彼女は一冊十円の本を大量に抱えていた。
いくら本日古本屋でバーゲンが行われていたとしても、彼女の持っている本の冊数は異常だった。
本人もこの大量の本について後悔していた。
車で来ているならいざ知らず、歩きで行ってこの冊数である。
手加減なしの直射日光が肌に痛い。
全身から滝のように汗が流れている。
少年のような彼女、由枝が歩いていると頭上から何かが降ってきた。
由枝は頭に当たるまで、何かが降ってきていることに本当に気付かなかった。
そして、それが頭に当たった瞬間、彼女は持っていた本をばら撒いてしまった。
ここまで歩いてきたことによって疲れていた由枝が目を回している間に、車がこちらに走ってきていた。
由枝はまだ目を回していたがとんでもなく嫌な予感がした。
ガタガタ!
そうとしか表現できないような音を立てて、その普通乗用車は由枝が買ってきた本の3割を紙くずにしていった。
由枝は頭上に落下してきたものを確認しようとした。
すぐにそれは見つかった。
子供だ。
近くに高い建物もないのに器用なガキだ、と思いつつ由枝が本を回収していると、そのガキが起き上がった。
見たところ、落下物は女の子で白人のようだ。
由枝の弟より身長が低い。
バラのように見えなくもない頬、すけるような肌、スターサファイアの瞳。
西洋のかわいらしい子供の表現が次々浮かんでくる。
由枝がちょうど本を回収し終えて彼女を起こそうとした時、彼女は自力で起きた。
その童女はまだ目を回しているようだった。
無理もない。
「大丈夫か? おい。」
とりあえず声だけかけて立ち去ろうとすると、童女が服のすそをつかんだ。
「ごめんなさい・・・貴女の本を・・。」
と童女は謝ってきた。
「いいよ、別に。」
もうどうにかなるわけでもない、と心の中で付け加えつつそう言うと、彼女はにっこり笑った。
ああこれで帰れる、と思って帰ろうとすると、彼女はまたすまなさそうな顔に戻ってしまう。
「あの〜、すいませんがお詫びをさせていただけませんか?」
はぁ?
由枝は強くそう思った。
知らず知らずのうちに声になっていたかもしれない。
「私、天使なのでいろいろできますよ。何か貴女が幸せになれるようなことを命じていただけませんか〜。」
そう言われるとさらに困る。
自分は天使などと血迷ったことを口にする路上で発見した迷子など、どうすればよいのか全く分からない。
最寄りの交番はどこだっけか・・・・・・・。
「あ、とりあえず、本をちゃんとした方がいいですよね。」
由枝が考え込んでいると、天使(仮)はそう言って車道の方に手をかざした。
すると、数秒後彼女は車に轢かれた分の本を手に持っていた。
「これでよしと・・。ああ、家まで送って差し上げないといけませんよねぇ。」
そう言うと彼女は由枝の進行方向に手をかざした。
由枝は一瞬重力が消えたのを感じた。
由枝がゆっくり目を開けると、そこは自分の部屋だった。
重力もばっちりある。
どうも童女が天使などと名乗ったのは完全な狂気ではないらしかった。
ベッドの方を見ると彼女が転がっている。
とりあえず礼を言わねば、と彼女を揺すり起こすと彼女はハッと目を見開いた。
彼女の視線を追っていると、それはやがて部屋のドアで止まった。
ドアの向こうに宇宙人でもいるのか。
「姉さぁん。」
そのドアの向こうから弟の泣きが入った声が聞こえる。
本日は弟も巻き込まれたらしい。
彼女たちの姉が締め切りに追われていなかったら、狂喜するであろう。
ひとまず、童女は無視してドアを開けた。
「志郎、どうしたんだ?」
泣きは入っていないものの疲労感の濃い姉の顔を見ると、弟はその内容を話そうとした。
一方、姉は弟の背後に弟と同じような年齢の少年を確認した。
弟よりいくらか背が高く、目がつりあがっている。
「来ましたのね・・・、マリス!」
童女がそう叫ぶと、少年も怒鳴り返した。
「その名前で呼ぶなぁ! ボナ・フィード! せっかくの昇進がおじゃんで残念だなあ、ケケケケケ!」
由枝と志郎は思わず顔を見合わせた。
姉妹が困惑しているうちにも事態は進行していた。
「それを言うなら、アナタにとってでしょうよ! 無能者と一緒にしないで!」
「けっ! 俺様は有能だからてめえのような能無しの邪魔なんぞ関係ねえ!」
そして、両者ともに手をかざした。
それは一瞬だった。
由枝がマリスに体当たりをし、志郎がボナ・フィードを床に叩きつける。
由枝は自分の下敷きになってもがくマリスに肘鉄を食らわせてから、口を開いた。
