投げと走り幅跳びはそうはいかなかった。
由枝は例のごとく砲丸の動きを目で追っていた。
陸上部で本格的に砲丸投げをやっている生徒が砲丸を投げた。
砲丸は物理法則に従った動きで飛んでいく。
そして着地・・・・・。
びゅぁぁぁぁ・・・ぉぉぉぉ・・・・
いきなり突風が吹いた。
思わず閉じた目を開けて砲丸が飛んでいったほうを見ると、何回か跳ねたような形跡があった。
その生徒には気の毒なことだが、記録は計測不可能ということになった。
「ああああああ！」
裕子がカメラを持ったまま器用に頭を抱えた。
彼女は校内でもかなりもてる男子生徒が、走り幅跳びをする決定的な瞬間を撮ろうとしていたらしい。
「裕子、どしたの？」
彼女の横に座っていた里実が裕子の視線を追っている。
「先輩の超グッドショット撮ろうとしてたのに〜。このくふぉ突風がぁ！」
走り幅跳びの方を見ると、確かに先輩が悔しそうに唇をかんでいる。
「何か先輩の足跡が突風で消えちゃったのよ！ あぁ、畜生！ ファンの子に売れば高かったのに！」
裕子は何か違う観点で悔しがっている。
先輩も気の毒に。
そこで由枝が参加する種目の召集がかかった。
妙な風が体育祭の進行を微妙に妨げている気はするが、もちろん体育祭は続行された。
次は二百メートル走だ。
裕子や里実などは、
「由枝、がんばってね！ 大勢のファンの女の子がアナタを見守っているわ!]
「私全力で応援しているからね！ 由枝様ファイト！」
などと、ろくでもない応援をしてくれた。
自分としては決勝に出る努力などせずに、観客席で裕子や里実を観察している方が楽しいのだが。
「選手の皆さん、頑張って下さい。」
前走の男子に放送席にいる放送部員が、無責任な声援を送る。
「一年女子、赤・銅伽宇果さん、黄・田中光子さん、桃色・東小夜さん、藍・石井器さん、灰・赤城由枝さんが次の走者です。」
自分が走る番の走者が放送される。
「石井！何だ、その茶色い髪は！」
隣に座っていた美少女に、生徒指導に熱心な教師が説教をくらわしている。
黄色い歯に太陽光が当たりだいぶ滑稽なのだが、教師本人はあまり気にならないらしい。
人の茶髪を気にする前に自分の並びの悪い歯に恥じ入った方がいいだろう。
「選手の皆さん、位置についてください。」
おずおずとした声で係りに当たっている生徒が言う。
さあ、ちゃちゃっと終わらそう。
とりあえず、位置について軽い柔軟体操をする。
「楽しみ、一回人と足の速さを競ってみたかったわ。」
そんな声が走者の中から聞こえた気がするが、あまりにさりげない一言だった。
「位置について・・・・よーい・・・・。」
ぱぁぁぁぁん
景気のいい音がし女子二百メートル走が始まった。
由枝は前をしっかり見据えて走った。
中途半端に負けず嫌いなところが出たのか、他の何かに気付く余裕はない。
実は自分の着用しているクラスごとのはちまきが額で真っ二つに切れた上、そこから血がにじんでいることなど。
由枝は一位でゴールした。
予定外のところで全力疾走したので手足が痛い。
「由枝、マジ大丈夫？」
座り込んでいると、予想外の人物から声をかけられた。
裕子だ。
里実も横にいて、二人してけが人でも見るような目つきである。
「どうかした？」
自分に何も落ち度はないはずである。
スタート地点からいきなり逆走したりしていないはずだ。
「由枝様、額大丈夫ですか・・？」
言われて触ってみて初めて気がついた。
額が軽く切れて出血している。
「ま・・まさか、今まで気付かなかったの？」
裕子が未確認生命体でも見るような目でこちらを見ている。
「うん。」
自分の鈍感さに驚きつつ、返事だけはすると裕子は由枝を観客席に引きずっていった。
