21 小指の強化ギブスがほしい
むかし、「あなたがかんだ小指が痛い」という歌謡曲があった。伊東ゆかりという歌手が歌っていた。噛んだりしゃぶるのは子どもにも見かける。また、辞めた理由を小指で表現したコマーシャルも流行った。あれは異性関係を暗示していたのだろうか。掟破りの代償に差し出すのは例外的なことだろう。小指の使い道はそんなところである。でも、ギターでは左手の小指を弦の押えに使う。ただでさえ握力がないから押えるのが歯がゆい。
ギターを買って2週間たった。いつもならとっくに飽きるころだが毎日弾いている。両手の屈伸運動も毎日欠かさず行なっている。そのわりに小指の握力はかわりばえがしない。無理に押えようとしたら痙攣(けいれん)する始末である。強化ギブスでもかけたくなるこのごろである。
今日は握力を高めようと買物に出向いた。健康用品店にはボケ防止の金属球やツボ押えの木製イボ球はあっても指のトレーニング用品が見当たらない。楽器店に尋ねても「うちは握力や筋力アップまでは扱っていない」と素っ気ない。
そこでアイディア商品を取り揃えている大型店に出向くと台湾製の「ゆび指グリップ」があったからさっそく買い込んだ。指の1本1本をしっかり鍛えるというキャッチフレーズがついている。家に戻って左右の指で試したがどちらの小指も押し込めない。他の指は簡単に押えられるのにである。小指の強化ギブスを開発するしかないのだろうか。(2007/01/07)
【追記】
握力道具は身に付かなかった。それより指の開け閉めの方が続いている。苦手なコードは代理コードで対応できるし、慣れることが解決するようだ。
【愛や恋しかないの】
やることがないから想い出の唄を調べたが愛や恋がテーマの唄ばかりでうんざりしている。「愛をください」などという情けないフレーズまで出てくると泣けてくる。夜店でたたき売りするバナナじゃあるまい。確かに唄の中のフレーズに共感し、ひかれたものがある。だからこそ、愛や恋の唄が受け入れられ流行るのだろう。自分の思いを表現できないいらだち、相手に伝わらないもどかしさ、ハードルの高さや壁の厚さを唄の中に感じることもある。
愛や恋は単なる個人的な心情だけでなく人と人の結びつきに欠かせないとしてもそれだけが唯一絶対なものではない。また、それを自分だけの世界に閉じ込めて慰めにするものでもなかろう。思想や宗教を持ち出して視野が狭いと恫喝(どうかつ)したり、現実を持ち出して幻想だと笑うつもりはない。そういう高尚で実利優先な大衆操作音楽があふれた時代もあったがそれも不毛であった。
とはいえ、狭い殻の中に閉じ籠もり、はかなさやせつなさを安売りする唄ばかり聞かされるのもウンザリする。また、唄の世界で幸せになるのも何となく虚しい。自分とはあまりにもかけ離れた夢の園ゆえに居心地の悪さを感じるのはヒガミだろうか。(2005/04/22)