「私の部屋で何をする気だ! お詫びなんぞどうでもいいから即刻出てけ!」
それを聞くとボナは青ざめ、マリスはニヤリと笑った。
が、由枝はそれを見逃さず再度彼の顔面に肘鉄を食らわせる。
「あ、あの、お詫びだけはどうか・・・。」
ボナが額を地面にこすりつけそうな勢いで土下座した。
しかし、由枝の表情は冷たい。
「他人の家を壊す気か。お詫びなどどうでもいいっ!」
由枝が眉を吊り上げてそう言うと、ボナはキッとマリスの顔を見た。
「せめて! この害虫ぐらいは駆除しないと!」
すると、マリスもニヤニヤとボナを見た。
「けーっ! 神の名の下に魔界でも腕利きで有名な俺様を『駆除』だと! やれるもんならやってみな!」
これ以上会話参加者を増やすと収拾がつかなくなりそうなので、由枝はマリスの首を締め上げた。
まあ、悪魔だったら首の1、2本で死にはしないだろう。
「ボナさん、結局どうなっているんですか?」
志郎が由枝のベッドを整えつつボナに聞くとボナは話し出した。
話によると、ボナは天使の中でも悪魔狩りという仕事をしていて、今回は(高額の)賞金首のマリスを殺しに来たのだそうだ。
「だって、高いんですのよ! こいつの首! アメリカドルで50万ドルもするんですもの!」
ということらしい。
ついでだしマリスにも話を聞くと、彼は腕利きとして魔界でも有名らしい。
天使を何人も血祭りに上げたことがあり、天使たちにマークされているのは本人も前からわかっていたらしい。
「で、ボナはお詫びの目的でここに来ているらしいが、お前はなぜここにいる?」
由枝が自分の下敷きに聞くと彼は、
「ああ、そいつを不幸にすると金が出るんだ。」
と答えた。
「えええ!」
四人分のお茶を持ってきた志郎が、お盆を持ったまま飛び上がって驚いた。
それはそれで器用な弟を見てから由枝は対策を考えた。
「くそー。このマリス様がこんな小娘にぃぃぃ! こいつに力を吸収する能力さえなければぁ!」
足元でマリスがそう言っているので、しばらく自分が彼を踏んでおくことにして、由枝は考え込んだ。
「ま、まさかとか・・お、思うんだけど・・、僕が不幸になって姉さんが幸せになることを・・・すれば解決とか・・思ってない?・・姉さん。」
志郎が青ざめた顔で由枝を見ると、由枝は自分で自分に納得したように数回頷いた。
「志郎・・、お前が思っている通りだ。」
姉の薄情な一言に志郎はうなだれた。
しかし、自分が幸せになって志郎が不幸になることとはどんなことだろうか。
志郎に彼お気に入りのプログラムソフトをもらう、志郎に今日の夕食を作らせる・・・・・。
どれも志郎はあまり悔やみそうにない。
プログラムなら違法コピーの一個や二個はすぐできてしまうだろうし、料理は志郎の特技の一つだ、むしろ嬉々として作りそうである。
そういえば・・・・・・・・・・・・。
「志郎・・・・姉さんとの約束を代行してくれ。小学生の身に徹夜はつらいだろうが、トーン貼りがんばれよ。」
志郎は葉緑体を持つ生物のように青ざめた。
その日の夜、志郎は彼の姉である冴の部屋で彼女のアシスタント数人と修羅場を体感していた。
冴は普段ゆっくりゆっくりしたタイプなだけに、修羅場は人一倍きつい。
自分の前に座っているアシスタントなどは、怪しげな笑みを顔面に張り付かせている。
時々、イヒヒヒなどと笑い出すので油断できない。
また、横に座っているアシスタントも油断できない。
先ほどから手は動いているのだが、それ以外の部分が全く動いていない。
しかも斜め前には某漫画の主人公を思わせるごつい顔つきの女性が効果を書き加えている。
そんな彼女がフクロウのように顔を回転させながら正確に効果を書き入れていく姿は、怪談の中から出てきた妖怪にしか見えない。
志郎はこうしてかなり不幸な一夜を過ごした。
結局、天使と悪魔は由枝の幸福と四郎の不幸に免じて赤城家から去っていった。
きっと今頃どこか青空の下で殺し合いをしているのだろう。
もう天使にも悪魔にも会わないといいな。
正反対の目に遭った姉弟はそう思わずにはいられなかった。
END
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*atogaki*
うわ、最終的に殺し合いになりそうなのにほのぼのした話に・・・・。
ある意味すごかったよ、高校時代の私・・・・。
昔描いてもらった挿絵のゴッキーよかったなぁ・・・・。