昼休み、由枝は思わず考え込んだ。
あの後のハードル走でもいきなりハードルが倒れたり、ハードルが縦にすっぱり切られたりで奇妙すぎるのだ。
ここまで徹底されると、全ての競技での異常な現象に関連性があるとしか思えない。
トイレ帰りに校庭のひとけのない場所を通っていると声が聞こえた。
「器ちゃん、走ってたね。」
少年のような声が聞こえる。
「ああ。器の奴、何で人間なんかと競争したがるんだ？」
怪しい。
いい趣味ではないが立ち聞きすることにした。
「器ちゃん走るの好きだしね。」
前髪にメッシュの入った男子生徒がそう言うと、真面目そうな長身の生徒が応じる。
「まあ、確かにな・・・。でも、それだったらもっと足速い奴とやればいいのに。」
「とりあえず、灰色のはちまきの女の子は妨害しといたけど・・・・・。」
「え？あれって・・・。」
強烈に身の危険を感じる。
由枝はいつの間にやら二人に向かって歩いていた。
自分たちのみで話をしていたと思っていたらしい二人組は、全身を使って驚きを表現している。
が、そんなことは知ったことじゃない。
「おい、人の迷惑というものがあるだろう。一応、これは祭りなんだ。余計なことをするな。」
自分でも言っていることの内容が把握できない。
「私の額が切れたじゃないか。どうしてくれる気だ。包帯やらガーゼやらしていると暑いんだぞ。」
いや、別にそんなことを言うためにこいつらの前に現れたわけじゃない。
「すいませんでした・・・・。」
「ごめんなさい・・・。」
謎の二人組は脅かすまでもなく謝ってきた。
由枝は全身から相当量の殺気を振りまきながら、さらに嫌な予感がする事について質問した。
「おい・・・・・、一年九組の石井器はおのれらの知り合いか？」
確か彼女は二位で二百メートル走決勝に出るはずだ。
「器ちゃんは妹だよ！薬を持ったまま出家しちゃったから・・・・。」
そう言ってメッシュは半泣きになった。
彼の頭の中のイメージでは出家＝家出になっているらしい。
まあ、信仰心があれば問題はないであろう。
「修兄様に正兄様！」
ただでさえ予定外の人物が一人いるのに、さたにもう一人予定外が増えて男二人は完全に混乱しているようだった。
「石井、とにかくダメ兄二名を何とかしろ。私はこんなところで死ぬ気はないぞ。」
単に感覚が麻痺しているために、由枝はすぐ復活した。
が、器は別にそのことに関して関心を持たなかったらしい。
「兄様たち、邪魔しないで！ せっかく決勝でもこちらの方と競えそうなのに！」
器はそう叫び何ともいえない方向へ走り去った。
無性に腹が立ってきた。
別に自分の額が切られる理由などないではないか。
「おい・・・・・、腹立つからお前らに関節技でもかけていいか？」
由枝は冗談とも思えない一言を発し、くるぅりと兄弟の方に向き直った。
「いえいえいえいえいえいえ結構です。」
そう言って最初にメッシュの生徒が消えると、真面目そうな生徒も
「おい！ 正、先逃げんな！」
と言って消えた。
やり場のない怒りを抑えて観客席に戻ると、またもや裕子がカメラを抱えていた。
「午後の競技の紹介です。プログラム5番選抜リレー予選、6番騎馬戦、7番二百メートル走決勝、8番百メートル決勝、9番リレー決勝です。」
由枝は落ち込まざるをえなかった。
午後の競技のうち自分はリレーと二百メートル走に出なければならない。
「由枝、とっくに召集かかってるよ。」
心配そうな目で裕子が自分を見てくる。
「ああ、そういえば・・・。じゃ。」
由枝は青白い顔をして、集合場所に向かった。
予想はしていた。
どうせそういうことになるだろうと悟っていた。
