『いかされて、生きる』 講演会リポート
〜世の中は「こそ」の2文字のつけどころ

4月9日(日)、長崎全日空ホテルにおいて、藤野良典先生の講演会が開催されました。講師は浄土宗浄円寺ご住職。軽妙な語り口で全国各地で「報恩・感謝・思いやり」の心を説かれ、講演依頼の絶えない先生です。

講演はまず、先生の朗々たるお声にあわせて、『贈ることば』の唱和から始まりました。一緒に声を発したことで、会場の空気もなごみます。

頭が良くても心が悪ければ悪知恵になる
若くして亡くなられた奥様のお話をひきあいに、人の命のはかなさ、今生きてそばにいてくれる、一番身近な先祖である親を大切にすることこそが、先祖祭りの基本であると説かれる先生。
落語家もかくやと思われる演じ分けで会場を沸かせつつ、少子高齢化の現代、年老いた親を大切にする姿を見せることで、子にも生きる上で大切な知恵を授けることになると語られます。

「勉強勉強と頭ばかりよくなっても、それでは心が育たない。心の教育は我々おとなが家庭で、日常茶飯の生活を通じて行うものです。頭ばかり良くなっても心が悪ければ、悪い心で使う知恵は『悪知恵』になってしまう。」

ふくはうち おにはそと
続いて、ホワイトボードに「不苦者闇智 遠仁者疎道 (苦しまざる者は智恵闇く、仁に遠き者は道疎し)」と大書されました。苦しんだ経験の無い者は人を察する智恵が闇(くら)い、仁に遠い者は人の道が疎くなる、という意味だそうです。懸命に苦労した者はそれだけ他人の痛みを知る者になれる、人を思いやりましょうという教えです。
聞きほれる聴衆 「うまくしたもので、これを音でよむと、ふくはうち、おにはそと、となるのです。子や孫に伝えていただきたい言葉です。」

長崎県議・野本三雄の『長崎・夢、確かなカタチに!』
2006年
5月号
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藤野良典先生世の中は「こそ」の
2文字のつけどころ

「旦那さんが、ワシが働いておるからこそ、お前たちはのんきに暮らしておられるのじゃ、と言ったら奥さんは気持ちよくないでしょう、『こそ』の2文字は強調しすぎてはいけないのです。」会場にくすくす笑いが広がります。

『こそ』の2文字は、自分にではなく、相手につける。貴方がいてくれるからこそ、私は安心して頑張れる、と言えば、相手も「いいえ、貴方がいてくれるからこそ」と言ってくれる、と感謝の心、お蔭様の心を持つ大切さを語られました。

「野本先生もまた、してやったことは忘れても、受けた恩義は忘れない方、だから私は長年お付き合いさせていただいています」

いかされて、生きる
お話もクライマックス。人は自分で息をしているのではない、どんなに夢中になることがあっても息するのを忘れないのは、「息させてもらっている」=「生きさせてもらっている」だと二つの文を並べて書き、「生きさせてもらっているのだから、死ぬときも死なさせてもらうのです。これ全て、阿弥陀様の願力(がんりき)なのです。」

阿弥陀の教えを解り易い数字で説かれる先生。
阿弥陀様の18の願力、それが人の1分間の呼吸数になる、そのふたつを足して、人の平熱36度になる…人の命の裏に息づく数字の不思議さ。

無量の(量ることの知れない)阿弥陀様のお蔭様の力に、全てをゆだね、おまかせ致しますという気持ちを「南無 阿弥陀仏」と唱えるのだそうです。

生きさせてもらっているという心を持つからこそ、穏やかに、懸命に生きることができる、そんなさわやかな気持ちにさせていただける講演でした。

野本三雄後援会・野菊の会(女性局)の集い