謎の事件簿4



朝の学校の屋上、そこは風通しもよく居心地のいい場所だ。
ということで、少女は屋上で勉強していた。
少年のような体型にはちょっと女子の制服は似合っていない。
それはともかく彼女は『英単語覚えるべきはこれだ!』という本を見ていた。
英語担当の教師が、気の緩みを正すためという名目で小テストをすることになったのだ。
それもばっちり追試がある。
由枝はげんなりと出題範囲のテキストを見ていた。

 空で何かが光った気がした。
まいいか太陽だろうし、と思ってから由枝は反対方向に朝日を確認した。
いくら世紀末とはいえこんな時間に金星や火星が見えるわけはない。
しかし天体の動きを気にしている間にも勉強しないと、夏休み終了直後のこんな時期にいきなり追試である。
英語教師安西万里は鬼として知られている。
どんな恐ろしい目に遭うか、しれたものではない。
由枝は見なかったことにして再びテキストを見だした。
しばらくぼんやり勉強していたのだがいきなり周囲が騒がしくなった。
一応確認してみると、よくSFに出てくる形の機械のような物体が転がっている。
ぼーっと見ていると中から人間が出てきた。
彼らのジェスチャーを見ていて分かったが、どうやらこの機械の塊が壊れて不時着したらしい。
由枝は単語の暗記を再開することにした。
未確認飛行物体の周囲にいる人々に構っていて追試になるのは嫌である。

 宇宙人の皆様は放っておいて勉強に集中していると、宇宙人の一人がこちらを向いた。
その宇宙人に合わせたかのように他の宇宙人もこちらを向く。
宇宙人の皆様がこちらを向いているのでこちらも皆様の方を見た。
全員若い男女だが、軍人だろうか観光客だろうか。
ちゃんと見るとみんな美人である。
そんなことを考えていると彼らのうちの一人が話しかけてきた。

 話しかけるというのは正確ではないかもしれない。
彼らはどうもテレパシーで話しかける習慣があるらしく、テレパシーで何事かを伝えようとしているらしい。
しかし、言葉が古典をまろやかにしたようなむにゃむにゃしたものである上、いきなりわけの分からない言葉でテレパシーを送られても相手にそれ相応の器がなければどうしようもない。
どうも由枝には才能がなかったらしくテレパシーが送られるなり、めまいがした。
そして数十秒後頭が割れるように痛み出す。
死んだ方がマシかもと思えるような激痛である。
脳みそが崩壊するか否かというときに痛みがやんだ。
いつの間にやら由枝は屋上の床に苦しむ病人のような体勢で倒れていた。
すまなさそうな顔で、やはり美形の青年がこちらを見ている。
痛みが止んでもいきなり吐き気が止まるわけでもなく、由枝は口を押さえながら立ち上がった。

 察するに助けて欲しいということであろう。
そう判断できるがどうしろというのであろうか。
ここがどこだか知りたいのか、宇宙船の修理をして欲しいのか、見当が付かない。
由枝が考え込んでいると間抜けだが無視できない音がした。
朝のホームルームの予鈴である。
とりあえずこの宇宙人御一行を適当に隠しておかねば、誰かが彼らに偶発的に遭遇した場合すさまじい危険(テレパシー)にさらされる恐れがある。
「すまないがちょっとついてきてくれ。」
その言葉に反応したのか動作に反応したのか、うら若き(?)宇宙人御一行様は由枝についてきてくれた。

 ホームルームの間由枝は気が気ではなかった。
配り物や一日の連絡などより、宇宙人が見つかっていないかどうかの方が差し迫って重要である。
担任の萩原里美も由枝の様子に気付いてはいるようで、やたらこちらを見てくる。
何でもいいから早く終わってくれ、という祈りが効いたのか、萩原は早めにホームルームを終わってくれた。
由枝は宇宙人の皆様に隠れていただいた曰くつきの特殊教室に行こうとしたが、またもや邪魔が入った。