「一年生女子選抜リレー。水色・1番山本金子2番盛岡八値3番守唖果亜4番名香野覇夏季、藍色・1番大岡恵鎚2番花森初杵3番太田華魔図4番石井器、灰色・1番加藤里実2番田中恵3番盛岡求華4番赤城由枝。」
ああ、また一緒か。
とにかく、殺されないように気をつけなければ。
こうして、不安と混沌の体育祭午後の部は幕を開けた。
第一走者が遥か向こうで位置に着いていた。
何事もなく終わるわけがない。
暗黒のユーモアに満ちた異常生物の妨害が自分を待っているであろう。
そう思うとかなり緊張する。
「位置に着いて・・・・・・。」
ぱぁぁぁぁん
リレーが開始された。
一人二百メートルのリレーだが、速いところはもうバトンが第二走者に渡ろうとしている。
「きゃああ！ 灰組めちゃめちゃ速いじゃん！」
同じ第四走者がそのようなことを言って、初めて由枝はそのランナーが里実であったことを思い出した。
確か彼女は、
「由枝様がアンカーだから、華を添えられるように一生懸命走るよ！」
などと言っていた覚えがある。
華とは今思えば皮肉なものである。
この場合は、黒バラになりそうな気がする。
「灰組！ さっさと出ろ！」
声の大きい体育教師に怒鳴られた。
さっさとフィールドに出るとしよう。
フィールドに出るとすぐ盛岡が走ってきた。正式なルール通り後ろを見ずにバトンを受け取る・・・と、
「いつっっっ」
由枝は小さく叫んだ。
走りながら左手を見るとバトンが変な風に割れている。
自分の手からは血が流れていた。
「負けるか！」
そうつぶやくと彼女はペースを上げた。
こうなったら意地でも勝つ。
強力な敵に勝利すべく走っていると、左手に痛みを感じた。」
何が起こったのか確認する気も起こらない。
今は勝利への道を歩むべきときである。
「由枝様、由枝様！もうゴールに着いてる！」
そう言われてようやく里実が自分の右腕をつかんでいることに気付いた。
左手の握り締めたバトンに血がにじんでいる。
「ああ・・・・・。」
由枝は何となく自分に感動した。
自分はこんなことができたのか。
その後、騎馬戦は強風で割るはずの風船が飛ばされ中止になった。
そしてそして、由枝にとって最悪の事態が発生した。
藍組のリレーチームは二位で決勝に出るのだ。
「由枝、それにしても・・あんた・・・今回やたらとけがしてない？ それに、さっさと病院行きなよ、手のひらのけがひどそうだったよ。」
と裕子ですら病院行きを勧めてくる。
しかし、ここまでれっきとした挑戦状を送られると逃げられない。
もちろん由枝はその後の競技にも参加する。
二百メートル決勝。
待機場所では石井が熱烈な視線を送ってくる。
本音はもちろん「ぶっ殺す」だが由枝は何となく眠かった。
麻酔をしているわけでもないのだが。
「位置に着いて・・・用意・・・。」
どん
競技が開始された。
由枝はまっすぐ前を向いて走った。
かなり無理なペースで走っているため、意識が朦朧とする。
がぱっ
変な感じがした。
が、構わず走る。
何でもいい。
とにかく勝利勝利勝利勝利勝利勝利勝利。
ゴールした途端、由枝は座り込んだ。
座り込んで数分後に気付いたのだが、走っている間の変な感じは、靴紐が切れて靴が脱げたのだった。
気付かず走る自分の集中力に感謝である。
「由枝さ、今回は祟られてない？ よかったらその筋で有名な某神社でも紹介しようか？」
と裕子に言われ、
「由枝様、最近誰かに酷いことしました？ 思いつめさせて自殺させたとか・・。」
と里実に言われ・・・・箔がついてしまった。
担任の荻原に、
「由枝さん、感動したわ！ でも、病院行った方がいいんじゃない？」
と言われた。
自分の負けず嫌いの成果である。
次は本命のリレー決勝である。
事前の百メートル決勝でたいしたことが起こらなかったのが気になる。
