民間を見習え

 もうだいぶ前のことになってしまうが、大阪府の橋下知事が府庁の若手職員を集めて朝礼を行った。橋下知事は始業前の8時45分から朝礼を行うつもりだったが、それでは超過勤務になるとの組合からの抗議により、9時15分になってしまった。朝礼で話しているうちにだんだんとその怒りが込み上げてきたのか「もし、これから8時40分、50分から朝礼を行うと言った時に組合が超過勤務のことを言ってきたら、僕はこう言います。これからは始業時間から就業時間までタバコ休憩から私語から(休憩は)何も一切なしにしてくれ、一切無しだと」と発言した。それに対してひとりの女性職員が「どれだけサービス残業していると思っているんですか?」などと声をあげた。

 このことは多くのニュースや情報番組で取り上げられた。声をあげた女性職員を擁護するものもあったが、「民間ではサービス残業など当たり前。何処でもやっている」と言った政治家や「知事は民間の会社に例えるなら社長。それにたてついたら民間の企業だったらクビだ」と発言した評論家もいた。

 こういった類の発言はこの問題に限らずここのところよく聞かれる。公務員や役所を批判するとき「民間ならこうだ」とか、芸能人やスポーツ選手のスキャンダルを取り上げるときも「普通の会社員だったら…」といったものである。しかし、後者の場合、もともと彼らは「普通の会社員」ではないわけだし、住んでいる世界も全く違うわけであるから、比較することは全く意味のないように思う。そして「民間なら…」と対象にされる「民間」ってそんなに素晴らしいものなのだろうか?

 「民間ではサービス残業など当たり前」と言って大阪府の職員を批判した政治家は、サービス残業をさせることを可としているのだろうか?サービス残業は明らかな違法行為であり、刑事罰の対象になるものだ。「民間」におけるサービス残業のさせ方は年々巧妙になっていて、なかなか実態が表面化しないように工夫さえされている。さらに過労死やうつ病などの精神的疾患の問題も増えている。

 昨年相次いだ食品偽装の問題など、以下に「民間」が金儲け主義に走っているかよくわかる。納期と品質、どちらを優先しますかと訊けば、たいていの上司は納期と答えるだろう。僕もいくつかの民間会社で働いたが、納期を遅らせても品質を守ろうというところはなかった。「品質を落としても、納期は守れ」なのである。

 今の議論というものは何でも人間から離れていっているように思う。無駄のない効率的なシステム作りに躍起になって、人間はほとんどその歯車のようになってしまっている。格差社会とはその歯車と歯車の組み合わせを考える人との差なのだ。

 民間では「こうだ」「ああだ」と言う前に、物事の本質を考えなくてはいけない。それで言えば、橋下知事の始業時間前に朝礼を行うというのは明らかにおかしく、もしどうしてもやりたいというのなら、参加した職員に超過勤務手当を支給しないといけない。また、勤務時間中の休憩を一切禁じるのは、労働基準法に違反するし、あまりに非人間的である。たとえ民間がどうであっても。(2008.5.6)




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