 等身大の障害物の名は後藤隆晴という。
びしっと指を指して不良と言い切れるくらい不良な男子生徒である。
「どいて下さい。」
由枝が一応ちょっと丁寧に頼むと、
「あん?」
という予想通りの反応が返ってきた。
しかし、このような弱っちい輩に労力を裂いている場合ではない。
「どけっつてんだ!ぼけなす!」
気合一発右手で後藤を押しのけると由枝は曰くつきの教室に走り出した。

 英語第一教室は、ここで自殺した生徒の霊が出ることで校内では有名である。
今は使われていないし曰くつきなので誰も近寄らないので宇宙人を突っ込んでおいたのだ。
しかし、どうしても嫌な予感がする。
騒ぎになっていたらどうしようと思いつつ歩いていると教室の前に着いた。
一限目にはこの付近への移動教室はないらしく静かである。
しかし、そこに漂う臭いで由枝はトラブルが発生していることを確信した。

 教室に入ると、真剣な顔つきで宇宙人(男)が壁に銃らしきものを向けていた。
教室の壁のところどころに黒い焦げた跡がある。
おそらくレーザー銃の類なのだろう。
古い花瓶が床に落ちて割れていたり黒板消しやチョークが散乱したりしている。
とどめに壁際に何か白っぽい人影が見える。
何が起こったのか大体わかるが、次に行くべき場所というものが思い浮かばない。
あそこ以外は・・・・・。

 結局、由枝は宇宙人を再び屋上に連れて行った。
屋上は立ち入り禁止になっているのでそんなに人が来るとも思えないからだ。
自分のような人物がこの息苦しい高校にいるとも思いづらい。
校庭から見えないように全員で協力して宇宙船を動かしてから、由枝は自分の教室に戻っていった。

 教室に着くと、またもや等身大障害物の後藤君がいる。
何でもいいが次の授業は数学である。
とっととどいていただきたいものだ。
「すみません。どいて下さい。」
一応笑顔で丁寧に言ってみた。
すると、人間障害物はげらげら笑い出した。
想像していたリアクションのうちの1パターンではあるが、実際にされるとかなり腹が立つ。
「聞こえませんでしたか?」
最後の警告をすると障害物はさらに笑い出した。
由枝はとりあえず後藤の胸倉をつかんだ。
由枝がそのような行動に出るとは思っていなかったのか、後藤は目を白黒させている。
きっちり警告だけはしたんだ、自業自得。
さて、次はどうするか。
あんまり極悪な技をかけるのは気が進まない。
まあ手加減するか、一応。
という結論に達したので彼女は後藤を床に叩きつけた。
そして、無言で自分の席に座った。

 午前中の授業は数学、生物、古典、グラマーだった。
一応話は聞いていたが何も覚えていなかった。
将来役に立つのか立たないのか怪しい知識より、現実の宇宙人の方が気にかかる。
というわけで由枝は授業中に当てられても答えられなかった。
授業内容を聞いていないのとほとんど同じ状態なのだからしょうがない。
一番イヤだったのがグラマーのペアを組んでの会話練習だった。
何をどう間違えたのか、朝床に叩きつけてあげた後藤とペアになる羽目になったのだ。
集中できない由枝にはあまりにもあまりな突っ込みを入れ倒し、彼女は忍耐の二文字が何回も遠い彼方に飛びそうになった。
その修行のようなグラマーが終わり、昼休みが始まった。

 腹五分目くらいの大きさのお弁当をろくに友達と口をきかないで十数分でたいらげ、由枝は屋上に向かった。
五限目の小テストに備えてテキストを持ってはいるが、多分勉強できないだろう。
屋上の校庭から死角になる場所に行くと、宇宙人の中でも技師らしき何人かが機械を検査していた。
由枝は機械に詳しくないので、適当なところに座って勉強を始めた。
メリーがなんだグラッドがなんだと心の中で愚痴りながらテキストを見ていると、先ほどまで機械の修理をしていた何人かと、残り何人かがミーティングを始めた。
今のところ自分には関係がないようなので由枝は勉強していたが、いきなり肩を叩かれた。
見ると宇宙人の皆様がこちらを向いている。
宇宙船を修理するために必要な部品についてのことらしい。
部品のいくつかが完全に壊れてしまい、交換しないことには宇宙船を動かせないらしい。
放課後にこちらの棟を案内すると伝えてから由枝は教室に戻った。

