‘世捨て人の庵’更新停止

 有名サイト‘世捨て人の庵’が5月7日をもって更新を停止することになった。僕がこのサイトを知ったのは確か会社を辞めることになった2002年頃だったと思う。退社の決まった僕は次の生き方を大げさにいってしまえば模索していた。少しでも参考になるホームページはないものかと思い、‘世捨て人’で検索をかけたところ‘世捨て人の庵’がヒットしたのだ。

 ‘世捨て人’というキーワードで検索をしたのは、そのような生き方を考えていたからだ。働く時間はできるだけ短く、できれば田舎で隠遁生活しているような人がいたらその方法を知りたいと思った。‘世捨て人の庵’の作者は隠者ではなかったが、それに近い人だった。‘積極的’にフリーターをして、自由な生き方を実践していた。

 そして、‘世捨て人の庵’のコラムは面白かった。それは作者の人生から得られた経験が下敷きになっていて、さらに作者のユニークな考え方がそれを光らせていたからだ。常に明快な主張や結論があり、僕は更新を心待ちにするようになっていった。

 職業フリーターと自称し、50歳で引退して自由人になるという作者の計画には興味があり、2003年にこのサイトを立ち上げたときリンク集に入れた。しかし、その後、この記事に強い違和感を覚えた僕は‘世捨て人の庵’をリンク集から外した。

 リンク集からは外したものの‘世捨て人の庵’は常にチェックしていた。コラムの中には首を傾げたくなるものもあったが、面白いものも多かったからだ。そして2005年10月、作者に思わぬ転機が訪れる。

 ‘世捨て人の庵’の作者は50歳での引退を考えていた。「引退」とは仕事を辞めるということである。50歳までに残りの人生で消費するお金を貯金して、それで生きていこうという計画だった。

 作者は自身を90歳まで生きると仮定している。家賃がなければ年間28万円で暮らせると作者は今までの経験からはじき出す。そして28万円×40年=1120万円と引退後に必要な資金を算出する。(この他にどういう形であれ住居代が必要となるのだが)

 しかし、作者は2005年10月に700万円の貯蓄をした時点でアルバイトを辞めてしまう。700万円の貯蓄を株で回して生活費を得ようと考えたからである。作者が株を始めたことは自身の転機になっただけでなく、サイトの転機にもなった。引き籠る生活により、コラムは全く精彩を失っていったのである。

 それは仕事を辞めたため、人との、そして社会との接点がほとんどなくなってしまったのが原因のように思う。実際にコラムはテレビのワイドショーネタが増えていったし、株で儲けた損したという話ばっかりになってしまった。

 作者の「引退」を知った時、株の本を数冊読んだだけで生活費を捻出させるだけの利益を上げられるものだろうかと心配になった。そして、それが現実になってしまった。資金は減少を続け、作者の心はそのことでいっぱいになってしまう。ホームページを運営していくだけの精神的余裕がなくなり、今回のサイトの休止に繋がってしまった。

 約9年続いたサイトの休止はとても残念である。それにして投資生活に入ってからのコラムの変質ぶりには目を覆いたくなるようなものがあった。作者は僕と同じく、もともと人づきあいの少ない人だった。仕事を辞めてから、それはほとんどゼロになってしまったのではないかと思う。入って来るものはテレビなどの一方通行の情報だけになり、井戸の中で書かれたようなものばっかりにコラムはなっていった。

 もし、そういう状況で何かを真剣に書くとしたら自分を掘り下げるしかないと思うが、作者のスタイルはそれを拒絶していた。いや、もともとコラムを面白くしようと完成させた作者の文体では、それを変えない限り無理だった。そして、その方向転換をすることを潔しとしなかったのだろう。

 それに自身の辛い状況をリアルタイムで書くのは困難である。昔はこんなに苦労をしたという話なら誰でもできると思うが、今、こんなに苦しいということはなかなか言えることではない。

 どのような生き方をしても、それは本人の自由だと思う。しかし、人は人と関わっていないと、迷路に堕ち込んでしまうのかもしれない。(2008.5.16)




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