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タイトル:コラム・たわごと 長崎独自の
”オランダ溝“?
(文:ばく せいき)



↑公会堂裏の側溝

長崎の石畳道を歩いていると面白い形の側溝を見かける。
V字型に石組みされている溝は水量が少なくても、よどみなく流れる優れものだ。他県の町に旅したときは注意して見るのだが、類似の溝を、まだ見たことがない。

長崎路上観察学会(代表、森草一郎氏)編集発行の本「歩き目です」によると三角溝・角溝・丸溝・六角溝・階段溝などがあり、長崎独特のものだとある。建設されたのは、江戸時代以降だろうという。信じることにしよう。

これらの溝は、外人居留地だった東山手や南山手一帯に多いようだ。
丸山町の、中の茶屋から梅園天満宮横の坂の側溝も典型的なV型をしている。広幅のV型側溝としては長崎市公会堂裏の崖下にもある。町並みの生い立ちから考えると江戸時代というよりも明治時代の中期まえに作られたと見るのが妥当だろう。

「歩き目です」をガイドブックに長崎の溝をみながら考えた。
「広重の東海道五十三次の絵をみても、側溝のある道は描かれていないようだナ。水の都島原の道には水路はあるが溝がない。水路には汚水を流してはいけない。汚水は庭や畑に窪みを掘って吸い込ませるのだと島原の人の話であった。」

「昔の日本には水路はあっても側溝はなかったのではないだろうか。
長崎のV型側溝は“オランダ溝”で、南蛮人か紅毛人の街づくり設計の日本最初の側溝だ・・・・ということにならないだろうか?」


       ↑丸山の側溝


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