大倉山梅まつり

 先週、風邪を引いてしまったため、行けなかった大倉山の梅まつり(大倉山観梅会)に妻と行った。以前に行ったのはもう10年くらい前だった。そのときはやや時期の遅かったため、梅はまだ比較的きれいに咲いていたのだけど、屋台は出ておらず、催しものも行われていなかった。

 この日は朝からよく晴れて、季節外れの暑さだった。薄いダウンを着ていったが途中で脱いでしまった。東急東横線の大倉山駅に着き改札を右側にでると急な坂道が始まる。ここを上っていくと大倉山公園がある。坂道の途中にある喫茶店は人が並んでいて、多くの人たちが行き来していた。

 途中には梅やシャクナゲの苗木などの販売も行われていた。坂を上り終えると、白い瀟洒な大倉山記念館の建物が見えてくるが、その前の広場には机や椅子が並べられ、多くの人たちが飲食をしていた。ケバブやラーメンなどのキッチンカーの数台並んでいる。大倉山記念館の裏手に大倉山公園が広がっていて、多くの梅が植林されている。

 大倉山記念館は実業家で東洋大学学長を務めた大倉邦彦氏によって1932年大倉精神文化研究所の本館として創建されたものである。1981年、横浜市に寄贈され、大改修後の1984年大倉山記念館として生まれ変わり現在に至っている。地域密着の催し物などが行われ、文化施設として市民には親しまれている。

 公園の散策路の両側にはびっしりと屋台がほとんど隙間なく並んでいて、その間を多くの人が行き交い、進むのにも苦労するような状態だった。屋台もたこ焼き、お好み焼き、焼きそば、りんご飴といった定番のものから、ラーメン、おでん、焼き鳥、チェロス、じゃがバター、フライドポテトなど様々なものがあり、目移りしてしまう。花より団子のごとく、多くの人が縁石に腰かけたりして、ラーメンやフライドポテトを頬張っていた。

 僕たちも何か食べたかったが、まずは梅である。散策路を梅の花を見ながら歩いた。梅林にはステージも設置され、日本舞踊を鑑賞することができた。その後は武士のいで立ちをした女性が日本刀を持って舞ったりしていた。ステージの前には客席が設置されていて、近くでは緑茶がふるまれていた。

 梅の木にはそれぞれ品種の書かれたプレートがついていて親切だ。白梅、紅梅と個性的な木々が目を引いた。何でも220本46種類の梅があるらしい。桜は多くの木々が一斉に花をつけている様を楽しむものだが、梅は一本、一本の木の花を愛でるもののように思う。カメラを持っている人は、一輪、一輪、一枝、一枝を接写している人が多かった。

 妻は途中で甘酒が飲みたいと言い出した。甘酒は好きではないので、「美味しくないから止めておいた方がいいよ」といったのだが、妻は味見をしたいといい買った。一口飲んで「まずい」と言った。甘酒は飲む点滴といわれているように、健康にいいのは間違いなさそうなので、妻はがまんして時間をかけて飲み干した。公園をほぼ一周してお腹も空いてきたので、何か食べようということになった。妻は甘酒の口直しで団子が食べたいといった。散策路の入口辺りに団子を売っている売店があったので列にならんだ。

 団子はほとんど売り切れていて、残っているのはみたらし団子だけだったが、みたらしは好きなのでよかった。団子を買って、大倉記念館前の広場に設置されたベンチに座って食べた。三時を過ぎてやや人出も少なくなってきた。団子を食べ終えた後、もう一度、梅を見に梅林を回った。屋台も店仕舞いを始めたところもある。その中でチェロス屋さんがさかんに焼いていた。この時間帯から焼いて大丈夫かな?と余計な心配をしたが、次に屋台の前を通りかかったときにはもう何も残っていなかった。

 体力が残っていたら、大倉山の街中を散策したいと思っていたのだけど、予想外の人出か、まだ風邪の影響があったのかわからないが、疲れてしまい駅の構内にあったパン屋さんでパンを買って帰路に着いた。(2026.3.1)




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