18 さだまさし
フォークのことあれこれ


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目次
 ●好きな唄もあるが
 ●好きになれない情念
 ●案山子をネタに
 ●ファンの方へ







好きな唄もあるが


 グレープの時代から、さだまさしの詩にある
《土俗性》が気に入らない。やたらと自分の詩を解説し、詩人ぶる厭味もつきまとう。もっとも、彼の唄のすべてが嫌いなわけでもない。『マリオネット』のような自嘲(じちょう)的なものとか、『絵はがき坂』のようなオドケたものが僕は好きだ。こういう唄にひかれる僕もへそ曲がりだ。

 さだまさしは《詩人》と冠づけして紹介される。『案山子(かかし)』は彼のものの見方や感じ方を代表するようだ。1978年の正月にNHKが特集した「フォークお国自慢」でも同じような扱いだった。しかし、僕にはそれほどの印象が残らなかった。東京に出稼ぎに来ている同郷の男は時々口ずさむそうである。
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好きになれない情念

 この唄の中にあるフレーズで僕が好きになれないのは、「お金はあるか 今度いつ帰る」とか、「金たのむの一言でもいい」などという
ベタベタした情念である。僕にも弟や妹がいるが決してこんな言葉を口にしたくないし、僕にしたって親からこういう言葉を口にしてもらいたくない。ただでさえ他人に依存しがちな僕はフヌケになってしまうはずである。

 今年も正月に帰省した。半年ぶりで仙台から弟も戻ってきた。弟は妹に甘えるのが上手である。上の妹は、「金がない」と弟が電話をかけるたびに送金し、下の妹も秋になるとセーターを編んで送っている。見栄っ張りな僕はとても真似できない口惜しさを感じる。
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案山子をネタに

    おまえも都会の景色の中で
    丁度 あの案山子のように
    寂しい思いしてないか
    体をこわしてはいないか
 ♪ (『案山子』)

 このフレーズには親や姉の心情というものを感じる。だが、これに続けて次のフレーズが繰り返されるとオセッカイさを味わされ、ベタベタした情感に悪寒を感ずる。寂しさや辛さは自分で解決してゆくしかない。

    元気でいるか 街には慣れたか
    友達できたか
    寂しかないか お金はあるか
    今度いつ帰る 
♪      (『案山子』)
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さだまさしファンの方へ

 さだまさしに個人的な恨みはありません。取り上げた詩に伴う情念を嫌うだけです。好きな唄も多かったのですが、この章では、私が嫌っていた情念を示すために『案山子』を使ったということを再度お断りしておきます。

 

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