ホームへのボタン


県政研究へのボタン

チンチン電車・バリアフリー住宅へのボタン

長崎作り10の提言へのボタン

今月の雑感・自己紹介へのボタン

リンク集へのボタン


意見とコラムへのボタン・このページです
こんなご意見いただきました
ばくせいきの コラム・たわごと
ライン
タイトル:こんなご意見いただきました ご意見・ご質問など、
お寄せ下さい。
ご意見メールはこちら
メールは上の宛先へ!

ライン
タイトル:コラム・たわごと 秋月に末次興善の
墓を探す
(文:ばく せいき)


秋月・長生寺写真
↑甘木市秋月 長生寺
      
秋月の町と長崎の町
福岡県甘木市秋月と、長崎とのゆかりは深い。
長崎の町名に興善町として名を残している末次興善の娘婿、興膳善入を開祖とする長生寺が秋月にある。
長生寺の境内には興善のことを記した石碑がある。

秋月はキリシタンの聖地だった。
長崎代官で御朱印船の船主だった末次平蔵の父親でもある興善は、キリシタンだった。どこで死んだか判らない。勿論、墓もどこにあるか判らない。長崎、博多、京都説などがある。

秋月では、「興善は秋月の人だ」という。
ここは戦国時代キリシタンの聖地といわれた土地だ。
秋月に、彼が眠っているとしてもおかしくない。

秋月のキリシタン橋とキリシタン畑
町はずれの山中にキリシタン遺跡を訪ねる。
真っ赤に熟した柿の実が、だれも取らないのだろう、道一面に落ちていた。

水の豊かな町だ。せせらぎの山道を登ると、小さな石橋があった、キリシタン橋だ。いまは、杉木立のなかに、ひっそりとしたたたずまい。近くに秋月藩の菩提寺跡があり、藩主秋月種実の墓所がある。教会もあったらしい。

禁教令の中で、各地のキリシタン墓は壊されてしまった。興善の墓・・・・判らない。

いま、このあたりを、秋月の人は“キリシタン畑”と呼ぶ。「キリシタン墓の間違いじゃないの?」というと、地元の娘さんは「かもね・・」と言って笑った。



ライン

リストマーク ↓過去の記事は、こちらからお読みいただけます。 リストマーク

掲載号 内 容
2003年
12月
 こんなご意見いただきました、コラム:たわごと
2003年
11月
 コラム:たわごと

   ページトップへのボタン 総合トップページへ