 教室に帰ると残暑のためや風通しの悪さのあまりの暑さと、鬼安西のテストへの熱気が漂っていた。
自分の席は他の生徒が座っているため由枝は友人の水谷裕子のところで勉強し出した。
何せクラスの半分が追試になりそうな小テストである。
どの生徒も真剣そのものだった。
自分も真剣にやらなきゃな、という現実を見た気がした。
宇宙人御一行様に気を使っていて忘れかけていた思いが漂っている気がする。
ほんやりぼんやりしているうちに、鬼安西が教室入りした。

 小テストは授業の始めに行われる。
自分の席の隣に例の後藤君がいるというのがたまらなく嫌だが、次の席替えは一週間後である。
由枝は何となく嫌な予感がした。
隣の後藤君の目が嫌な感じに輝いた気がした。
ろくなことにならないにしても合格点だけは手にしなくては。
嫌な予感が膨れ上がるのを感じながら、由枝にとって生涯でもっとも嫌な思い出になるであろう小テストは開始された。

 小テストは今回もやっぱり難しかった。
由枝も多くの難問奇問をとばし、どうにか最後まで書き込めたのだ。
何とか合格点にたどり着くといいな、などと思いながら答え合わせをしていると隣で騒ぎが起きていた。
ぼんやり聞いているとどうも後藤君がカンニングをしたらしい。
不良なら不良で成績にこだわるなよと思いつつ、自分の正しい合格を静かに祝っていると後藤が泣き喚いてこちらを指した。
「こいつがやり方を教えたんです!」
その一言に由枝は驚いた。
いくら下衆で人類の失敗作としか思えない能無し猿でもここまでするとは思わなかったのだ。
その一言の後、安西は心底嬉しそうに微笑んだ。
そして、カンニングを教唆した罰として追試と保護者の呼び出しを嬉々として行うだろう。
おそらく、この教師は優等生の由枝が何らかの形で尻尾を出すのを待っていたのだ。
彼女の顔はヒステリックな歪んだ笑みを作り出していた。
由枝がいくら疑惑を否定しても、頑として引かない。
非生産的な感情ではあるがこいつらが本当に憎い。
なるべく辛辣な復讐をしてやる、と由枝は固く思った。

 カス人間二名のことはなるべく忘れたことにして由枝は六限目と掃除をつつがなく終え、帰路につく代わりに屋上に向かった。
こういう時間だけ妙にしおらしい秋風が吹いている。
宇宙人もこちらに気付いたようで、笑顔で手を振ってくる。
由枝も笑顔で手を振って彼らに駆け寄った。
彼らより異星人らしい人に接していると、彼らのような暖かみのある空気がいとおしくなる。
機械を見ていた何人かもこちらを向いた。
しかし、問題は彼らの非常に派手な外観である。
無理矢理天城高校の制服を着せるわけにもいかない。
金髪碧眼や赤髪緑眼など日本人離れした人々を見学に来た知り合いで済ますわけにはいかない。
そうだ!
「悪いが外国の文通友達ということにさせてもらうぞ。」

 ホントに悪い気がするのだがしょうがないので宇宙人の皆様は海外から来た文通友達で済ますことになった。
先生が聞いてきたらいちいち答えるという形で説明していく。
自分はよほど常軌を逸した生徒と見られているのか、先生方はたいがい数回ほど頷いて去って行った。
しかし、何と言っても面白かったのが安西の反応である。
彼らを見るなり、しゃなりしゃなりと格好をつけだすのである。
当の宇宙人たちは露骨に嫌そうにしていたが。
安西はもう四十代だというのにすっぴんで、今の夫は騙して結婚したという噂の女である。
それがいきなり色めき立つ光景など面白いではないか。
宇宙人以外目に入っていなさそうな『鬼』から少し離れてから、由枝はにっこり笑った。
新聞部部員の裕子にバラしてやれば、活動熱心な彼女のことだ。
校内の掲示板に番外で堂々とその様子が文書で張り出されることだろう。
写真が撮れたらさらに良かったのだが、ある程度の妥協は必要である。
仕方がない。