「では、本日の最終種目、リレー決勝です！ 今年の優勝はどこでしょう！」
放送の内容を気にしている場合ではない。
何が何でも器に勝つ。
「位置に着いて・・・・・」
ドン
かなり景気のいい音がした。
由枝が真剣にリレーの様子を見ていると、里実が途中で転んだ。
立ち上がった里実の足には転んだためにできたとは思えない傷がある。
が、里実は明らかにそれまでより速いペースで走り始めた。
自分を抜かしていった選手の一人を抜いて、走者が入れ替わる。
由枝は意図せずに拳を握っていた。
絶対負けない。
自分にバトンが回ってきた。
今度は右手で安全なところを握って走る。
前にいる走者は器を含め三人。
彼らを抜かせば一位だ。
由枝は普段からは考えられないほどスピードを上げた。
彼女にはもはやラインと前方の景色しか見えていない。
「おおっと！ 灰組のアンカー、赤城さんが二人をごぼう抜きしました！ あ！ 現在一位です！」
放送部員がマイクごしに叫ぶが、肝心のトップ二人には聞こえていなかった。
由枝が先ほど器を抜かしたが、器が由枝を抜き返す。
すると負けじと由枝が抜き返す。
前代未聞の好勝負である。
由枝は最初にゴールに到達することに成功した。
そして、彼女はその場でばったり倒れてしまった。
「あああああああああ！」
裕子は涙声で叫んだ。
せっかくの感動的な好勝負だったのに、電子記録掲示板の表示が消えてしまったのだ。
こうして、由枝の悲惨な体育祭は幕を閉じた。
由枝は閉会式までの休憩時間に校舎内に入った。
すると、予想通り三人がいた。
「器ちゃん、帰ろうよ。」
「いや！」
「傷を治すための薬は？」
由枝はゆらりゆらりと幽霊も真っ青な動作で彼らに向かっていった。
すると、三人の顔が真っ青になる。
「きゃあああああ！ ごめんなさいぃぃ！」
器が真っ先に叫ぶと正も、
「すみません！ すみません！」
と頭を抱えて叫び、修も、
「謝る！ 謝るから！」
と由枝の顔とは微妙に違う方向を見て叫び出した。
「おい、薬っていうのは何なんだ？」
由枝が恐ろしい形相で尋ねると、
「そそれは切ったものを直すための薬品だ！」
「切ったものを直す？」
「かまいたち伝統の薬なんです・・・。」
おずおずと器が答える。
「いい加減無責任に家出なんぞするな。こっちが迷惑だ。いいじゃないか、待ってる奴がいるだけ。だいたい、その薬は家宝か何かじゃないか？ とにかく切ったものは直せ・・・・・、それから帰れ。わかったか。あとな・・・・・・・。」
その後、私立天城高校の怪奇伝説が増えた。
その1・体育祭で壊れたものは変形する。
例えば切れたはずの電子記録掲示板のコードが二股になって直っていたり、割れてしまったバーが太くなっていたりするのだ。
体育祭直後に体育祭実行委員が気付いたのだが恐ろしいことである。
その2・通称『ヅラ伝説』。
体育祭の日にカツラを着用している教職員は、強風によりそれを暴かれるという伝説だ。
本校ではもてる美形の教諭の頭が『脱毛時代』であったことが発覚。
また校長と教頭が同一メーカーのカツラを着用していた事実も明らかになり、校内新聞はにわかに活気付いた
その後、一ヶ月ほど校内新聞に「カツラ」の三文字が踊らなかった日はなく、校長たちは「言論の自由」に歯軋りしなかった日はないという。
その3・これは事件の数十年後に付け加えられたものである。
ないようは・・・・まだ知る由もない。
こうして学園に平和が戻り、由枝も勉学の秋を満喫するのであった。
END
back
*atogaki*
最後の一品で、負けず嫌い編でした。
想像膨らむ部分はいくつかありますが、まあそれはそれということで。
はぁ、やっとリメイク編も終わったよ。