 とりあえず特殊教室で構成されていて放課後はひとけのない棟を回ってみたが、成果はない。
当然のことながら、そうそう機材が転がっているわけではないのだ。
「うーん、C棟じゃな・・・。かといって、教職員の多いB棟じゃまずいし。しょうがないからA棟か・・・・。」
宇宙人に通じるわけはないので独り言である。
A棟は主に普通教室がある棟だ。
この学校はあまりクラブ活動に熱心ではないので、あまり生徒はいないであろう。
他に行くところもないので一行はA棟に行くことにした。

 今日はひとけがない。
珍しいことだがありがたい。
教室から何かを失敬するかもしれないのだから。
由枝は馴染み深い1-11に向かった。

 教室に着くなり、宇宙人は好き勝手に教室の中を見だした。
由枝は忘れ物をしていないかどうか、自分のロッカーをチェックすることにした。
英語や古典は予習をしないとついていけないし、数学に至っては予習をしようにもさっぱりわからない。
説明されれば分かるが自力でやれとは非情である。
そうして、自分のロッカーの前にいると何人かの宇宙人が自分と同じところを覗き込んでいる。
「見るか?」
と自分の数学の教科書を見せると、女性(外観が)が受け取って見だした。
彼女は何回も小首を傾げてから、ぼーっとしている男性に見せた。
男性は何回か読み返し(?)てから数回頷き、女性に説明を始めたようだった。
自分はもう習ったので、会話の内容が見えそうな状況だ。
それを見ていると別の宇宙人が黒板消しクリーナーを持って立っていた。

 どうやら黒板消しクリーナーに部品に代用できるものが多くあったらしい。
これ一個で何とか帰れるようだ。
するとさっきまで教科書を見ていた宇宙人が彼らにもそれを見せた。
彼らも熱心に教科書を読み出した(?)。
そして『よろしければ、これもくださいませんか』というジェスチャーをした。
由枝はどうしたものか、と考え込んだ。
数秒ほど考えてから、彼女はいいことを思いついた。
「欲しかったら、こっちのを持ってってくれ。」
そう言って彼女は自分のではないロッカーを指差した。

 こそこそ屋上に戻ると、空は暗くなりかけてきていた。
宇宙人は教科書や資料集一式を脇に置き、宇宙船の本格的な修理にかかっていた。
その間に、由枝は携帯電話で裕子に電話をかけていた。
もちろん、先ほどの「悪女の特ダネ」を非情に詳しく話しているのだ。
謎の機械に向かって表情を変える由枝を見て、理解不能とばかりに首を傾げている宇宙人もいたが。

 何だかんだいって、結局夜7時ごろ修理は終わった。
宇宙人たちは由枝に最敬礼をし、数回ほど周りを見てから宇宙船に乗り込んだ。
由枝もちょっと感傷的な気分だったが、後日の異様に厳しそうな追試を思うと俄然やる気が起きていた。
何をやるにしても強大な敵はやる気の元というものである。
宇宙人の乗った宇宙船はゆっくりと宙に浮かんだ。
音もなく一定の高さまで浮かび上がると、一瞬にして消えた。
こうして宇宙人たちは正常な世界へ帰っていった。

 が、私立天城高校はそうはいかなかった。
黒板消しクリーナーと生徒一名の教材一式が盗まれたのだ。
さらに、新聞部が増刊なる物を出し、生徒の間で好評を得ていた。
ある教師についての特集だったが、生徒なら誰でも嫌うという教師のだらしない姿の特集だったため、生徒は必ずその新聞を読んでおり、大人たちは噂の威力に戦慄していた。
そして、後藤君は教科書が見つからず近々購入することになりそうである。
こうして、日常が戻り由枝は淡々と試験勉強を始めた。
END




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*atogaki*
なかなかブラックな由枝ちゃんでした。
高校の頃はフツーの人を書いているつもりでしたが、今読むとブラックさん・・。
知れてる事実ですが、安西先生には実在のモデルがいます。